193. 好み的中
シルクは無表情であった為分かりにくかったが、グレイが魔法植物の話題を再開させようとしないことにシャロンとミュスカが違和感を覚えて首を傾げる。
レザンとペーシェもはてと疑問を浮かべてグレイに注目した。
グレイは口をキュッと閉じては瞬きを繰り返しながら視線を泳がせている。
「先生?どうかされました?」
流石に異変だと感じたミュスカが心配そうに声をかけ、シャロンは注文したサンドイッチを一つ頬張りながらも同様に視線を向ける。
そんな中、シルクはミルクティーの入ったカップの取っ手を摘まんだ状態のまま、カウンター席へと向かう途中の人物…アマレットに視線を向けていた。
アマレットはシルクからの視線に気付き、目が合うと同時に驚いたように目をぱちくりとさせる。
「あら…シルクちゃん?」
「…お疲れ様です」
シルクはそのまま軽く会釈し、レザンとペーシェはアマレットに視線を向けたまま固まっていた。
背中を向けていたミュスカとシャロンは振り向いてはぎょっと目を丸くさせ、グレイは振り向かずに相変わらず視線を泳がし続ける。
「まさか此処で会うなんて思っていなかったわ!ミュスカちゃんにシャロンちゃんと、グレイちゃんもいるじゃない!」
「ひぇッ…き、君も此処に来るとはねぇ」
名前を呼ばれたグレイはびくりと分かりやすく肩を跳ね上げさせてから、動きが鈍くなった機械のようにぎぎぎと身体を動かして無理矢理振り向く。
アマレットは嬉しそうな笑みを浮かべながら近付き、グレイの前で立ち止まっては満足そうに頷き、更に顔を近づけて距離を縮める。
「私のコーディネートした服をちゃんと着てくれて嬉しいわ。…でも、ちょっと顔色が悪いのが勿体ないわねぇ、ちゃんと眠れてる?」
「びぇえあッ!!」
人差し指で顎をクイッと軽く上げられ、互いの視線がぶつかる。
直後にグレイは寒気を覚えては、ハリネズミの如く全身の皮膚がトゲトゲになるかのように身体を震わせる。
アマレットが少し後ろに身を引かせると同時に、グレイは隣にいるシャロンに抱き着くようにしがみつく。
シャロンはその衝撃でムセそうになり、ついグレイを睨むもグレイの青ざめた横顔を見ては呆れ顔を浮かべた。
「あら、そんなに驚かなくても良いじゃなぁい。ちょっと近付いただけでその反応なんて…ふふ、ウブなところもあるのねぇ」
「き、君!せめて近付くなら事前に言ってくれたまえよ、急に迫ってくるの本当に心臓に悪いんだからね!?」
「それ先生が言っちゃいます?」
グレイは服屋でコーディネートされていた時のアマレットが笑顔で急接近してきた光景を思い出し、引き攣った表情を浮かべる。
シルクに対しては程良い距離間であったのに、何故自分にはあんなにグイグイと迫ってくるのか。
ティピックが言っていた“好みの相手を見ると着飾りたくなる”という、好みの要因に当てはまっているのを恨めしく思いつつグレイは警戒態勢をとる。
対してアマレットは余裕な笑みを浮かべており、ちらとシルクの方へ向いてはまた満足そうににこりと笑顔になる。
「シルクちゃんもしっかり着こなしてくれてて安心したわ。…両隣の二人は初めましてねぇ」
「初めまして…」
「シルクさん、この人とは一体どういう関係で…?」
レザンは理解が追いつかないとでも言うようにぽかんとした表情を浮かべており、ぺーシェはグレイの若干怯えるような様子に目をぱちくりとさせてからシルクに問い掛ける。
そんな中でもシルクは淡々と、アマレットに注目するよう手を差し伸べた状態で返答した。
「こちらはアマレットさん。仕事で知り合った魔法使いで、先程私がフュジルさんに紹介しようと考えていた御方です」
「俺に紹介しようと…え?」
レザンは真顔のままアマレットに注目する。
確かにシルクは一人だけ関われそうな者がいると言っていた。
その人物とは緊張せず且つ目を合わせながら会話が可能であるかもしれないと。
しかもティピックと長い付き合いであると。
「あら、私を紹介しようとしてたってどういうことかしら?」
アマレットはきょとんとした表情を浮かべ、右手を自身の頬に添えながら首を傾げさせる。
何度瞬きしてもアマレットは男性の見た目で声は低い。
しかし話し方や仕草に女性らしさが滲み出ている。
レザンは突然脳内に複雑な情報を叩きつけられたかのような気分になり、思考停止状態となってしまう。
これにはペーシェも同様に固まってしまっており、シルクはそんな二人の様子を横目に見てから口を開いた。
「実は今、依頼を受けている最中なんです。その依頼を解決する案として、アマレットさんならもしかしたらと…」
――
――
「成程ねぇ…男社会で育ったレザンちゃんにとって、大変なことも多かったんじゃない?」
「まぁ、はい…どうしても緊張してしまうと言うか、どう接すれば良いのか分からなくなって…」
「距離感が難しいのかしら。でもそういった距離感を考えられるレザンちゃんは優しい気持ちを持ってるってことよ、とても素晴らしいことだわ。…相手を思う気持ちは忘れちゃ駄目よ?」
「は、はい…」
レザンはアマレットのいるカウンター席に移動しており、横に並んだ状態で会話を進めている。
そんな二人の様子をシルク達は静かにテーブル席から伺っていた。
「上手くいっていますね、安心しました」
「シルクさん…アマレットさんは一応男性ですよね?」
「ですが内面には立派な女性らしさを持ち合わせています」
「そう真顔で言われてもだな…」
真剣に近い無表情で答えられ、シャロンとミュスカは苦笑いを浮かべてしまう。
ぺーシェも静かに様子を伺っているが、その視線には警戒心を含ませており頬に冷や汗が流れ落ちた。
「あの人って社長さんの知り合いなんだよね?…僕達が魔物討伐特攻隊だってことがバレたら厄介なことになるだろうなぁ。社長さんに今回のことを知られちゃうかも…」
「そこは黙っていれば大丈夫なんじゃないかなぁ。レザン君も流石に分かっているだろうし、アマレット君から変に聞き出されたりしない限り大丈夫だと思うけど」
グレイはそう答えるが、ペーシェとは別の意味で瞳に警戒心を含ませていた。
しかしアマレットがふとシルク達の方へ視線を向けた時にグレイと目が合い、直後にアマレットはグレイに向かってバチッとウィンクを向ける。
するとグレイは直ぐに視線を逸らしては再び身体を縮こませるように姿勢を低くさせた。
「グレイさん、あの人に何かされたの?」
「えーっと…着せ替え人形の気持ちを味わったと言いますか」
「好みだからって理由で遠慮なしに迫られたと言うか」
ミュスカとシャロンの発言にペーシェは吹き出しそうになり、シルクはきょとんとした様子で首を傾げさせる。
着せ替え人形についてはシルクも実際に経験したことであるのだが、グレイのように酷く警戒してしまうような目には合っていない。
「シルクはあの場にいなかったからな…あの時は本当凄かったんだぜ。先生が着替えてる途中なのに追加の服を持ってきたって理由で構わず試着室に乗り込んだりしてたし」
「乗り込んだ後も先生の試着が終わるまで出てこなかったくらいですよ。広めの試着室だったのが幸いですね」
「それでも怖かったんだからね!?上から下までじーっと見られるしすっごく視線が痛かったんだよ!?」
当時のことを思い出したのか、グレイは身震いさせて顔を青ざめさせる。
普段はペーシェ達が顔を青ざめさせることが多かった為、今回は逆にグレイが顔を青ざめさせていることにペーシェは新鮮な気持ちを覚えつつ、疑問に思ったことを素直に言葉にした。
「さっき言ってた好みって、あの人ってグレイさんの何処が好みな訳?」
「先生の場合は身長だそうです。自分よりも高い相手が対象だと言ってました」
「あと、先生は当てはまらなかったけど筋肉質な奴も好みだとよ」
「筋肉質か…」
ペーシェは再びアマレット達の方へと視線を向ける。
そこでペーシェは気付いてしまった。
アマレットはレザンと話をしている最中に、ちらと視線を軽く伏せさせたのを。
伏せ具合からして、レザンの腕に視線が向けられていることを。
長袖を捲っている状態である為前腕が露わになっており、日々身体を鍛えているレザンの腕の筋肉は勿論引き締まっている。
あ、これはまさか…とペーシェが考えると同時に、アマレットは爽やかな笑顔でレザンに言葉を述べた。
「それにしても、レザンちゃんも良い男よねぇ。これまでに女性に声をかけられたりしなかったの?」
「あるには…あったんですけど、結局固まって動けなくなってで最終的には相手にされなくなります」
「あらぁそうなのね…じゃあ私が狙っちゃおうかしら?」
「…え」
「ふふ…冗談よぉ。驚いた顔になっちゃって可愛いわね」
アマレットはバチッとウィンクを決め、レザンは驚いた表情で停止し困惑する。
そんな様子にグレイはきらりと伊達眼鏡を光らせ、にやと怪しい笑みを浮かべながらペーシェに近付いた。
「おめでとう、レザン君は選ばれたみたいだ」
「え、まさかあれって本当に好みにぶち当たったんですか!?」
「あの目はマジだよペーシェ君…何なら君も鍛えてるだろう?君も一緒にアマレット君の餌食になったらどうかなぁ!!」
「ちょ、急に肩を掴まないで…何気に筋肉ついてるか確かめてますよね!?袖を捲らないで!変態!!」
ペーシェとグレイが攻防戦を繰り広げるのを横目に、シルク達は呆れるように溜息をついた。




