196. 依頼達成
場所は変わり、シルク達は初めの集合場所としていた噴水広場に辿り着いていた。
アマレットとは喫茶店で別れ、視線からも解放されたグレイは大きく伸びをするように腕を真上に伸ばしてから一気に息を吐いて前傾するように脱力する。
「もうあんな目に遭うのは懲り懲りだよ…もっとレザン君の方に積極的になってくれれば良かったのになぁ」
「先生の方がアマレットさんにとってそれほど魅力的だったのではないでしょうか」
「確かに今の先生の格好は様になってるしなぁ」
「止めてくれたまえ、鳥肌が凄いことになってる」
グレイがわざとらしく両腕をさする中、ペーシェとレザンはシルクの前に立ち各々礼を述べていた。
「今日は依頼を引き受けてくれて本当ありがとうね。レザンは女性慣れに一歩近付いたし、甘い物いっぱい食べられたし」
「ペーシェは最後のが一番の目的だったからな。あと自分で言うのもあれだけど一歩は少なすぎだろ、もっと頑張った方だと思ってるんだけど…」
「確かに成長しているけど、まだまだ一歩だよ。それにまだ握手もできてないし?」
「うぐ…」
「一歩は一歩でも、確実で大きな一歩ですよ」
「…ありがとうシルクさん」
シルクの返答にレザンは安心感を覚えると同時に、覚悟を決めたかのように深呼吸してから自身の手をシルクの前にすっと差し出した。
まさか最後に自ら握手しようとするとは、とペーシェは驚くように目を丸くさせる。
「無理はなさらなくても良いんですよ?」
「いいや…無理はしてないよ。俺が決めてやってること、だから」
そうは言うものの、数秒経てばみるみるうちに顔が赤くなっていく。
無意識の中でと言えど指先には触れられていたじゃないかと心の中で言い聞かせるが、緊張で身体はガチガチである。
あまりにも緊張した様子にペーシェは苦笑いを浮かべるが、シルクが応えるように右手を動かしだしたことで二人の手元に注目する。
レザンの右手に優しくシルクの右手が添えられる。
これにはグレイ達も注目し、感動するように小さく声を漏らした。
レザンは更に顔を赤くさせるが、手元からシルクの顔へと視線を動かしていることで完全に固まっていないことが伺えられる。
しかしシルクの表情を見れば、軽く首を傾けさせながらふわりと優しい笑みを向けられてしまう。
がっしりとした固さではない細く滑らか且つ柔らかな感触が手から脳へと神経を通して伝わり、男性と女性の違いを脳に直接叩きつけられたような感覚に襲われる。
しかしレザンは意識をしっかりと保たせ、ゆっくりと手に力を込めたことで握手が成立した。
その後手の力を緩めてそれぞれの手が離れると、ペーシェは嬉しそう且つ揶揄うような笑みを浮かばせながらレザンの肩に腕をまわした。
「レザンったら凄い成長してるじゃん!今日の成果を隊長達が聞いたら喜ぶって絶対!」
「だ、だから一々隊長達に話さないで良いって!」
「恥ずかしがるなって~…あ、そうだシルクさん。言っておきたいことがあるんだけどさ」
シルクはペーシェからの問い掛けに対し無表情のまま首を傾げさせる。
「会った時から僕達のことを苗字で呼んでるけど、これからは名前で呼んでよ。グレイさん達のことは名前で呼んでるのに、何だか他人行儀っぽいからさ」
「…良いんですか?」
「全然良いよ。今後は共闘を考えている仲なんだし、また色んな話を聞きたいしね」
笑顔を浮かべながらそう宣言するペーシェと賛同するように小さく頷くレザンに対し、シルクはきょとんとした表情を浮かべてからまたもやふわりと小さく笑みを浮かべる。
「では…これからはそうさせて頂きます…ペーシェさん、レザンさん」
「うんうん、やっぱりこの方がしっくりくるよ。…ちなみにまた依頼をお願いするのはアリ?」
「はい、空いている日があれば可能です」
「あ、また個人的に依頼を持ち掛けようとしてる!」
ペーシェがこそっと尋ねた内容はグレイ達に聞こえており、シャロンはついジト目になって指摘する。
対してペーシェは悪戯っぽい笑みになり、胸の前で両腕を組んでから堂々と宣言した。
「だってあの社長さんったら、いつまで経ってもシルクさんとの共闘依頼を持ち掛けてくれないんだもん。そりゃあシルクさんのレベルと僕達のレベルには多きく差があるのは理解してるから、僕達ももっと特訓していく必要がある…その為にも、シルクさんに色々と協力して欲しいな~って!また日程が合う日に特訓に付き合ってよ!」
「それ、何気にあの人に喧嘩売ってるようなもんだぞ」
「勿論分かってるよ、わざとだからね」
ペーシェはニヤリと怪しい笑みを浮かべ、レザンは溜息をつくも満更でもないように軽く笑みを浮かべる。
流石はカネルの部下だな、とグレイは苦笑いになっていた。
「シルク直々の特訓となれば、報酬は高くつくんじゃないの?」
「そうですね。それなりの報酬は頂きます」
「う…真顔で言われると重みが凄いな」
レザンはシルクの普段から受けている依頼の平均金額を聞いている為、軽く視線を逸らして表情を引き攣らせる。
「冗談ですよ。またお勧めの手入れ道具を提供してください。…皆さんには特別です」
「シルクさんったら、そんなこと言っちゃって大丈夫?流石に社長さんも黙っていないんじゃない?」
「皆さんは真剣に仕事と向き合っていますから。それに、皆さんの戦闘技術も私にとって学びになりますし…ティピックさんも皆さんの実力を理解している上で依頼を託している筈です。皆さんが成長することはティピックさんにとっても嬉しいことだと思いますよ」
シルクの答えにペーシェとレザンは複雑な気持ちを抱える。
確かに高難易度な依頼を提供していくティピックにとって、魔物討伐特攻隊がより成長を遂げていくことについては賛同するだろう。
しかしそれにシルクが関わってくることがティピックは気に食わないのである。
シルク以外の者からの指導となれば「そうかい、じゃあ頑張ってね」と得意の営業スマイルで流していただろうが、シルクが相手となれば持ち前の独占欲が働き、平然と妨害してくる可能性が十分に高い。
「よろしければ、私からも共闘について聞いてみましょうか?」
「いや、それは火に油を注ぐことになりそうだから黙っててくれ」
「…わかりました」
シルクは無表情のまま首を傾げさせる。
シルク自身はティピックを信頼している為、遠慮しなくても良いのにという考えである。
ティピックの腹黒さを知らない様子にグレイ達も複雑な気持ちで顔を見合わせるのであった。
――
――
同時刻、喫茶店にて。
アマレットはカウンター席に戻り一人優雅に追加のブレンド珈琲を嗜んでいた。
静かな空間に店内BGMが優しく流れていく中、カウンターテーブル越しに爽やかな笑顔を浮かべる店員がアマレットに声をかける。
「アマレットさん、先程はとても楽しそうにされていましたね。あんなに嬉しそうな表情を見るのは久しぶりです」
「ふふ、騒いじゃってごめんなさいねぇ。普段の仕事の重さを知ってるでしょう?世の中の嫌なものを嫌と言う程見ているんだから、それだけストレスが溜まっちゃうし…今回はその反動ねぇ」
「毎日お疲れ様です。…今日は早めに仕事が一段落したということですが、此処に来たということは例の件ですか?」
「えぇそうよ。…あの子は今厨房?」
「いいえ、今は買い出し中です。アマレットさんがあまりにも盛り上がっているものですから、先にそちらを済ませてしまおうとそのまま行ってしまいました」
「あら、何だか申し訳ないことしちゃったわねぇ」
申し訳ないと言いながらも、アマレットは余裕な笑みを浮かべたままブレンド珈琲を一口飲む。
店員は浮遊魔法を用いながらシルク達が使っていた食器を洗い終え、流れるように指定の場所へと戻っていくのを見届けてから再び口を動かした。
「それにしても、先程のお客様方がまさかアマレットさんともお知り合いだったとは。途中で店を出ていた御二人以外の方々は、以前ティピックさんと来店されていたんですよ」
「あらそうなの?だから此処に来ていたのねぇ…ティピックが連れてきていたなんて。それこそ珍しいじゃない」
「僕も当初は驚きましたよ。…それと、あの女性のまとう魔力を感じ取った時も正直驚いていました。ティピックさんが御一人で来店されている時にさり気なく聞いてみたのですが、相当気に入ってらっしゃるようですね」
「ティピックったら、何処でもお気に入り宣言してるのねぇ」
「ふふ、聞いた感じ只のお気に入りと言うより、想いを寄せているように伺えられました。お酒に強い方ではある筈なのですが、それはとても嬉しそうに語られていましたよ。聞いていて何だかほっこりしちゃいました。素敵なことですね」
「……ほっこりしたかどうかは置いとくけど、語っていた内容については気になるわ」
「また御本人から聞いてみて下さい」
店員は爽やかな笑みでそう返事をし、アマレットは残念そうに軽く肩を落としてからブレンド珈琲を飲み干す。
そこで無表情な方の店員が戻って来たようで、厨房から姿を現した。
「……ようやく終わったか」
「あらお帰りなさい。待たせちゃってごめんなさいねぇ」
「…正直煩かった」
「はいはい。それで例の件、前回と同じ感じでやれば良いのかしら?」
無表情な店員は眉間に皺を寄せてジト目になるも、話を進める為に直ぐ無表情に戻り淡々と説明しだした。
「…あぁ。前回より数は少ないが、扱いが難しいものになっている」
「へぇ、それは腕が鳴るわねぇ」
「……乱暴にはするなよ」
「分かってるわよ。でも、あくまでも自分の身を守る為の防衛ってことは理解して頂戴よ?」
無表情な店員は視線を伏せながら小さく溜息をつき、そのまま厨房に戻ってしまった。
あまりにも簡潔ではあるが、これで打ち合わせは終了である。
アマレットはカウンターテーブルに置かれた伝票に料金を置き、笑顔を浮かべる店員に向かってずいと前のめりになる。
テーブル越しである為それほど距離は近付かないが、あまりにも興味津々な様子に店員は笑顔のまま首を傾げさせた。
「ちなみに、ティピックが熱く語った時に飲んでいたお酒って何か覚えてる?」
「そうですね…色々とロックで飲んでいましたが、アレキサンダーやマンハッタンも飲んでましたね」
アマレットはついジト目になり深く溜息をついてから、うざい程の営業スマイルを浮かべているティピックの姿を思い浮かべる。
「ティピックったらうじうじしてないで、さっさと告白すれば良いのに」
「ふふふ、ティピックさんって面白い方ですよね」
「…アンタも良い性格してるわよね本当」
アマレットはそのまま席を立ち、軽く礼を述べてから喫茶店を後にする。
窓から見える空の色は鮮やかな橙色に染まり、燃えるような夕陽がとても印象的な風景となっている。
そのまま夕日が沈んで空が暗くなれば、店内は昼営業の喫茶店から夜営業のバーへと変化する。
その準備に備えて店員は穏やかな店内BGMを聞きながら、静かに笑みを浮かべたまま店内作業へ意識を向けた。




