188. 奮闘
洋菓子店を出ると、ペーシェは食後の軽い運動と称して近くの大通りに並ぶ店を見てまわろうと提案する。
相変わらずレザンがペーシェの横に並んで歩こうとするが、即座に反応したペーシェはそうはさせまいとレザンの腕を掴んでぐるりと位置を交代し、シルクとレザンが横に並ぶよう強引に位置替えしてしまう。
レザンは必死な様子でペーシェの方へ振り向くが、ペーシェは分かりやすくニヤリと笑顔を浮かべてからレザンの方へと距離を詰め寄らせ、それによってレザンはシルクの方へと少しずつ距離が近付いていく。
「おい押すなよ、シルクさんにぶつかるだろ!」
「まだ余裕のある距離間じゃん、レザンが距離を取り過ぎなんだよ。寧ろそんなに距離を取ってたらシルクさんに失礼なんじゃないの~?」
「うぐ…」
「…無理はなさらなくて良いんですよ?」
「シルクさんもそう言わないで、もっと積極的に来なよ!シルクさんはレザンがこれまで接してきた女性の中で唯一長く関われてるんだから!」
レザンは口籠りながらぎこちない様子でシルクの方へとちらと視線を向けるが、直ぐに視線を逸らすようにして前方へと向いてしまう。
そのまま大通りに沿っていくつかの店の前を通り、シルクはレザンの様子を伺いながらあることを尋ねた。
「フュジルさんは何か気になる店はありますか?」
「え…あ、えっと…そうだな…」
レザンは肩を軽く跳ね上がらせてから気恥ずかしそうに頬をかき、辺りの店をぐるりと見てからも口をもごつかせて視線を泳がせる。
シルクは無表情のまま、これは困ったぞと脳内で冷や汗を流す。
魔物討伐に関する話題で盛り上がっていた時と比べると、明らかにレザンのぎこちなさが増しているのである。
「…フュジルさんの好きなものって何です?」
「す、好きなもの……」
「急にガッチガチになるじゃん。店ではあんなに喋れてたのに、緊張し過ぎだって」
単純な質問でさえもぎこちない反応が返ってくる状態。
流石に仕事以外のプライベートな話題で詰まってしまうのをどうにかした方が良さそうだと考え、シルクは静かに辺りの店を見渡してからあることを提案する。
「まずは簡単に言葉を交わせるようにしていきましょう。目を合わせるのもそれが慣れてからで、一つずつこなしていけば問題ないかと」
「よ…よろしくお願い、します」
敬語で返答するレザンに対し、ぺーシェは呆れた様子で大丈夫かと心配の表情を浮かべる。
そのまま近くにある青果店に足を運び、簡単な話題作りから始めることになった。
「レザンからシルクさんに話題を振ってみなよ。好きな食べ物は何かとかさ」
「え、えっと…その……す、好きな食べ物って何かある、の?」
ぺーシェから小声でアドバイスしてもらい、レザンはそのまま同じように質問を問い掛ける。
シルクに向けての質問だが、視線は真っ直ぐと青果物の方に向けられている為まるでそちらに話しかけているように見えてしまう。
それでもシルクは質問されていることに気付き、目の前の青果物に視線を向けては軽く首を傾げさせる。
「強いて言えば…甘いものが好きです」
「やっぱり?だと思ったよ〜、さっきもシルクさん美味しそうに食べてたもんね」
「そんなに顔に出てましたか?」
ぺーシェの嬉しそうな返答にシルクはつい自分の頬に右手で軽く触れながら、先程とは逆方向に首を傾げさせる。
今では無表情だが、確かに洋菓子店にいる時は僅かにも表情を緩めていたのをレザンは思い出す。
「フレッチェさんも甘いものが好きですよね。…フュジルさんは甘いものはお好きで?」
「お、俺もまぁそれなりに…かな。ぺーシェ程では無いけど」
「甘いものが無いと毎日やってらんないんだよねぇ。この前なんかレザンったら、僕の大好きな栄養ドリンクを美味しくないって言ってたんだよ。酷いと思わない?」
「あれは流石に身体に悪いだろ、派手な色で甘ったるかったんだぞ」
「そんなに凄い色だったんですか…?」
「シルクさんも…見たら吃驚すると思う」
合間にペーシェも会話に参加しているのもあり、レザンはぎこちないながらもシルクとの他愛ない会話を続けていく。
未だに表情は硬めで視線は合わせていないが、会話をすること自体は少しずつ慣れてきているように見え、緊張が和らいでいる雰囲気をペーシェは横目で感じ取っていた。
そうして近辺の店をいくつかまわっていき、装飾品が売られている店の前まで来たところでペーシェはレザンにこっそりと耳打ちする。
「此処でシルクさんに似合いそうなものを選んでみなよ」
「え…」
「シルクさんはお洒落してるけど、ネックレスやピアスとかの装飾品は着けてないじゃん。指輪はいつも着けてる武器を収納してるやつだし。いっそのこと、思い切って何か買ってやりなよ」
「流石にハードルが高いって!ちょっとした会話はできてもまだスムーズじゃないし、目を合わせるのだって…そ、それに」
レザンは視線を泳がせながら気恥ずかしそうな表情を浮かべ、店の商品を見ているシルクの横顔をちらと見てから緊張の汗を頬に流す。
「だいぶ…距離が近くならないか…?」
「隣に並ぶだけじゃん。似合いそうなのを選んで、これなんかどう?ってさり気なくかざしてみたりさぁ」
「み、見本を…!見本を見せてくれよ!」
「はぁ~…仕方が無いなぁ」
ペーシェは呆れたようにジト目を向けてから、軽く溜息をついてシルクの方へと近付く。
そのままシルクに似合いそうな装飾品を選ぶのかと思いきや、シルクに声をかけてコソコソとなにかを話し出した。
その後ペーシェはレザンに向かってこっちに来るようにと手招きし、レザンは緊張しながらも首を傾げさせて素直にペーシェに近付く。
するとシルクがレザンの前にすっと近付き、レザンの胸元辺りに触れるか触れないかギリギリのところでブローチをかざした。
突然のことにレザンはぴしりと固まり、対してシルクは無表情のまま感想を述べる。
「…少し可愛すぎるでしょうか」
「僕は良いと思うけどねぇ。レザンはこのブローチどう?」
「……」
レザンのこれまでの人生の中で一番の至近距離というのもあり、処理落ちするように身体が固まって動かなくなってしまった。
――
――
同時刻、グレイ達はシルク達の尾行を続行させていた。
装飾品売り場の前でいるシルク達の様子を建物の影から見守る表情は、緊張感を漂わせていたり好奇心を秘めていたりと様々である。
「シルクったら結構攻めてるね!?レザン君固まっちゃったじゃん…面白すぎる」
「先生ったら楽しんでますよね」
「あれは見た感じペーシェが仕掛けたようなもんだろ。あーあ…顔が真っ赤じゃねぇか、流石に街中で倒れたりしないよな?」
シルク達の様子を見守り続けていく中、グレイはニヤニヤと怪しい笑みを浮かべていたのを突然切り替えて目をぱちくりとさせる。
ズボンのポケットから振動しているスマートフォンを取り出し、画面を見るとカネルの名前が表示されていた。
突然の連絡とはどうしたのだろうか、とグレイは深く考えずに通話ボタンを押して耳元に当てた。
「やっほーカネル、どうかしたの?」
『グレイ…聞きたいことがあるんだが良いか』
何やら深刻そうな声色で、グレイはきょとんとしたまま首を傾げさせる。
グレイの様子に気付いたシャロンとミュスカも気になり、つい視線をグレイの持つスマートフォンへと集中させた。
『シルクさんが今何処にいるのか知ってるか?』
「…うん、知ってるけど」
何なら今尾行しているけど、という言葉が喉元まで来ていたがぐっと飲み込ませる。
すると電話越しでカネルが深い溜息をついた。
『じゃあ、ペーシェとレザンが…シルクさんと一緒にいるってのは知ってるか?』
「知ってる知ってる」
『マジかよ…ッ!!』
電話越しでダンッとテーブルを軽く叩く音が聞こえ、グレイはつい苦笑いを浮かべた。
「その様子だと、カネルは知らなかった感じ?」
『あぁ知らなかったよ。二人が一緒に外出することは知っていたがシルクさんまでいるのは聞いてないんだよ。ペーシェがわざわざ報告してくれたんだよ、丁寧に写真まで送ってきてだな…!』
確かに写真を撮るような素振りを見せていたような、と先程の洋菓子店での光景をグレイは思い浮かべる。
「詳しい経緯は知らないけど、シルクは個人的に依頼を受けたみたいだよ。ぺーシェ君から、レザン君の女性慣れを手伝って欲しいってさ」
『ありなのかよそれ…そういやぺーシェは知らないんだったな』
電話越しにカネルが頭を抱えているような小さく口篭る声が聞こえ、一緒に内容を聞いているシャロンとミュスカは頭上に疑問符を浮かべる。
その直後、シルク達に動きがありシャロンがつい指摘した。
「あ、動いたぞ」
「…ガッチガチですけどね」
視線の先ではレザンがぎこちない動作で装飾品を選び、手に取ったものをシルクに差し出そうとしているところであった。
あまりにもぎこちなくロボットのように見えてしまい、同じく視線を向けているグレイは吹き出しそうになるのを頑張って堪える。
するとぺーシェがレザンの腕をがしりと掴み、ぐいと引っ張るように力を入れてはシルクの方へと距離が縮まる。
レザンの装飾品を持つ手はシルクの顔の横、耳元辺りに留まった。
「ぺーシェの奴絶対わざとだろ!」
「強引過ぎますよね。あれ絶対楽しんでますよ」
『……今ぺーシェって聞こえたんだが』
「あ、あはは〜。実はねぇ…」
グレイは簡潔にシルク達を尾行していることを説明してしまう。
説明を聞いたカネルは深い溜息をついており、呆れた表情を浮かべているんだろうなとグレイは容易く想像できてしまった。
しかし、カネルから発せられた言葉に対しグレイは苦笑いから真顔へと切り替わることになる。
『よし、そのまま尾行を続けておいてくれ』
「嘘でしょ止めないの?」
『僕だって気になるんだよ、今すぐ書類整理を止めて見守りたいくらいなんだよこの野郎』
書類整理に追われているからか少々苛立っているようである。
お疲れ様と心の中で労わりつつ、本当に部下のことが好きだねぇとも思いながら再び苦笑いを浮かべた。
『ただ、ぺーシェが強引になり過ぎないかが心配だな』
「それはまぁ…今でも十分強引な気がするけど」
ちらとシルク達の方へと視線を向けると、ぺーシェは楽しそうな笑顔でレザンに声をかけており、ちょっかいをかけているのかレザンは顔をまた赤くさせて焦っている様子である。
『複雑な気持ちではあるが…シルクさんは仕事として割り切っているだろうし、プライベートじゃないだけマシか。そう思わないと本当に…はぁ』
「頭抱えてそうだねぇ」
『実際抱えてるっての。送られてきた写真なんか傍から見ればデートに見えるんだからな…アベルに知られたらと思うと気が気でならない』
デートに見えるという言葉はグレイ達も感じていたことであったが、アベルの名前が出てきたことで聞き耳を立てているシャロンとミュスカは目をぱちくりとさせた。
『とりあえず、状況報告をよろしく頼む。本当バレないようにな?』
「…うん、頑張ってみるよ」
そうして通話が終了し、グレイは引き攣った笑顔のままシャロンとミュスカにちらと視線を送る。
二人は明らかに説明を求むように軽く目を細めてグレイを凝視していた。




