187. じれったさ
シルク達のいる席から少し離れた場所の席にて。
テーブルには色とりどりの小分けされた洋菓子がのった人数分の取り皿とドリンクが置かれているが、一人は洋菓子を頬張りながら、一人は軽く身を縮こませてアイスティーを飲みながら、一人はニヤニヤと怪しい笑みを浮かべながらシルク達の様子を観察している。
「先生、あまり見過ぎないようにしてくださいよ。あとにやけすぎです、他の客に怪しまれます」
「観葉植物があるからなんとかバレないよ、多分」
「これ以上近い席に案内されてたら詰んでただろうな…」
シルクの後を追っていたグレイ達だが、外からシルク達の様子を観察するのは傍から見れば怪しすぎると判断し、勢いで店に入ってしまっていた。
店に入るとシルク達からは見えにくい位置のテーブル席に案内され、そのまま食べ放題を楽しむ客として紛れ込むことに成功したのだ。
直ぐ近くに置かれている観葉植物の隙間から様子を伺い続け、グレイは好奇心を含ませた笑みを浮かべてはそわそわと落ち着かない。
「流石に話の内容までは聞こえないけど、思ったよりも盛り上がってそうだねぇ。レザン君も頑張ってるじゃないか」
「視線逸らしながらではあるけどな…」
「あのレザンさんを女性慣れさせるって相当難しそうな気もしますけどね」
「んじゃ今のうちにおかわりに行って来るかな」
「いってらっしゃ~い」
洋菓子を食べ終えたシャロンが席を離れ、グレイは手をひらひらと動かしながら見送る。
そんな様子に対してもミュスカは呆れ顔になり、小さく溜息をついてからグレイにジト目を向けた。
「もう少し緊張感を持ってもいいんじゃないですか?さっきペーシェさんの横に並んでるのを見た時は心臓が出そうなくらい驚いたんですからね!?」
「まぁまぁ、バレなかったんだから良いじゃないか。意外とバレないもんなんだなぁって僕も一応驚いたんだよ?」
先程洋菓子を選んでいる最中、グレイの近くをペーシェが通り掛かるだけでなく真横に並んでいたのだ。
ペーシェ達はグレイからしつこく絡まれたことのある被害者であり、普段の格好のグレイであれば直ぐにバレていただろう。
しかし今のグレイは白衣に伊達眼鏡ではなく、普段とは違ったお洒落な服装を身にまとっている。
その為か近くにいたにも関わらず気付くことなくその場を過ごしたのであった。
その光景を見ていたシャロンとミュスカは気が気ではなかったのだが、バレなかったことに一先ず安堵する。
「先生は白衣と眼鏡っていう印象が強いですからね。それらが無かったら違う人に見えてもおかしくはないのかも…?」
「僕のアイデンティティであることには間違いないけど、それはそれで何だか複雑になってきた…」
ちなみに、魔法薬の臭いについても対策はされている。
シルクから分けてもらった大炭草を使用し調合した消臭液を自身に香水の如く振りかけている為、近くを通っても独特な薬品臭はしないのだ。
この消臭が無ければ流石に今のグレイの格好でも気付かれていた可能性はある。
数分後にシャロンが戻ってきたところで、シルク達に動きがみられる。
シルクが空になったグラスを手にして席を離れ、グレイ達がいる席とは反対側の方にあるドリンクバーへと向かって行った。
その間にペーシェが時計を確認したと思えばレザンに声をかけて何やら提案し、レザンは肩を跳ね上がらせるように動かしてから顔を赤くし狼狽える。
その後ペーシェとレザンも席を立ったと思えば、レザンがシルクの座っていたソファ席の奥側へと座った。
「ペーシェ君とレザン君が対面するように座り直したね」
「もしかして、レザンとシルクを隣り合わせにするんじゃねぇの?」
「結構攻めてきましたね…大丈夫でしょうか」
シルクがドリンクバーから戻ってくると、目をぱちくりとさせてから素直にレザンの隣に静かに座る。
しかし二人の間には一人分の空間が出来上がってしまっており、ペーシェが指摘しているようだ。
「シルクさん、気を遣ってますね」
「あららぁ…レザン君ったら顔が真っ赤だよ」
「さっきまでちゃんと話せてそうだったのにな。距離が近くなるとそうはいかなくなるのか…」
シルク達は各自洋菓子を食べながら話を再開するが、レザンは軽く身を縮こませて固まってしまっている。
しかしシルクが何やら話を進めると、話題に興味を持ってちらりと視線を向けるような素振りを見せている。
「…もしかしてシルク達の話してる内容って、討伐に関することだったり?」
「飲食店で出す話題じゃないと思うんですけど!?」
「でもあのレザンが興味を示す話題ってそれに関連することじゃね…?」
グレイは以前シルクがカネル達魔物討伐特攻隊をアパートに招き、魔法や武器の扱い方について話していた時の光景を思い出す。
その際もレザンはシルクの話す話題に興味を示していた為、あながち間違っていないだろうなと考えては苦笑いになった。
そのまま観察を続けていくと、グレイ達は更なる展開を目にする。
少しずつではあるが、シルクがレザンの方へと距離を近付けていた。
「どうしよう、もっと近くで見たい」
「駄目ですよバレますから」
「そう言ってるミュスカもガン見してるじゃねぇか」
しかしその直後にレザンがシルクの方へ視線を向けると、シルクは瞬時に距離をとってしまう。
ペーシェは残念そうに肩を落とすような動作をして、レザンに声をかけては再びレザンは気恥ずかしそうに頬を赤らめさせた。
すると今度はレザンの方から少しずつシルクの方へと近付こうとする。
流石にこれにはグレイが立ち上がりそうになるも、即座にシャロンが肩を掴んで制止させた。
「あぁ…っ!駄目だ、やっぱり直ぐに距離ができてしまう…じれったいなぁもぉ!」
「先生は一旦ケーキを食べることに集中してくれませんか、本当にバレますよ」
「んじゃ先生の分も含めておかわりしてくるか」
「もう食べたんですか?早過ぎません!?」
ミュスカは呆れるように溜息をつくも、シルク達の様子は気になる為さり気なく視線をちらりと向ける。
その直後、再びシルクが行動を移したことでミュスカはぴしりと固まった。
シルクはレザンの方へ上半身ごと向き、右手を差し出したのである。
レザンはシルクの右手を凝視したまま固まってしまうが、ペーシェからの声掛けによって我に返り、ゆっくりと右腕を動かしだす。
そのままシルクの右手に触れるかと思いきや、腕を引っ込めては視線を逸らして湯気が出る勢いで耳まで赤くさせてしまう。
ペーシェが再び残念そうに肩を落とし、シルクは申し訳なさそうに眉を下げては謝罪するように身体を傾けさせた。
「僕も何だかじれったくなってきました」
「でしょ?僕等も乗り込んで手伝いたいくらいだよ」
握手をしようとするだけでもこの反応であるが、目を合わせるのも大変なレザンにとってはハードルが高すぎることである。
その後再び席を外していたシャロンが戻ってくるが、食べ放題用に並べられている洋菓子とは違った豪華な見た目のケーキがのった皿を手にしていた。
「あれ、そんな豪華なケーキありましたっけ?」
「二人以上来店で食べられる限定商品だとよ、人数分貰って来たから食べようぜ」
「そういえばさっきペーシェ君が手に持ってたなぁ」
シルク達のテーブルに置かれている限定商品も人数分あり、ペーシェは既に半分以上食べてしまっている。
シルクは目の前に置かれている限定商品のケーキを丁寧にフォークで掬い、一口食べるとほんのりと笑みを浮かべた。
――
――
「それも美味しいよねぇ。本当今日来れて良かった~」
「本来はこれが目的だったもんな…」
ペーシェは嬉しそうに笑いながら限定商品のケーキを食べ進め、レザンも少しずつ食べながら呆れるように肩を落としてはちらと隣に座っているシルクに視線を移す。
普段の無表情とは違った偶に見せる柔らかい表情は横から見ても綺麗であり、つい見入ってしまいそうになる。
更に今は普段では見られないようなお洒落をした格好。
何故隣にいるのが自分なのか、とレザンは再び罪悪感に襲われてしまう。
「あ、そうだ!今日のことを隊長に報告しとかないと!」
「そうか隊長に…え、は!?」
突然のペーシェの発言にレザンは驚く。
ペーシェはスマートフォンを取り出してはカメラ機能に切り替えさせ、自分達の姿が映るようにかかげだした。
「無事レザンを連れ出せましたってね。いつも誘いを断るんだし、今回はレア中のレアなんだからさ」
「だとしても、シルクさんも写すのは流石に…」
「今回は許可していますので御安心ください」
依頼を申し込まれた際に許可をとっていたのと、普段と違った格好且つ化粧をしていることから変装だと割り切らせているのもあり、シルクは淡々とした様子でペーシェのスマートフォンに視線を向ける。
レザンは更に複雑な気持ちになるも、ペーシェに促されるままに同様に視線を向けた。
「それじゃあ撮るよ~…シルクさんもっと笑顔に!」
シルクなりに笑顔を向けているつもりなのだが、画面に表示されているシルクの表情は無表情である。
ペーシェは苦笑いになるも、直ぐ笑顔に切り替えて一枚の写真を収めた。
そのままカネル宛てにメッセージを送り、写真も一緒に送信すると満足そうに息を漏らした。
「よし、あと残りの時間も沢山食べちゃおっか。食べ終わってからもレザンには沢山頑張ってもらうからね」
「まだ続くのか!?」
「勿論だよ。近くに色んなお店があるんだし、シルクさんと一緒に見てまわりながら女性との関わり方をちゃんと身に付けていこう」
そう言ってペーシェは洋菓子を頬張っては幸せそうな表情になる。
対してレザンは再び緊張感を露わにするが、気を紛らわせるように追加のアイスコーヒーを口にして脳内で落ち着けと言葉を繰り返させていた。




