190. 紹介
ペーシェとレザンの言い合いが落ち着いたところで、再び三人並んだ状態でアイスカフェオレを飲んで一息つく。
レザンは緊張していたのもあって既に半分以上飲み干してしまい、中の氷がカランと小さく音を立ててバランスを崩した。
先程まではペーシェを間に挟んだ状態で座っていたが、今はレザンが真ん中に座りシルクとの距離がそれなりに近くなっている状態。
しかし洋菓子店でいる時程離れた距離ではなく、ペーシェは進歩を感じて満足そうに笑みを浮かべた。
「やっぱり実際に関わっていかないと慣れないんだよ、逃げてばかりじゃ何にも進まないよ?」
「それはまぁ、そう…か」
「勿論シルクさん以外の女性とも普通に話せるようにしないとだからね。いざという時知らない女性に話しかけられても、難なく対応できるようにならないと」
「他の…」
今は関わりが比較的長いシルクが相手だから、こうして隣に座っても会話ができる程度にまで進めている。
だがもしこれが別の女性、まったく面識のない相手だとどうなるのか。
そう考えるとレザンは再び緊張感を漂わせて視線を逸らした。
そんなレザンの反応にペーシェは軽く溜息をつくが、何を思いついたのかニヤリと怪しい笑みを浮かべてからこっそりと耳打ちする。
「他の女性はどうしても厳しいって言うなら、いっそのことシルクさんに集中しちゃう?」
ペーシェの囁きにレザンは分かりやすく肩を跳ね上げさせ、ギギギとぎこちない動作でペーシェの方へ振り向く。
「集中って…どういうこと?」
「シルクさんって僕等の仕事について理解してくれてるし、討伐や武器の話で盛り上がれるじゃん。…しかもシルクさん、誰とも付き合ってないみたいだよ」
「つ、付き…!?」
ちょっと待て、これはまさか付き合うような流れに持っていこうとしているのではないか。
そう考えてはレザンの表情は赤くなるどころか少しずつ血の気が引くように青くなっていく。
レザンの脳内にアベルの冷たく鋭い睨みが浮かび上がった。
「それは阻止しなければ…ッ」
「え?阻止ってどういうこと?」
ペーシェは予想外の反応に対してぽかんとした表情で首を傾げさせる。
アベルのことを話してしまえば正直スッキリするのだが、シルクが直ぐ隣にいる状況で言うのは流石に場違いである。
それ以前にペーシェに話してしまえば、間違いなくペーシェはアベルを揶揄いにいく。
何なら勝手に話しやがったなとレザンにも矛先が向かう可能性もある。
話したいけど話せない、何とも複雑な心境の中でレザンは心の中で頭を抱えさせた。
「レザンったら変なの。じゃあそうだなぁ…ねぇシルクさん」
ペーシェは疑問符を浮かべながらも、ちらとシルクの方へと視線を移してはけろっとした様子で話しかける。
シルクは静かに飲んでいたアイスカフェラテから口を離し、ペーシェと視線を合わせた。
「シルクさんの周りに、レザンに紹介できそうな女性っている?」
「紹介…ですか」
「紹介って、もっと他に聞き方があるだろう」
レザンは焦りながらペーシェを軽く睨むが、そんな横でシルクは真剣な様子で考え込む。
そのまま数秒経ったところで、シルクは人差し指を上に向けながら答えた。
「ウィンさんはどうでしょうか」
「却下」
「えぇ…」
レザンではなくペーシェが即座に返答し、シルクは無表情のまま解せぬと言う代わりのように声を漏らした。
「ウィンさんは素敵な女性ですよ?」
「それはシルクさんの前でだけだよ」
「まぁ…あの人は近寄りがたい雰囲気をあからさまに出しているというか、冷たい印象だな」
シルクは残念そうに眉を下げ、再び考えるように視線を斜め上に向ける。
しかしなかなか対象となり得る女性が浮かび上がらない。
そもそもシルクの周りでよく関わりがある女性はウィンだけなのだ。
他は依頼で軽く関わったことのある者くらいで、紹介できる程の仲ではない。
首を傾げさせながら更に数秒考えたところで、ふと一人の人物を脳内に浮かばせる。
「…一人だけ、フュジルさんでも関われそうな方がいます」
「本当?ちなみに僕達が知ってる人だったりする?」
「いいえ、皆さんとは会ったことが無い筈です。ですがもしかしたら、私よりも緊張せずに会話ができるかもしれませんし、目を合わせることも可能かと」
「そんな人がいるのか?」
シルクが自信ありげに縦に頷く為、ペーシェとレザンは互いに顔を見合わせてはどのような人物なのだろうかと想像を膨らませる。
シルク以外で緊張せずに会話ができる女性など本当にいるのか。
そもそも初対面という時点で不可能に近い筈なのだが。
そう色々と考えていると、シルクはスマートフォンを取り出してから再び口を開く。
「その方と連絡をとれるか聞いてみましょうか」
「あれ…?聞いてみるって、相手に直接聞くんじゃないの?」
「はい、まずはティピックさんを経由してから…」
「待て待て待て」
二人から必死に止められ、シルクはきょとんとした様子で首を傾げさせる。
「どうかしましたか?」
「あのー…急に社長さんの名前が出てきで吃驚してるんだけど、その人って社長さんの知り合い?」
「はい、ティピックさんと長い付き合いの方です。その方も仕事があるので、会えるかどうかは聞いてみないと分かりませんが…」
「し、仕事中だと申し訳ないから!今回は大丈夫だから!」
「…そうですか?」
シルクは再び眉を下げてスマートフォンを膝の上に置く。
今回の依頼はシルクが了承したと言えど、ペーシェの独断のもの。
更に言えばシルクの休日を強制的に仕事に切り替えたようなものだ。
裏魔法協会を通しての依頼を中心に提供しているティピックの耳に入ってしまえばどう思われるか。
休日を奪ったと捉えるか、独占欲を渦巻かせてまたわざとらしく偏った魔物討伐を提供してくるか、兎に角ペーシェ達のことを良く思わずに接してくるだろう。
そんなティピックと長い付き合いだという人物と会うのも気が引けてしまい、やはり断りを入れることとなった。
「となると、他に紹介できるような方はいませんね…お役に立てなくてすみません」
「謝らないでよ、シルクさんは十分力になってくれてるからさ。…じゃあやっぱりシルクさん中心にやっていくしかないかもねぇ」
「おいだからそれは…!」
再びペーシェがニヤリと怪しい笑みを浮かべ、レザンは焦って止めようとする。
するとシルクがすくっと立ち上がり、二人の様子を確認するように振り向いた。
「では、いっそのこと人手を増やして意見を多く集めましょう」
「人手を増やす…?」
シルクの突然の提案に二人は疑問を浮かべた。
――
――
「次は何処に向かうんだろうねぇ…午後の予定はちゃんと決まってなさそうだったし、このまま適当に店をまわり続けるのかな」
「それでもだいぶ歩いてる気がしますけどね」
グレイ達は相変わらずシルク達の尾行を続けており、一定の距離を保とうとしながら再び大通りを歩いていた。
昼を過ぎてからは大通りを歩く人の数は増え、見失いそうになる欠点と同時にこちら側に気付かれにくい利点を利用しながら足を進めていく。
そのまま暫く歩いて行くと、シルク達はとある店の前で立ち止まってから再び歩き出す。
その後は大通りを外れるように角を曲がってしまった。
グレイ達は見失わないようにと素直に曲がり角の近くまで向かうが、途中でグレイがぴたりを足を止めた。
後ろからついて来ていたシャロンはグレイの背中にぶつかり、鼻先を軽く押さえながらグレイに注意する。
「おい先生どうしたんだよ急に止まって…」
グレイはある場所に視線を集中させたまま数秒固まる。
その視線の先のものが何なのか、先に気付いたミュスカは引き攣った表情を浮かべていた。
シャロンも同様に視線の先を追うと、状況を理解しては最悪だと頭を抱える。
グレイは視線を集中させたまま、その前へと向かうように歩き出す。
宝物を見つけた子どものようなキラキラとした瞳を、目の前にある植木鉢に真っ直ぐぶつけた。
植木鉢に植えられているのは魔法植物。
小規模で魔法植物を販売している出店を前に、グレイの魔法薬学研究者としての探究心が働いてしまったのだ。
「これってなかなか出回っていない魔法植物だよね。え、小さめだけど葉の質は良さそう…ねぇねぇこれって何か肥料使ってる?どんな奴?」
「おやまぁ、それに興味があるとは物好きだねぇ。はて、何を使っていたか…」
「ちょっと先生、今は道草を食ってる場合じゃないんですよ!」
「駄目だ、先生の目が研究者モードに入っちまってる。…このままじゃシルク達を見失うぞ」
シャロンとミュスカは呆れた表情でグレイの後ろ姿を見つめる。
人通りが多い中でもある為、二人は邪魔にならないよう店側に寄っては尾行はもう諦めようと考えていた。
その時だった。
二人それぞれの肩に、ぽんと誰かの手がのる。
振り返ると同時に顔を軽く青ざめさせ、ぴしりと固まった。
「やぁやぁシャロン君とミュスカ君、こんなところで奇遇だねぇ~」
「グレイさんと買い出しか?」
わざとらしい笑顔を浮かべているペーシェとレザン、そしてその後ろには無表情のシルクが立っていた。
シルクは魔法植物に夢中になっているグレイの隣まで近付き、顔を覗き込むようにして距離を縮める。
何も事情を知らない店員はにこやかな表情でシルクに声をかけた。
「おや、お嬢さんもそれに興味があるのかい?」
「…丁寧に育てられていますね」
「え、君もそう思うのかい?見る目がある、ね……」
シルクとは気付かずにグレイは笑顔のまま顔を上げ、そのままシルクとばっちり目が合う。
グレイは笑顔のまま固まり、口角を引き攣らせては頬に冷や汗が流れ落ちた。
「や、やぁシルク…お、お疲れ様~…」
「博士達も、尾行お疲れ様です」
尾行という言葉にはグレイだけでなく、シャロンとミュスカも肩を跳ね上げさせながら反応する。
グレイはぎこちない動きで振り返り、怖い程にこにこと笑顔を浮かべているペーシェと呆れ顔を浮かべてるレザンと目が合った。
「…いつからバレてたの?」
「シルクさんが教えてくれたんですよ、僕達はついさっき知ったところですけど、シルクさんはずっと前から気付いてたって」
「洋菓子店にいた時から気付いてました」
「え、それってほぼ最初から尾行してたってことか!?」
シルクは無表情のまま淡々と答えるが、今はその無表情が怖く感じてしまいグレイは仔犬のようにプルプルと身体を震えさせる。
シャロンとミュスカも降参するように肩を落とし、小さく溜息をついたのであった。




