185. 個人的な依頼
時は数時間前…午前7時頃に遡る。
アパートにてシルク達は朝食をとっていた。
その最中にグレイは頬張っていたサラダを飲み込んでからシルクに声をかける。
「ねぇシルク、今日って確か仕事は休みだったよね。何か別で予定を入れてるかい?」
特に何も予定が無ければ、現在進めている研究の手伝いをお願いしようかとグレイは考えていた。
それに対しシルクは申し訳なさそうに少し眉を下げながら返答する。
「はい…実は急遽依頼が入ったんです」
「ありゃ、そうなんだ…緊急の討伐依頼?」
「いいえ、フレッチェさんから個人的に依頼を受けました」
まさかの返答にグレイだけでなく、シャロンとミュスカも目を丸くさせて固まる。
「ぺーシェさんからって…しかも個人的に依頼を受けるってアリなんですか!?」
「指名されて依頼を受けることもありますので、特に問題無いかなと」
「えぇー!それじゃあ僕が魔法植物を取り寄せてほしいって頼んだら引き受けてくれたりするの?」
「はい、引き受けますよ。流石に依頼となれば報酬を頂くことにはなりますが…」
まさかの事実を知り、グレイはつい頭の中で手に入りにくい魔法植物を思い浮かべては怪しい笑みになる。
変に調子に乗らないだろうか、とシャロンとミュスカは呆れたように溜息をついた。
「それにしても、ぺーシェさんの依頼って何なんですか?」
「またシルクから魔法を見せてほしいとかか?」
「いいえ…今回はお悩み相談に近いでしょうか。フュジルさんが女性慣れできるよう協力してほしいというものです」
予想外の返答にミュスカは珈琲を吹き出しそうになる。
「…シルクって本当にどんな依頼でも引き受けちゃうんだな」
「流石にできる範囲は限られますが、何でも屋としてはそれなりに活動してきましたので。今回も真剣に取り組みます」
無表情かつ真剣な様子で珈琲を飲み干し、ご馳走様でしたと呟いてから席を離れる。
グレイ達も順に朝食を終え、片付けを終えてからは広間で時間を潰していた。
その後、依頼に向かう準備が整ったシルクが広間に顔を出す。
普段の格好ではなく、以前アマレットがコーディネートしたお洒落な衣服を身にまとったシルクの姿に、グレイ達は数秒間釘付けになってから驚愕の声を上げた。
「ま、まさかその姿で依頼に向かうんですか!?」
「はい…変でしょうか」
「いや凄く似合ってますけど!」
「依頼と言うよりお出かけって感じだよな…」
「お洒落な格好で来るようにと言われているので。普段の服装だとあまり意味が無いとのことです」
「しかも今回は化粧までしてるじゃん。気合い入ってるねぇ」
「この服装に見合うように、少しだけですけどね」
シルクの言う通り化粧は程良いナチュラルメイクで仕上げられており、普段の姿とはまた違った綺麗さでつい見惚れてしまう程である。
「それにしても、ストールも巻かずに行くのかい?素顔が出てるけど落ち着かないことは無いの?」
「化粧をすれば変装と同じです。…そう考えていると割り切れます」
まさかの返答にグレイ達は苦笑いを浮かべる。
ある意味自分に対する一種の洗脳であるが、それでも緊張しているのかシルクは少し固い無表情になっていた。
「そう緊張しなくてもシルクなら大丈夫だよ。相手はぺーシェ君とレザン君なんだし…ちなみに何処で集まるんだい?」
「クイチェの噴水広場です」
また人通りの多い場所を集合場所にしたなぁとグレイが考える中、シャロンとミュスカはぴくりと片眉を上げて反応する。
噴水広場は確かに待ち合わせとして的確な場所ではあるのだが、比率で言えばデートの待ち合わせ場所として使われることが多いのだ。
「…なぁ、具体的に何をするのか聞いても大丈夫か?」
シャロンが恐る恐ると手を挙げながらシルクに尋ねる。
依頼となれば個人情報にも関わる為、断られる覚悟で聞いたことであったが、グレイ達もよく知ってる人物であるからかシルクは淡々と教えてくれた。
「まずは食事をして、その後は近くの店を一緒に見てまわったり…ですね。食事以降のことは簡単にしか言われていませんが、その最中にフュジルさんが女性慣れできるよう手助けをしていくのが私の役割です」
噴水広場で待ち合わせてから食事をし、更には様々な店が揃う近辺を見てまわる。
ざっくりとした内容ではあるが、この説明を聞いたグレイ達は同じことを考えていた。
これはもはやデートのようなものでは?
「今回の依頼達成条件ってどんな感じなんだい?」
好奇心を疼かせたグレイが真剣な表情で尋ね、躊躇いもない問いにシャロンとミュスカは引き攣った表情でグレイに振り向く。
そしてこれにもまた、シルクは淡々と答える。
「目を合わせながら会話できるようになることと、至近距離でも固まらなくなることが絶対条件と言われています。もし余裕があれば触れるところまではいきたいとも言っていました」
「至近距離」
「触れるところ」
あまりにも気になる言葉をシャロンとミュスカがそれぞれ復唱してしまう。
その後、ソファにもたれかかっていたグレイがすくつと立ち上がる。
伊達眼鏡が怪しく光り、好奇心に満ちた瞳で怪しい笑みを浮かべていたが、直ぐにいつもの笑顔に戻ってとある提案を持ち掛けた。
「ねぇシルク、良ければだけど途中まで僕も一緒に行っても大丈夫かい?」
「は?」
「先生?」
突然の提案にシャロンとミュスカが何言ってるんだ此奴と言わんばかりの表情をグレイに向ける。
シルクも少し驚いた様子で目を丸くさせているが、グレイは直ぐに言葉を付け足した。
「途中までと言っても噴水広場まではいかないよ。魔法植物を育てる肥料が丁度足りなくなってきててさ、花屋に買いに行かないといけないんだ。目的は違えどクイチェに行くのは一緒なんだし、シルクも一人で向かうよりは緊張がほぐれるんじゃないかなーと思って…どう?」
「…良いんですか?」
シルクは無表情で首を傾げさせるが、内心安心しているのか一瞬表情が和らいだようにも伺えられる。
普段の格好であれば箒に乗って猛スピードで飛んでも問題ないのだが、移動中に何かの拍子で服を汚してしまう可能性もある為、今のお洒落な服装では箒で移動する手段は除外されていた。
となれば自動的に移動手段は馬車となるのだが、一人で馬車に乗ることはほとんどない。
仕事だからと割り切らせたとしても、本音はやはり緊張と不安が大きいのである。
何となくシルクの不安を察したグレイはにこりと笑顔を浮かべてから、それじゃあ僕も準備してくるから待っててと宣言し広間を出る。
シャロンとミュスカはぽかんとした表情を浮かべてて固まり、シルクは心なしか安心した様子でソファに座って待機した。
その後、馬車が来る時間に合わせてアパートを後にするのだが、グレイの提案に怪しさを感じたシャロンとミュスカも一緒になってクイチェへと向かうことになる。
無事クイチェへと到着し、人通りの多い馬車乗り場でシルクはグレイ達と解散し噴水広場へと向かって行った。
シルクの後ろ姿を見送ると、グレイ達はそのまま花屋がある反対側の通路へ向かう…ことはしなかった。
「よし、このまま追いかけよう」
「だと思いましたよ!何やってるんですか!」
「シルクのことだからバレるだろ。白衣のまま出歩いてる奴なんて先生くらいだし、見つかって怒られるのが目に見えてるっての」
「ふふふ、それについては対策済みなのさ」
グレイは白衣をばさりと脱ぎ、しまいには伊達眼鏡も外してしまう。
白衣の下にまとっている服装は以前アマレットがコーディネートしたものであった。
「…いつもより厚着してるように見えたのはそういうことだったんですね」
「まさかこの服が此処で役立つとは思ってなかったよ。はい、これはシャロンがつけててね。そしてこれはミュスカに」
グレイは白衣をたたんで鞄の中に仕舞い込み、伊達眼鏡はシャロンにかけさせてしまう。
更には鞄から取り出した帽子をミュスカの頭にぽんと置いた。
「うん、二人とも似合ってるね」
「さらっと僕達も巻き込ませるつもりでしたね!?」
「えー、だって僕が一緒に行くって言ったら二人もついて来ると思ってたからさぁ。それに…シルクのこと気になるでしょ?」
シャロンとミュスカは図星であるかのように肩をぴくりと跳ね上げさせ、互いに顔を見合わせてから苦笑いを浮かべる。
こうしてグレイ達は簡単な変装をした上で、シルクを尾行することとなった。




