194. 報酬内容
グレイとぺーシェを落ち着かせたところで、レザンとアマレットが会話を続けていく様子の見守りを再開させる。
レザンは困惑するように視線を泳がせる時もあるが、明らかにシルクの時よりも目を見て話せていた。
「アマレットさんは一応…男性でもありますからね。会話できるのは当然じゃないですか?」
「でも初めて会うパターンの男性だろうからな、時々目が泳いでる」
「僕だってあんな人と会うのは初めてだよ。これはレザンの判断次第じゃないかなぁ」
様子を伺っていく中、アマレットはずいとレザンに近付き距離が縮まる。
あまりにも積極的な行動にレザンは目を丸くさせるが、固まることは無い。
さり気なく前腕にアマレットの手がのせられているが、それでもレザンは真っ赤にならずただ突然の距離感に困惑している。
「ちょっと先生、急に隠さないで下さいよ!」
「俺も見えねぇんだけど誰の手だよこれ」
流石に刺激が強いのではと咄嗟に判断され、ミュスカの目元にグレイの手が、シャロンの目元にはぺーシェの手が添えられ視界を覆った。
アマレットは笑顔を浮かべているが、目線がどうにも捕らえた獲物を逃がさないものに見えてしまう。
「どうしよう、このままじゃレザンがあっちの世界に連れてかれる」
「それはそれで興味深いけどねぇ」
「他人事みたいに言わないで下さいよ!というかグレイさんもあの人の好みにぶち当たってるんですよね、グレイさんが行ってきてくださいよ!」
「絶対嫌だが??」
「おい、いい加減手を離せっての」
こそこそと声の大きさを抑えながら言い合いを続けていたが、アマレットがちらとグレイ達に視線を向けたことでぴたりと止まる。
グレイだけでなくぺーシェまでもが肩をびくりと跳ね上げさせ、ミュスカとシャロンの目元を覆っていた手を離しては互いに手を繋いで震え出した。
実はこの二人仲が良いのでは、とシルクが無表情で一連の流れを見ていたが、直後に目を丸くさせる。
「シルクちゃん、良かったらこっちに来て頂戴」
アマレットからのご指名はまさかのシルクで、グレイとぺーシェはぽかんとした表情を浮かべてからシルクに視線を移した。
ミュスカとシャロンも同様にシルクに注目し、素直に立ち上がったシルクの後ろ姿を見送る。
「シルクがあっちの世界に連れてかれちゃった」
「いや、これはシルクさんがレザンを連れ戻す流れですよ。そうじゃないと困るから本当お願いシルクさんッ!」
「貴方達、アマレットさんを何だと思ってるんですか…」
勝手にレザンの命運を託されるも、そうとは知らないシルクはカウンター席へと到着した。
――
――
シルクが来るとアマレットは席から立ち上がり、更に隣の席へと移動してしまう。
元々アマレットが座っていた席にシルクが座るよう促され、シルクは素直に着席することでレザンはほっと息をついてからまた緊張するようにそわそわとしだした。
アマレットはそんなレザンの様子をしっかり確認しており、成程ねぇとカウンターテーブルに片肘をつき、その手を軽く頬に当てながら語りかけた。
「やっぱり緊張しちゃってるわねぇ。これでも当初よりはマシなの?」
「はい。以前は隣にいるだけで固まってしまっていました。今は会話も視線を時々合わせながらでもできるようになってきています」
「あらそうなの…少しずつ改善はしているってところねぇ。でもこれって今日だけで改善するのは厳しいんじゃないの?」
「あくまでも今回は手伝いです。完全に女性慣れさせるのが目的ではありません」
アマレットはちらとレザンの様子を伺い、一瞬だけ横目でペーシェの方へと視線を向ける。
レザンは気を紛らわせるように手元のブレンド珈琲を一口飲んだ。
「手伝いねぇ…シルクちゃんって何でも屋として色んな依頼を引き受けている身でしょ。ティピックは知ってるの?」
「いいえ。今回は私が個人的に引き受けたものですので、ティピックさんは知りません」
「…やっぱり勝手にこういうことするのはマズかったんじゃないか?」
レザンは申し訳なさそうな表情でシルクの方にちらと視線を向ける。
「指名を受けて引き受ける依頼もあるくらいですし、大丈夫だと思います」
「それはあくまでもシルクちゃん個人の考えねぇ。報酬が発生する取引を機関を通さずに個人で行うのはトラブルの元にもなりかねないわよ?今回の報酬についてはどう考えているのかしら?」
「飲食店での私の分の料金を支払ってもらうことになっています」
「…待って、もしかしてそれだけ?」
アマレットはぽかんとした表情を浮かべ、レザンも詳しい報酬内容について初めて聞かされたことで驚いてしまっている。
シルクは無表情のまま、何か変だろうかと首を傾げさせていた。
「シルクちゃん、普段から引き受けている依頼の報酬ってどれくらいの金額か教えて貰っても良い?平均で大丈夫だから」
「平均…」
シルクは視線を斜め上に向け、数えるように右手の指を一本ずつ折り曲げていく。
更には全ての指を折り曲げた後に続けて人差し指を伸ばし、レザンは引き攣った表情で固まった。
金額の桁数を数えているのであれば相当な額である。
「内容にもよりますが、万単位にはなるかと」
「…特に一番高かった報酬と仕事内容も教えて貰える?」
あまりにも攻めた質問にレザンはぎょっとさせ、テーブル席から様子を伺っているペーシェ達の姿をちらっと盗み見る。
声の大きさを先程より抑えているのもあって、会話の内容は聞こえていないようだ。
流石に聞かれたらマズいような気がして、レザンは冷や汗を流しながらごくりと唾を呑んだ。
シルクは考えるように首を傾げさせる。
話しても大丈夫だろうかと考えていたが、アマレットはティピックと長い付き合いの者であるし、レザンは魔物討伐特攻隊としてシルクのように高難易度な魔物討伐も引き受けては遂行する身。
それにどちらも気軽に周りに喋るような者では無いだろうし、もし冗談ではないかと疑われてしまえばその時はその時だと結論付けてから口を動かした。
「ボルケニードラゴンの鎮静…」
ぽつりと呟いた後、アマレットとレザンは数秒間固まって動かなくなる。
呟き声であった為二人にしか聞こえておらず、テーブル席にいるグレイ達は店内BGMもあって聞こえていない。
しかし明らかにカウンター席の空気が変わったように感じたペーシェは首を傾げさせていた。
「金額は三桁を超えていたかと」
それもまた続けてぽつりと呟く。
三桁とは万単位を踏まえてのものである。
シルクにとっては随分と昔のことであり、詳しい金額はうろ覚えに近い為この表現となっている。
ボルケニードラゴンは活火山に生息するドラゴンであり、討伐対象ではなく保護対象の魔物。
当時はボルケニードラゴンの暴走が見られ、連動するように活火山がより活発になったことで周辺の森や村が危機に迫っていた。
ドラゴンの討伐は特別な理由が無い限り禁じられており、鎮静させるという内容でシルクに依頼が渡っては無事依頼は成し遂げられたのである。
この依頼についてはティピックを経由したものであり、当時のことは勿論ティピックも知っていることだ。
シルクにとっては証人がいる為大きな不安は抱えずに済んでいるが、さて二人はどうだろうか。
ミルクティーを一口静かに飲んでからちらとアマレットの様子を横目で伺うと、アマレットはジト目になっては呆れたように溜息をついた。
「それ、本当に三桁で済ませて良かったの?もう一桁、いやもっと請求してもおかしくないでしょう」
「…一応当時の金額ですので」
アマレットの様子からは疑いの念は含まれていないことを察し、続いてレザンの方へと視線を向ける。
流石に言葉が出るかどうかも怪しいだろうかと考えていたが、レザンは自身の珈琲カップに注目した状態で何かを考えるように数秒沈黙してから口を開いた。
「ドラゴンってことは特例が無い限り討伐対象にならないよな…鎮静ってことは異言語魔法を使って止めたの?」
「…はい」
討伐ではなくとも魔物が関わっている内容である為か、報酬内容よりも依頼内容に喰いついたようである。
当時は既に暴走していたのもあって、可能な範囲内で攻撃魔法も繰り出した上で鎮静させている。
属性の相性として水魔法を使っていたのだが、これを話してしまえば水魔法を得意とするレザンに更に話題の熱を与えてしまうことになるなと考えてはそのまま口を閉じた。
そして、明らかに両者ともに疑っていないことが伺えられ、シルクは無表情のままミルクティーを飲んでから小さく一息ついた。
「あら、レザンちゃんったら興味津々じゃないの。そういう仕事に興味あるの?」
「え…と、まぁ…はい」
「鍛えられた体型だし、手元も見た感じ何か武器を扱ってるようねぇ。魔力も比較的高いようだし、もしかして魔物討伐してたりする?」
「…そんな感じですね」
あまりにも確信をついた内容で、レザンは笑ってごまかそうとするも内心は焦っていた。
ペーシェが考えているのと同じように、ティピックと関わりがあるアマレットに自分達が魔物討伐特攻隊であることを知られるのは避けたいところである。
「フュジルさんもとてもお強いですよ」
そこでシルクは悪気無く素直にそう口にしてしまう。
嬉しいことではあるが今此処で言われるのは、とレザンは何とも複雑な気持ちに襲われた。
「あら、シルクちゃんがそう言うなんて…私強い子も好きよ?」
再び笑顔でありながらも狙いを定めたような瞳をアマレットから向けられ、レザンは一瞬肩を跳ね上げさせてから直ぐに視線を逸らした。
それでもアマレットは余裕そうにくすりと笑みを浮かべる。
「恥ずかしがっちゃってるところも可愛いわね。…ちなみに、強いと言えばシルクちゃんもよ?」
「私ですか?」
シルクはきょとんとした様子で返答し、レザンはまさかと思いながらばっとアマレットの方へと振り向く。
アマレットは前のめりになってずいとシルクに近付くと、グレイの時と同様にシルクの顎下に人差し指を添えてクイッと軽く上げた。
「仕事中の軽い身のこなしは申し分無いし、まとっている魔力も一般とは違っているようだし…あのティピックが隠したがるだけあるわねぇ」
シルクは半ば強制的に視線を合わせられている状態ではあるものの、きょとんとした様子のまま目をぱちくりとさせる。
するとテーブル席にいるグレイ達が焦るように声を上げだした。
「アマレット君ッ!!シルクにまでその距離感って、君は誰でもありなのかい!?」
「ちょっとレザンぼーっとしてないで!シルクさん取られちゃうでしょ!」
「はぁ!?」
レザンはペーシェの呼びかけに困惑する。
アマレットはむっとした表情でテーブル席の方へと視線を向けると、にやりと笑みを浮かべてはグレイに視線を合わせた。
「何よグレイちゃん、もしかして私が構ってくれないから寂しいのかしら?」
「あッ…いやそういう訳じゃ…」
「後で沢山構ってあげるから、もう少し待ってて頂戴」
再びウインクを決められると、グレイは魂が抜けたかのように倒れそうになるのをシャロンとミュスカが後ろから支える。
そんなテーブル席の様子をレザンは呆れるように見届けては溜息をつき、顎に添えられていた人差し指が離れたところでシルクは心配そうにグレイの様子を伺っていた。
――
「さてと…話を逸らしちゃってごめんなさいねぇ。シルクちゃんの依頼について聞いた訳だけど、シルクちゃんはそれなりの報酬を受け取るような依頼を取り扱っているのよね。それらに比べると今回の依頼はあまりにも差が激しすぎるような気がするのだけど、シルクちゃんは本当に良いの?」
アマレットの考えにはレザンも同意しつつあった。
高難易度な魔物討伐や素材調達、何でも屋としても一筋縄ではいかないものをシルクは請け負ってきている。
今回の依頼は高難易度とは言えない、ちょっとしたお悩み相談のようなものだ。
普段から無表情で淡々としているが、内心は不満に思ったりしていないだろうかと申し訳ない気持ちでちらとシルクに視線を向ける。
しかしシルクは変わらず無表情のまま、素直な答えを口にした。
「難易度関係なく、どのような内容であっても依頼は遂行しますよ。困っている人がいるなら手を差し伸べ手助けするのが私のやり方です」
無表情さの中に真剣なものを感じ取られ、レザンはついじっとシルクのそんな横顔を見つめる。
視線に気付いたシルクがちらとレザンの方を見たが、レザンは視線を逸らしそうになるのを止めてしっかとシルクと目を合わせた。
「その…ありがとう」
「…どういたしまして」
シルクは無表情からふわりと笑みを零し、流石にこれにはレザンは顔を赤くさせてしまう。
アマレットはこれ以上口出しするのは無粋だろうと判断し、微笑ましそうに二人の様子を伺っていた。
「でも、流石に飲食代だけで報酬を済ませる訳にはいかないよ。…やっぱりさっきの装飾品店とかで何か買えばよかったかな」
「お気持ちだけでも十分嬉しいですよ」
シルクの謙虚さにレザンは苦笑いを浮かべる。
大通りを歩いている際に寄った装飾品店では結局何も購入せず、そのまま店を後にしてしまっていたのだ。
「それに、王都でフレッチェさんにお世話になったので…今回はそのお礼も含めて依頼を引き受けていますから」
「ペーシェが…王都で?」
突然王都という言葉が出てきたことにレザンは疑問を浮かべる。
シルクは申し訳なさそうに軽く眉を下げ、続けて言葉を述べた。
「王都で誘拐犯を捕らえたというものです。実は実際に誘拐犯を捕らえたのはティピックさんで…私もその場にいたんです」
「え…えぇ!?そうだったのか!?」
レザンはつい大きめの声を上げ、直ぐにペーシェに視線を送る。
ペーシェは驚いたように目を丸くさせていた。
「なぁペーシェ。この前王都で指名手配犯を捕らえたってやつ、ペーシェがやったことじゃなかったのか!?」
「あ、もしかしてシルクさんが話してくれた?そうなんだよ~、僕はあくまでも通報しただけで、実際に気絶させたりしたのはあの社長さんなの!」
「…そういうことだったのねぇ」
アマレットは当時王都でいた時のティピックの余裕な笑みを思い出す。
代わりに対応してくれる人材が運良く通りがかったと宣言しておいて、実際は普通に押し付けただけじゃないの、と呆れては軽く溜息をつかせる。
「そういうことで、フレッチェさんにはご迷惑をおかけしました。…後始末をして頂いた上で飲食代まで払って頂くのは流石に申し訳ない気もするのですが」
「シルクさんったら真面目…もう終わったことだし、料金についても気にしないで良いよ~。ぶっちゃけ今日は楽しかったし」
ペーシェの満更でもない笑みにレザンは呆れると同時に、やはりこれだけの報酬では納得できないという気持ちが渦巻いてはシルクの方へちらと視線を向ける。
レザンの様子に気付いたペーシェは少し考え、それじゃあととある提案を持ちかけた。
「じゃあレザンに一つの試練を与えちゃおうか。シルクさんに何か一つプレゼントしなよ」
「それは妙案ねぇ。シルクちゃんも遠慮なく受け取りなさい」
「…良いんですか?」
シルクは驚いたように目を丸くさせてからレザンの方へ視線を向ける。
レザンは気恥ずかしそうに一瞬視線を逸らすも、直ぐにシルクの目を見て頷いた。
そんな中、グレイ達は静かにシルク達の様子を伺いながらとある問題を考えていた。
「なぁ、良い感じに話が進んでいるけど本当に大丈夫なのか?アベルの件もあるってのにさ…」
「うーん…今回は例外ってことで見守るしか無いんじゃないかなぁ」
「僕何だか嫌な予感がするんですけど…」
「カネルが困った顔して頭抱えるのが想像できるよ。…面白くなってきたねぇ」
「カネルにぶっ飛ばされるぞ」
こそこそと話を進めていく中、グレイの肩にぽんと手が置かれる。
ミュスカとシャロンが引き攣った表情で見上げており、グレイは振り向くと同時に固まった。
「待たせちゃってごめんなさいねぇ、次はグレイちゃんの番よ」
「待ってない!待ってないからぁ!…ちょっとシャロン、ミュスカ!よそ見しないでくれたまえぇ!!」
「じゃあ僕はレザンと打ち合わせしたいんで~、良かったら僕の席をどうぞ~」
「あらありがとう」
「イヤアァァーーッ!!」
ペーシェは逃げるようにカウンター席へと向かってしまい、アマレットはグレイを引っ張った状態でソファ席に座る。
力の差は圧倒的にアマレットの方が上であり、グレイは逃げること叶わず隣に強制的に座らされてしまっては涙目状態となった。




