189. 合わせて触れて
暫くしてからシルク達は装飾品店を後にし、花壇が並ぶ通りに併設されているベンチに腰掛けていた。
装飾品店で普段以上に心臓をバクバクと忙しなくさせたレザンは少々ぐったりとしており、流石に休憩させなければとペーシェを間に挟んだ状態で三人並んで座っている。
シルクは心配そうに少し眉を下げた状態でレザンの様子を伺った。
「どこか気分が悪いところはありませんか?」
「だ、大丈夫…」
「まったく、レザンったら余計に気を張り過ぎだって。討伐の時は走り回っても平気そうにしてるくらい体力があるのに、これくらいでばてちゃうなんてさぁ」
「ペーシェが強引にしてくるからだろ。シルクさんは一つずつこなしていこうって言ってくれてたのに、段階を飛ばし過ぎなんだよ!」
「だってレザンがいつまでもうじうじしてるから~」
レザンは恨めしそうにペーシェを睨むが、ペーシェは頬を軽く膨らませてからわざとらしく視線を逸らしてそっぽを向いてしまう。
ぐぬぬ、と納得いかない様子で睨み続けていたが、シルクが無表情ながらも申し訳なさそうに視線を伏せさせる様子を見るとハッと我に返る。
「で、でも…以前と比べるとまぁ、少しは慣れてきた、かな…とは思うけど」
「だったら次の段階に進んじゃおうよ、握手くらいはできるようにならないとね」
「だからそれはまだ早いって!せめて目を合わせても大丈夫なくらいになってから…」
「じゃあその目を合わせるのを今すぐやってみようよ、ほら」
「う…」
自分から言っておきながらレザンはつい口籠る。
ペーシェが後ろにぐっともたれることでシルクと視線を合わせやすい状況が出来上がった。
「まずは五秒間頑張ってみましょうか」
「は…はい」
「五秒は短いよシルクさん、せめて三十秒いってみよう」
「だから少しずつ段階を踏ませてくれよ!」
「…では間を取って十五秒はどうでしょう」
「シルクさん!?」
ペーシェの声掛けのせいで時間が増えた、と再びペーシェを睨んでは悪戯っぽい笑みを返されてしまう。
本当あとで覚えてろよ、と心の中で愚痴を零してからゆっくりと深呼吸して気持ちを強制的に落ち着かせようとする。
深呼吸してもやはり緊張感は治まらず、身体の中で心臓がバクバクと忙しなく動いているのを自覚しながらシルクと視線を合わせた。
シルクも無表情のままレザンを見つめる。
ただ目を合わせる、それだけのことでもレザンにとってはただでは済ませられないことだ。
一秒がやたらと長く感じてしまい、十秒経たないうちにレザンの方から視線を逸らしてしまう。
「ちょっと、まだ八秒しか経ってないよ?」
「しっかり数えやがって…!」
「ですが五秒以上は達成しました。少しずつ慣れてきてますよ」
シルクの励ましの言葉にレザンは素直に嬉しさが込み上げる。
そこでペーシェがひょいと立ち上がり、腕を上にのばしてぐっと伸びをしてからくるりと振り返った。
「それじゃあ僕は近くの売店で飲み物を買って来るから、その間に目を合わせる練習をしててよ。飲み物は何が良い?」
「アイスカフェオレでお願いします」
「え、あ…じゃあ俺も同じので」
「了解~」
ペーシェの提案にレザンは目を丸くさせて驚くが、シルクの淡々とした返答に流されてしまい反論するタイミングを失ってしまう。
そのままペーシェは売店に向かって行ってしまい、一人分の空白ができた状態でシルクとレザンがその場に残された。
ペーシェがいた時よりも緊張感がドッと押し寄せ、レザンは冷や汗を流しながら固まってしまう。
しかし無理矢理身体を動かすように首を横に振っては落ち着けと心の中で自身に言い聞かせた。
「えっと…じゃあまた、よろしくお願いします」
「はい、次は十秒頑張ってみましょう。直接目を見るのではなく、目と目の間…眉間辺りを見るようにすると見やすいかもしれません」
アドバイスを受け取り、レザンは再び深呼吸してからゆっくり視線を合わせる。
そのまま固まるように視線を合わせ続け、レザンの顔はみるみるうちに赤く染め上がっては心臓の音が外に聞こえるのではと思う程バクバクと響いていく。
対してシルクは無表情のまま見つめ続けるが、十秒経つ直前に見つめ合っていた視線は逸れてしまった。
先に逸らしたのはシルクの方であり、瞬きすると同時に視線を上の方に向けてしまう。
レザンもつい目をぱちくりとさせ、ふと頭上に何かが乗るような違和感を感じ取った。
「すみません、じっとしててください」
シルクが軽く腰を上げ、レザンの頭上に手を伸ばす。
それによって距離が縮まったことにレザンはぴしりと固まり、装飾品店で強引に距離を縮められた時とは違った緊張感が押し寄せた。
ふわりと洗髪剤の良い香りが漂い、緊張を通り越して眩暈がしそうになるのを何とかぐっと堪える。
その後シルクの伸ばした手が引かれると、指先には一頭の蝶がゆっくりと羽を動かしながら留まっていた。
「どうやら休憩しに来たようです」
「そ、そうなんだ。吃驚した…」
辺りに設置されている花壇にも何頭かの蝶が飛んでおり、そのうちの一頭がやってきたようだ。
予想外の乱入が起こったが、レザンはつい安心するように小さく息を吐く。
しかしその後シルクの表情を見ては凝視するように固まってしまう。
先程まで無表情であったのに、シルクはふわりと微笑みながら蝶を見ているのだ。
コットンシープの毛刈りをしている際や討伐同行後の話し合いの際にも見せた微笑みをふと思い出し、当時は距離のある状態で見た光景であった。
しかし今は目の前の近い距離で微笑む姿を目の当たりにし、これまでよりも大きく心臓が跳ね上がるような気分に襲われる。
何故この光景をアベルじゃなくて俺が見ているんだろうか。
そう考えては本日何度目かの罪悪感が押し寄せる。
「…フュジルさんは虫は平気ですか?」
「え…あぁ、平気だけど」
「触ってみます?」
蝶が留まる指先をすっと目の前に差し出され、レザンは目を丸くさせる。
「この子は人馴れしているようなので大丈夫ですよ」
「あ…あぁ」
シルクの穏やかな促しについつられてしまい、レザンはゆっくりと腕を動かしては指先を蝶へと向ける。
蝶の脚が指先に移るように慎重に近付け、蝶は静かに羽を動かしながら小さく細い脚を一本ちょんとレザンの指先にのせた。
互いの指先が触れるか触れないか、ほんの数㎜の距離。
それでも意識が蝶に集中しているからか、レザンはしっかり意識を保った状態でいた。
これにはシルクも静かに驚き、指先にいる蝶に感謝の念を送るように微笑み続ける。
しかし蝶は前脚はレザンの指先に、後ろ脚はシルクの指先に留まった状態で止まってしまう。
あと一歩踏み出せば後ろ脚もレザンの指先へと届く筈なのに、数㎜の距離があるせいかなかなか前に進もうとしない。
さてどうしたものか、とシルクが軽く首を傾げさせた時だった。
レザンの方から僅かに指先が前へ進み、互いの指先がぶつかったのだ。
「…よし、渡れた」
レザンは安心したようにほっと息をつき、そのまま互いの指先は離れる。
蝶はレザンの指先に留まった状態で満足そうに羽をゆっくりと動かしていた。
「フュジルさん、無事達成しましたよ」
「え…?さっきもまだ十秒経ってなかった筈じゃ…」
「触れる方です。指先ですが触れられました」
「……え!?」
レザンは蝶に集中していた為か、シルクの指先に触れたことは自覚していなかったようだ。
みるみるうちに湯気が出る勢いで顔を赤くさせ、それと同時に指先の蝶は離れて飛んでいってしまう。
「き、気のせいだったんじゃ…」
「いいえ、ちゃんと触れられていました。お陰で蝶が渡れたんですから」
安心したようにふわりと笑みを向けられ、レザンは再び目を丸くさせて固まる。
蝶にではなく明らかに自分に対して向けられている表情だと自覚し、処理落ちしてしまいそうになるがぐっと堪えて誤魔化すように自身の頭を軽く掻いた。
先程指先に留まっていた蝶は二人の周りを舞うように飛んでからその場を後にする。
その後飲み物を買ってきたペーシェが戻ってくるが、ニヤニヤとした笑みをレザンにぶつけていた。
「ちょっとちょっと~、僕がいない間に良い雰囲気になってたじゃん」
「…まさか見てたのか?」
「勿論見てたに決まってるでしょ~。ほらこんなに良い感じに撮れたんだから」
ペーシェはアイスカフェオレを渡してから、ずいとスマートフォンの画面を見せる。
画面にはシルクとレザンが先程蝶と触れ合っていた時の光景が写されていた。
しかも互いの指先が触れる瞬間であり、写真を見ることで改めて自分が本当に触れられていたことに気付かされて顔が赤くなる。
レザンは蝶に集中している様子であるが、シルクは優しく微笑んでいる様子であるのが横顔でも分かりやすい程だ。
そして数秒間その写真を凝視してはレザンは冷や汗を流す。
これはカップルだと勘違いされてもおかしくない光景だと考えてしまい、気恥ずかしさと罪悪感の波がドッと押し寄せた。
「これも立派な進歩だよねぇ、隊長に報告っと」
「待て待て待て!一々隊長に報告しないでくれよ!?」
「恥ずかしがらないでいいって、皆レザンのことを気にかけてるんだからさ。後でアベルとプラットにも報告しないとね~」
「だーーッ!!駄目だ、本当にそれは駄目だ!!」
プラットは兎も角アベルには絶対見られたくない。
もし今回のことを詳しく知られてしまえば、睨まれるどころじゃ済まない気がしてならないのだ。
ペーシェとレザンが騒いでいる中、シルクは受け取ったアイスカフェオレを静かに飲みながら二人を見つめ、「相変わらず仲が良いなぁ」と考えていた。
辺りに飛び回っている蝶が今度はシルクの頭に留まり、のんびりと羽を動かした。




