184. 待ち合わせ
翌日、クイチェの街にある噴水広場にて。
広場に設置されているベンチにペーシェとレザンが腰掛けていた。
ペーシェは楽しみだという気持ちが分かりやすく出る程笑顔を浮かべており、対してレザンはそわそわと落ち着かず緊張した様子だ。
「なぁペーシェ…本当にシルクさんが来るのか?」
「勿論来るよ。待ち合わせ場所もちゃんと伝えてあるし、ちゃんと返事も来てるから安心して待ってようよ」
ペーシェからスマートフォンの画面を向けられると、そこにはシルクからの返信が記載されていた。
【予定通り10時に到着できそうです。】
そんな簡潔な文章を目にし、シルクの名前が表記されているのを確認してはレザンは冷や汗を流して更に緊張感を高めた。
昨日ペーシェが討伐から戻って来た際に再び誘いを受けたのだが、当初はまた同じ理由で断ろうとしていた。
しかし、再度誘われた際にペーシェは自信満々な表情でこう宣言した。
「明日は絶対に来て貰うからね。シルクさんに依頼としてお願いしちゃったし!」
突然シルクの名前が出てきたことに驚き、レザンは困惑すると同時にどういうことだと問い詰めた。
討伐後に偶々シルクと遭遇したまでは良かったのだが、まさか女性慣れできるよう協力を仰ぐとは。
しかもそれを依頼として引き受けられてしまうなんて。
確かにシルクは何でも屋として活動している身ではあるが、普段は裏魔法協会を通しての依頼を日々こなしている。
このような個人的な取引を行ってしまって大丈夫なのかという不安も抱かせた。
しかしシルク本人が大丈夫だと言っていたとペーシェが断言し、レザンは疑いながらも最終的には折れることとなった。
「そんなに緊張しなくても大丈夫だって。…それに、また魔法や討伐について色々と教えて貰えるチャンスじゃん」
「う…ぐぬ…」
それは本当に気になる、と心の隅でそう考えている自分がいるのを自覚してしまい、レザンは悔しそうに唸った。
これに関してはレザンが折れることとなった要因として一番大きいものである。
シルクの扱う魔法や戦闘技術は高度なもので、実際に討伐姿を目にした時はレザンでさえも強く興味を示した。
会話をすることはどの女性でも慣れていないが、シルクの場合は仕事関係の共通の話題を語れるのもあって比較的長く会話が成立している。
これで更に目を合わせながら会話ができれば大きな成長となるのだが、それはまだレザンにとってレベルが高いものである。
「さて、言ってる間にもう少しで予定時間になるね。もしかしていつもみたいにいきなり姿を現したりするのかな…」
ペーシェがそう言いながら辺りをきょろきょろと見渡した時だった。
一人の女性がベンチの方へと近付いてきており、その姿を見たペーシェが目を丸くさせる。
そんなペーシェの様子に気付いたレザンはついその視線を追うように振り向き、その後同様に目を丸くさせて固まった。
「お待たせしました」
そこにはシルクの姿があったのだが、レザンはてっきりシルクは普段通りの白シャツに黒ズボン、首元にぐるりと黒いストールを巻いた状態の姿で来るものだと思っていた。
しかし、今目の前にいるシルクは襟元にふんわりとフリルがついた長袖の白いブラウスに、ミントグリーンにほんのりと花柄模様が描かれた膝下丈の上品なスカートを着用しており、足元はブーツではなくパンプスが履かれている。
ストールは巻かれておらず、普段から括っている髪も下ろした状態で、更には薄っすらと化粧が施されている。
お洒落な格好を初めて目にし、数秒固まってから直ぐに顔を真っ赤にさせて分かりやすく視線を顔ごと逸らしてしまった。
対してペーシェは嬉しそうに笑顔を浮かべ、ベンチから立ち上がってそのままシルクに近付いた。
「言ってた通りお洒落してきてくれた~!すっごく似合ってるじゃん!」
「ありがとうございます」
シルクは淡々とした様子で返事をしてから、ちらとレザンの方へと視線を向けて軽くお辞儀をする。
「今日はよろしくお願いします」
「は…はい。よ、よろしくお願いします」
「すんごくぎこちなくなってるじゃん。まだ始まったばかりなんだけど!?」
レザンはゆっくりと首を動かしてシルクを真正面から見ようとするが、普段とは違う女性らしさを意識してやはり視線を外してしまう。
いつものシルクが女性らしくないということは断じて無いのだが、時に見せる堂々とした振る舞いや討伐時の大胆な行動力といった逞しさを目にしている為、普段通りの姿だとその印象が強い。
それもあってシルクとは視線を逸らしながらも長く会話を続けられていたのかもしれない。
しかし今目の前にいるシルクは品のある綺麗な女性という印象がとても強く、雰囲気が変わるとこんなに意識も変わるのかとレザンの心臓は緊張でバクバクと忙しなく動く。
まずはペーシェの当初の目的であった洋菓子店へ向かうことになり、シルク達は横に並んで歩きだした。
ペーシェが真ん中に、右にシルク、左にレザンが並んだ状態。
早速ペーシェのつっこみが入った。
「ちょっと、僕が真ん中にいると意味ないじゃん!折角なんだから二人が横に並びなよ!」
「いきなりは流石にハードルが高すぎるって!!」
「最初は慎重にいきましょう。人通りが多いところで固まらせる訳にはいきません」
討伐の同行の際にシルクが存在感を消した状態でいたにも関わらず、すぐ隣にいたという事実を知った瞬間に顔を真っ赤にさせて固まってしまったくらいだ。
ペーシェは呆れたように溜息をつき、これは先が思いやられるかと不安を抱きつつ、今は仕方が無くという様子で真ん中を維持することにした。
目的地の洋菓子店へと向かう最中、レザンはちらと横目でシルクの姿を再確認する。
気恥ずかしくなる状態は続くが、真正面から見る時よりはまだ視線を向けられる方だ。
横から見るシルクの姿もやはり綺麗で、背筋の真っ直ぐな歩き方がより上品さを強調させている。
先程の強引にならず相手のペースに合わせる気遣いの言葉を振り返っては、少し安心感を抱いた。
(あのアベルが惚れるくらいだもんな……)
そこで一瞬、レザンの中で思考が停止する。
直ぐに再開するのだが、同時に焦りと罪悪感が一気に押し寄せた。
(…これ、流石にマズいやつなんじゃないか?)
一応今回はレザンの女性慣れの協力という目的で、シルクが依頼を受けている状態だ。
今は三人で行動しているが、ペーシェのことである為何かしら理由をつけて二人きりにさせようとする可能性は十分ある。
もしそうなってしまえば、事情を知らない周りの人からデート中のカップルだと思われてしまってもおかしくはない。
アベルがシルクに惚れていることを、魔物討伐特攻隊の中ではペーシェだけが知らない。
知ったら知ったで面倒なことになりそうだが、知らないが故にこのような状況となってしまうとは。
アベルの恋愛事情を理解した上で、シルクとデートしていると勘違いされかねない状況に今置かれている。
先程まで赤くしていた顔がみるみるうちに引いていき、逆にどんどん血の気が引くような感覚に襲われた。
どうか周りに勘違いされませんように。
今はそう強く願うことしかできず、大きな不安を抱いたまま依頼が本格的に始まろうとしていたのであった。
ちなみに、そんなレザン達を少し離れた場所から見守っている存在が三人。
「よし…僕達もこのまま後を追うよ」
「先生絶対楽しんでるだろ」
「これバレたら怒られません…?」




