192. 新たな案
大通りから離れた場所にある人通りの少ない一本道。
その通りに存在する喫茶店の前にシルク達は辿り着いた。
「こんなところに喫茶店があったんだ。落ち着いた雰囲気で良い感じじゃん!」
「基本的に夜がメインのお店です。昼間も営業してますが客入りが少ないようなので、フュジルさんも落ち着いて休めると思います」
客入りが少ない、つまり他の女性客に変に緊張せずに済むということにレザンは安堵する。
ペーシェは興味津々な様子でシルクについて行き、グレイ達も続いて喫茶店の扉をくぐった。
リンと落ち着いたベルの音が鳴り響き、音に気付いた店員が振り返る。
前回入店した時にもいた店員で、シルク達の姿を見るとにこりと爽やかな笑顔で出迎えた。
「いらっしゃいませ。お好きな席にどうぞ」
店内を見渡すと客は誰一人おらず、落ち着いた店内BGMがより強調されていた。
それでも店内は綺麗に整頓されてお洒落な雰囲気である為、ペーシェはより瞳をきらりと輝かせ分かりやすく店内を見回した。
あまりにもきょろきょろと落ち着かない様子にレザンが軽く指摘してから、テーブル席の方へと向かって各自座っていく。
この際も勿論レザンはシルクの隣に座るよう促され、レザンはやはり緊張した様子であるも洋菓子店の時と比べれば違和感のない距離間となっていた。
遠目で様子を見ていたグレイ達も改めて目の前でレザンの成長を目にし、感心するように小さく声を漏らす。
「あんまり見られると恥ずかしいんだけど…」
「だってレザン君が石みたいに固まってないんだもの。確かにこれは進歩してるねぇ、後は触れるだけ?」
「先程無事に触れられましたよ」
「でも指先だけじゃん。次は握手だね」
自覚は無くとも指先に触れていたことを思い出し、レザンは再び顔を赤くさせてしまう。
目の前に座っているグレイが揶揄うような笑みを浮かべており、つい睨むように視線を向けるも恥ずかしそうに顔を赤らめていることから迫力は感じられない。
そんな中店員が二つのメニュー表を手にして近付いてきたことで、気を紛らわせられるとレザンは小さく安堵する。
先程入店時に声をかけられた方とはまた別の店員であり、店員に近いミュスカとペーシェにメニュー表が手渡された。
「…後程注文を伺います」
店員は無表情のまま淡々とした様子でそう言葉にし、カウンター席側にある厨房へと向かって行ってしまう。
爽やかな笑顔が特徴的な店員とは違い静かな印象の店員で、前回は見かけなかった人だなぁとグレイは考えながら、真ん中に座っているシャロンに渡ったメニュー表を横から覗き込むように確認した。
各自が注文内容を決めていく中、レザンにメニュー表が渡ったところでペーシェは何かを思いついたように怪しい笑みを浮かべてから、隣に座るシルクにこそこそと耳打ちする。
シルクはきょとんとした表情で目をぱちくりと瞬きさせ、「大丈夫でしょうか」と確認するように小さく呟く。
対してペーシェは「大丈夫だって」と親指を立てながら満面の笑みで返答し、やり取りを見ているグレイ達はまさかと思いながら観察を続けた。
そしてシルクはレザンの方へと振り向き行動に移す。
「決まりましたか?」
「いや、まだ迷ってて…」
レザンはぴしりと固まってしまう。
とん、とレザンの肩にシルクの肩が当たり、シルクはそのままメニュー表を覗き込むように近付いたのである。
隅のテーブル席かつ奥側に座っている為、シルクとは反対側の隣は壁となっている。
身動きがとりにくい状況の中で距離が更に縮まるどころかくっついた状態となってしまい、レザンは数秒固まっては湯気が出る勢いで真っ赤になった。
流石にシルクは驚くように軽く目を見開かせてから距離をとり、申し訳なさそうな表情でペーシェの方へと振り向いた。
「固まってしまいました」
「あっちゃ~、服越しだから大丈夫だと思ったんだけどなぁ」
「いや責め過ぎですよ!」
「無茶苦茶真っ赤じゃねぇか」
「わぁ、面白…」
グレイ達はペーシェの強引な提案とそれを素直に実行するシルクに対して容赦無いなと考えるが、暫く固まったままだろうなと予想していたレザンが意識を戻して無理矢理落ち着かせるように顔を左右に振り出したのを目にし、立ち直りの早さにまた驚いた。
無事全員の注文内容が決まったところで先程の無表情な店員が近付き、各自注文を終えては再び店員は厨房に戻っていった。
店員の姿が見えなくなったところでレザンは深く息を吐きながら肩を落とし、ペーシェに向かって文句を言うように話しかける。
「今の絶対ペーシェの提案だろ、流石に分かってきたぞ」
「あはは~、これくらいまだまだマシな方でしょ。腕を絡めるとかじゃないんだからさ」
レザンは想像してしまったのか、引いていた顔の熱が再開してしまう。
そのようなことをされてしまっては流石に倒れるし、絶対に過激な行動は阻止しなければ。
そう考えては冷や汗を流しシルクから視線を逸らすように真正面を向く。
しかし目の前にはニヤニヤと笑みを浮かべるグレイの姿。
普段とは違ったお洒落な服装だとしても、笑い方が明らかにいつもの変人研究者だと実感してしまう。
「さて、僕達もレザン君の手助けをするということで、具体的には何をすれば良い?」
「女性慣れする為の案をできるだけ多く集めたいです。難しく考えず、簡単なことで良いので何か案があればどんどん言って下さい」
グレイ達は考えるように腕を組んだり目を閉じたり視線を虚空に向けたりとしてから、先にミュスカが控えめに手を挙げた。
「まだ視線を逸らすことが多いようですし、まずは見慣れるようにしていくのはどうでしょう。実物ではなく写真で慣らしていくとか…」
「成程…普通の写真なら問題無いんじゃない?」
普通のという言葉を強調している辺り、ペーシェの揶揄い具合が見え見えである。
レザンはついジト目になるが、確かに直接目を見るよりは緊張せずに済むだろうかと考え始める。
初めて見た写真、もとい大人向けの雑誌に載っていた際どい写真のことをふと思い出してしまうが、直ぐに脳内でもやにしてから搔き消した。
続いてシャロンがはいと手を挙げ、皆が注目したところで口を開く。
「何と言うか、レザンは変に意識し過ぎなんだよ。女性としてじゃなくて、一人の人間として見るのが良いんじゃないか?男性も女性も同じ人間なんだからよ、そう考えれば気も楽なるんじゃね?」
「成程…」
意識し過ぎという言葉に苦笑いを浮かべてから、レザンは納得するように小さく頷く。
いきなり意識をがらりと変えるのは難しいが、これからはその考えを意識して接するようにしようかと考えたところでぽつりとペーシェが呟いた。
「真面目なレザンのことだから、それはそれでぎこちなくなりそうだけどねぇ。今目の前にいるのは人間だ、話してるのは人間だ…ってぶつぶつ言ってたりして」
「流石にそうはならないだろ!」
「…これまでのレザンさんのことを考えると、僕も有り得そうだなって思っちゃいました」
「ミュスカ君まで…!」
レザンはがくりと肩を落として溜息をつく。
その後静かに考えを巡らせていたグレイが人差し指を上に向け、真剣な表情で提案した。
「どうしても緊張してしまうのなら、リラックス効果のある魔法薬を僕が調合して…」
「はい却下」
「却下します」
「却下ですね」
「これは却下だな」
「皆酷くない?」
シルク以外の揃った返答にグレイは不貞腐れた表情を浮かべる。
「そんなに警戒しなくても良いじゃないか。以前作ったミントローズとグレープラベンダーの実を組み合わせた魔法薬とか効果あると思うけど」
「それ効果がありすぎて寧ろだらけてませんでした?」
「あれは量を間違えちゃったから。新たに作ったものはまだ試してないけど大丈夫な筈…試してみる?」
「絶対嫌ですお断りします」
レザンは軽く顔を青ざめさせてから分かりやすく顔を横に振って拒否する。
ペーシェも魔法薬を手にしたグレイに追いかけられた体験をつい思い出しては身震いさせた。
「ミントローズの花弁の量を減らすか、燻したレッドローズマリーを少量加えるかすれば改善するかと」
そこでシルクが考えるように右手の人差し指を自身の顎に添えながらぽつりと呟き、グレイの目がきらりと光ってはシャロンとミュスカがしまったと引き攣った表情を浮かべる。
魔法植物の知識をそれなりに持つシルクからの返答にグレイが前のめりになりそうになったところで、注文した商品を手にした店員に声をかけられた。
商品を持ってきたのは爽やかな笑顔の方の店員であり、慣れた手付きで各自の商品をテーブルに置いた。
「ご注文は以上で宜しいでしょうか」
「はい、ありがとうございます」
「こちら伝票になります。ごゆっくりお過ごしください」
にこりと安心するような笑みを向けてから、店員はトレイを胸の前で抱えてテーブル席を後にする。
「…レザンもあんな感じに爽やかな笑顔で話しかけられるようになればなぁ」
「それはそれで違和感を感じますけどね」
「好き勝手言いやがって…」
ペーシェとミュスカの発言にレザンはついジト目になる。
しかしふと自分が爽やかな笑顔を浮かべて女性に話しかける様子を想像しては、自分でも違和感を感じてしまい直ぐに振り払った。
直後、扉が開いて落ち着いたベル音が鳴り響く。
「いらっしゃいませ。今日は御一人で?」
「ええ。仕事が早めに一段落したから来ちゃったわ」
店員の話し方からして顔馴染みなのだろう。
客はカウンター席の方へと向かって歩き出した。
シルクは目を丸くさせ、グレイはぴしりと固まってから冷や汗を流す。
聞き覚えのある低い声且つ女性らしい話し方が耳に届いたからだ。




