小話5. カネルの苦悩
カネルはスマートフォンの画面を凝視し固まっていた。
数秒どころでなく十数秒以上も固まっている様子に、共に書類整理に取り掛かっているプラットが手を止めて首を傾げさせる。
魔物討伐特攻隊が使用している会議室では現在カネルとプラットの二人が書類整理に追われていた。
ペーシェとレザンは非番で、アベルは単独でも可能な魔物討伐に向かっているところである。
「隊長、手が止まっていますがどうかされました?」
「…いや、何でもない」
カネルはハッとしてから直ぐにスマートフォンをテーブルに置いて書類整理を再開させる。
それでもしばらくは画面に表示されていた光景が頭から離れなかった。
画面に写っていたのはペーシェから送られてきた写真。
ペーシェがレザンを連れて食べ放題が実施されている洋菓子店へと向かっていることをカネルは知っていた。
女性客で溢れやすい場所によくレザンを説得して連れてこられたな、と意外だと思っていたのは束の間、写真には二人だけでなく、とある女性の姿もあってカネルは目を丸くさせる。
一瞬誰だと混乱したが、よく見ればシルクだと気付けば更に驚く。
普段は黒髪を一つに括っており、白シャツに黒ズボン、真っ黒なストールとローブ、更に言えば狐面を着用している状態がシルクの普段のスタイルである。
それなのに、画面に写っているシルクの姿は普段とは違ったお洒落な服装を身にまとい、髪は下ろした状態。
無表情のままピースしている姿につっこみを入れたくなったが、笑顔を浮かべているペーシェとぎこちなさそうにカメラ目線になっているレザンの様子を交互に見ては、カネルは真顔のまま十数秒固まる。
何がどうなってこうなった。
暫く固まった後に脳内に浮かんだ言葉がそれであった。
その後は何とか気を持ち直して書類整理を進め、一部が一段落ついたところで休憩を挟む。
カネルはすかさずスマートフォンを操作し耳元に当てる。
数回のコール後に聞き慣れた声が響いた。
『やっほーカネル、どうかしたの?』
「グレイ、聞きたいことがあるんだが良いか」
何故シルクがペーシェ達と一緒にいるのか。
その疑問を解消するために真っ先に思いついたのが、何かしら事情を知っている可能性のあるグレイに連絡を取ることであった。
予想は見事に当たり、シルクはペーシェから直々に依頼を引き受けたという旨を説明されては深く溜息をつく。
何でも屋だからってそんなのアリなのか、いつの間にシルクさんと会っていたんだペーシェは!
レザンの女性慣れに協力するって、しかもあんなお洒落な格好で協力させるって!
…そういやペーシェってアベルの恋愛事情知らないよな?
逆にレザンは知ってる筈だよな…?え、大丈夫かこれ!?
カネルはスマートフォンを握ったまま引き攣った表情で冷や汗を流す。
そのままグレイと通話を続けていると、シャロンとミュスカの声も聞こえてはペーシェやら強引やらといった言葉が耳に入る。
グレイ達の奴、尾行してやがるな。
呆れたように遠く(と言っても会議室の壁)を見つめるが、カネルにとってもペーシェ達の様子は気になって仕方が無い。
本来なら何やってるんだと咎めるところだが、興味が勝ってしまいそのまま尾行を続けるよう言ってしまう。
レザンが女性慣れしていないことについてはカネルも心配しており、本音で言えばカネルも様子を見守りたいのである。
まだ残っている書類整理を放り出して今すぐにでも街に駆け付けたいのだ。
そして、危惧していることが一つ。
ペーシェは時に強引に行動することがあり、今では慣れているがその強引さにカネル達も一時期参ってしまうことがあった。
レザンに対し揶揄うように接していそうな様子は簡単に想像できるし、シルクにまで迷惑をかけるようなことをしていないだろうかと不安が込み上げてくる。
何より、アベルに今回のことを知られたらどうなるか。
意中の相手が見たことの無いお洒落な格好をして同僚と出掛けているのだ。
何かしら勘違いが生まれてしまうのでは、と考えては頭を抱えさせる。
バレないようにと念を押してからグレイとの通話を終了させ、長い溜息をついた。
その後、休憩時間が終わりプラットが会議室に戻って来たことで書類整理は再開される。
しかしスマートフォンが再び振動し、メッセージが届いたことに気付いては表情が引き攣る。
ペーシェからのメッセージで、新たに写真が追加されていた。
そこに写っていたのはシルクとレザンの後ろ姿で、近い距離で横に並んでいるものであった。
二人の前には様々な装飾品が飾られており、二人で一緒に選んでいるようにも見える。
先程のテーブルを囲んでいる写真とは違ってシルクの姿が分かりやすく写っており、普段はズボンで見えないスラリとした脚がスカートのお陰で見えているのもあって、つい上から下までじっと見てしまう。
「デートじゃねぇかこれ!」
「うぉッ!?…本当どうしたんですか?」
カネルはつい声に出してテーブルを叩いてしまう。
突然声を上げたことにプラットは驚き、心配そうに軽く眉を下げさせる。
もうこの状況を一人で抱え込むのは勘弁だ。
そう思いながらカネルはプラットの方へと振り向き、事情を説明したのであった。
一通り事情を聞いたプラットは遠くを見つめるように視線を軽く逸らしながら息を吸い込み、その後分かりやすく溜息を吐く。
「取り敢えず、ペーシェの奴やってくれましたね」
「あぁ本当に…やってくれたよ彼奴は」
悪気がないのは分かっている。
だがこの複雑な気持ちをどうしろというのか。
レザンの女性慣れを応援したい気持ちと、アベルの恋愛事情を応援したい気持ちが複雑に絡み合っているのだ、頭を抱えずにはいられないのである。
「一旦…アベルには黙っておきますよね」
「そうだな。グレイに尾行してもらってるし、結果を聞いてからまた考えよう」
そうして再び書類整理に取り掛かろうとするが、まぁ気になって仕方が無いわけで。
カネルは何度もペンを動かそうとしては止めてを繰り返させている。
「…なぁプラット」
「何ですか?」
「この書類整理、お前に託しちゃ駄目か?」
「絶対ダメです何言ってるんですか」
「だよなぁ…ッ!畜生、レザン達のことが気になって仕方が無い」
「俺も同じですよ。隊長に押し付けたいくらいです」
「何だとこの野郎」
「先に隊長が言ったんですからね?」
互いに言い合いながらも、何とか手も動かして仕事を進めていく二人。
しかし再びぺーシェから追加の連絡が届いたことでぴたりと止まってしまう。
カネルが神妙な顔で画面を確認し、軽く目を見開かせてから引き攣った表情でプラットの方へと向く。
画面に写っているのは、シルクとレザンが蝶と戯れている様子であった。
【レザンがとうとう接触に成功しましたよ〜!指先だけですけど!】
と、添えられたメッセージを確認してはプラットは皺の寄った眉間に指先を当てる。
「何がどうなったらそんな状況になるんですか」
「僕が聞きたい…一応レザンもアベルのことは知ってるんだよな?」
「そりゃ勿論知ってま――」
直後、会議室の扉が開く。
そちらに視線を向けると、討伐を終えて戻って来たアベルの姿があった。
黒い軍服の所々は赤黒く染まっており、未だに興奮が治まっていないのか静かながらも鋭い目付きがより強調されているようにも伺えられる。
カネルは反射的にスマートフォンをテーブルに伏せさせ、勢いよくテーブルに置いたのもあって山積みにされていた書類が床にどさりと落ちそうになるのをプラットが何とか支える。
「…只今戻りました」
「お、お疲れ様…相変わらず凄い状態だな」
「予定よりも早く終わったんだな。戻ってきて早々すまないが、着替え終わったらこっちを手伝ってくれないか」
「はい」
アベルはテーブルの隅に討伐完了の印が描かれた依頼書を置いてから会議室を後にする。
扉が閉まると、カネルとプラットは脱力するように大きく溜息を零した。
「レザンのことは一旦伏せておくぞ」
「そうですね」
互いに真剣な表情で頷き合い、書類整理を再開させる。
その後着替えを終えたアベルが会議室に戻り、書類整理に加わったことで予定よりも早めに作業が進んでいく。
途中でカネルは何度かスマートフォンが気になり手を止めそうになったが、アベルがいる前で再びレザン達の話題をするのはマズいと思い、視界に入らないようにとスマートフォンを鞄に突っ込む。
これで暫くは作業に集中できるだろう。
そう思っていた矢先にアベルが口を開いた。
「隊長、少し良いですか」
「あぁ、どうした?」
「共闘の件について、裏魔法協会から何も聞いていませんかね」
共闘という言葉にはプラットも反応し手を止める。
まさかアベルからその話が出るとは、とカネルは引き攣った笑顔を浮かべてしまう。
「まだ何も新たな情報は来ていないな」
「…そうですか」
アベルは不満気に小さく溜息をつく。
今回アベルに任せていた魔物討伐は普段のものと比べれば軽いものであった為、物足りなさを感じているのは頷ける。
「あの人のことですし、そう直ぐには手配しないでしょうね。また緊急の異常発生が起こった場合は可能性があるでしょうけど…」
「だが彼奴のことだ。今でもシルクさんとはそう簡単に接触できないよう依頼を振り分けている感じがする」
そんな中でペーシェはよくシルクさんと接触できたな、とカネルは心の中で苦笑いを浮かべる。
その運をアベルにも分けてほしいくらいだとも考えてから、ちらとアベルに視線を移す。
アベルは書類に視線を向けたまま静かにしているが、何かしら考え事をしているようにも伺えられた。
その表情は以前シルクの住むアパートを訪れる際の馬車の中で浮かべていた表情と似ているのだ。
つい揶揄いたくなるような笑みを浮かべそうになるのをぐっと堪え、誤魔化すように書類整理に意識を集中させる。
そうして時間は流れ、無事書類整理は終了する。
カネルはまとめた書類を提出する為にそれらを鞄に仕舞い会議室を出るが、エレベーターに乗ったところでペーシェからの追加の連絡が無いかとスマートフォンを手に取った。
画面にはペーシェだけでなく、グレイからも連絡が届いていた。
尾行を任せていたグレイからも連絡があるとはと内心驚くが、内容を確認しては呆れた表情を浮かばせる。
【ごめん、バレちゃった☆】
グレイからは簡潔ながらも腹が立つようなメッセージと、シルク達と一緒に写った写真が送られて来ていた。
シルクは相変わらずの無表情で、ペーシェとレザンは呆れた様子でグレイに視線を向けている。
そんな中でグレイは笑顔且つ手元をピースにした状態である。
「やっぱりバレたか…」
尾行を託したにせよ相手がシルクの時点でバレる可能性は十分高かったのもあり、カネルは呆れながらも仕方が無いかと肩を落として溜息をつく。
続いてペーシェからの連絡内容を確認するが、文面を見ては再び小さく息を漏らしてから苦笑いを浮かべた。
【先程シルクさんとは解散しました。実はシルクさんにはレザンの女性慣れを手伝ってもらうという内容で依頼を引き受けてもらってたんです。レザンが握手できるまで成長したんです、あのレザンがですよ!詳しいことはまた明日お知らせしますね~】
依頼が無事終わったことによる安堵だけでなく、ペーシェに振り回されたであろうレザンへの同情の気持ちが心の中に浮かぶ。
この時カネルは明日になったら詳しいことを聞いた上でレザンに労いの言葉をかけようと考えていた。
実際は抜け駆けでシルクから戦闘知識を得ていたことを知っては特訓メニューを過酷な内容に変更することになるのだが、勿論この時点で知る由は無い。




