183. 説明
「あ~もう本当イライラする。いい加減あの苦手意識をどうにかしないといけないでしょ、同じ理由で断ったの何回目だよまったく…はぁ、もう一つ栄養ドリンク持ってくればよかったなぁ」
森の中でペーシェは大岩に腰掛け、愛用の弓を手入れしながら愚痴を零していた。
辺りには討伐対象である魔物達が転がっており、どれもぴくりとも動こうとしない。
手持ちの鞄を探るにも、既に飲み干してしまった栄養ドリンクの空瓶を手にしては溜息をつき、再びレザンとの会話を思い出しては苛立ちが募っていく。
「今回の討伐もすぐ終わっちゃったしなぁ。もう少し手強い魔物と戦いたかった…はぁ」
更には魔物に対しても愚痴を零してしまうが、その言葉は辺りの魔物達の耳には届いていない。
弓の手入れを終えてから腰を上げ、大岩から軽やかに飛び降りてからぐっと伸びをした後、肩の力を抜くと同時に不貞腐れた表情を浮かべた。
レザンには討伐後にまた同じ誘いをするからと宣言したものの、何度も誘いを断り続けているレザンのことである為結果は同じになるだろう。
ペーシェだけでなく、他の同僚からの誘いでも女性と遭遇する確率が高いものはどれも断り続けているくらいだ。
女性から嫌がらせをされたといったようなトラウマがある訳でもなく、ただ単に関わり方が分からない。
それが主な理由であるのだが、ここまで拒否するのはどうなんだと周りが呆れてしまう程である。
今では目を逸らしながらでも会話は可能な域に辿り着いているが、以前は会話すら成立しないことが多く、突然挙動不審になっては相手の女性を困惑させていた。
そう考えればまだ今はマシな方だろうか、と考えるもやはり納得いかない。
「…予定より早いけど戻るか。さーて…と…」
そのまま帰路に就こうと歩き出すが、途中でふと動きを止めて耳を澄ませる。
魔物達は討伐し終え、辺りは自然の穏やかな空気に包まれている。
しかし、遠くの方から僅かに音が聞こえた。
討伐対象の魔物は全て討伐し終えたはずだけど、とペーシェは警戒心を抱き音のする方へと静かに向かって行く。
帰路から外れ、整備されていない凸凹道にも関わらず軽い身のこなしで進み、音はどんどん大きくなっていく。
それは鳥が羽ばたく音や動物の鳴き声が複数混ざったものであり、魔物ではないことからペーシェはほっと息をつく。
それでも気になったものは最後まで確認したいと興味が勝ってしまい、辺りの障害物を利用して身を潜めさせながら更に近付いた。
そうして視線の先に広がる光景を目にし、ペーシェはぽかんとした表情を浮かべる。
太い木の枝の分かれ目近くでとある人物が腰掛けており、森で暮らす小動物達がその人物を囲むように群がっている。
その人物は黒いローブに黒いストール、そして狐面をつけた者…シルクであった。
「シルクさん!!」
「…んむ」
シルクは丁度サンドイッチを口にしたところであり、狐面の中で目を丸くさせながらペーシェの姿に気付く。
地面からそれなりに高い位置にも関わらずそのままひょいと飛び降り、地面に着地した。
「お疲れ様です、フレッチェさん」
「お疲れ様~、まさか此処でも会うとは思ってなかったよ。今日は仕事?」
「はい、今回は素材の採取でした。無事終わったので昼食の残りを食べていたところで…」
シルクはそう言いながら手持ちのサンドイッチを小さく千切り、近くで羽ばたいている小鳥に差し出す。
小鳥はご機嫌そうに千切られたサンドイッチをくわえ、他の小動物達が自分にもとせがむように声を上げだした。
次々とサンドイッチを千切っては周りの小動物達に与えていき、サンドイッチはどんどん小さくなっていく。
躊躇いも無く昼食を分け与える様子にペーシェは苦笑いを浮かべ、そのままサンドイッチが無くなるのを見届けてしまった。
「シルクさんほんの少ししか食べてないんじゃ…」
「先に半分は食べてるので大丈夫です。外で食べる時は大体こうなります」
「後でお腹空いちゃうでしょ…あ、そうだシルクさん、この前のこと!」
ペーシェの若干不満気な表情にシルクは首を傾げさせる。
視線を斜め上に向けて少し考えてから、そう言えばと目をぱちくりとさた。
「そうでした…王都では後始末を押し付けてしまってすみませんでした」
「あれ本当に吃驚したんだからね…」
群がっていた小動物達が満足してその場を離れてから、シルクとぺーシェは近くの大岩に腰掛け、以前王都で遭遇した時のことを互いに説明していった。
レイアとレイナの詳しい事情は話さず、一時的に預かっていた子どもという設定でシルクは話を進めていく。
一通り事情を聞いたぺーシェだが、それでも不満気に頬を膨らませる。
「災難だっただろうけど、最終的にあんな雑な押し付け方はどうかと思うよ。誘拐犯達をボコボコにしたのは主にあの社長さんなのに、全部僕がやったことになっちゃって。やっても無いことまで功績にされるのは僕嫌なんだけど!」
「ティピックさんも目立つことはあまり好みませんので…あれでもだいぶ加減してたんですよ」
「一撃で気絶させたあれで加減してたの?」
当時ティピックが誘拐犯の一人を片手で気絶させたのを思い出し、ペーシェは引き攣った表情になる。
普段はにこにこと営業スマイルを浮かべているのに、あの時のティピックは睨むような冷たい表情をしていた。
裏魔法協会で一度だけ魔力を滲み出させながら睨まれたことがあったが、その時よりも明らかに怒りを露わにしているように見えたのだ。
『彼女を傷付けようとしたら首が飛ぶと思え』
そうティピックが言っていたのを思い出す。
彼女というのはシルクのことで間違いないのだが、それほどシルクのことを特別な存在だと思っているのか。
これまで存在を隠し続けていたくらいである為、過保護だなと考えては溜息をつかせる。
その後、ふと当時の光景を再び思い出してはシルクの姿に着眼点を置いた。
あの時のシルクは普段の白シャツに黒ズボンではなく、薄い水色のワンピースを着用していた。
普段と違った格好且つとても似合っていた為、もし騒動が無い状態で出会っていたらその場ですぐ絶賛していただろう。
そのままペーシェの脳内で、とある可能性が少しずつ膨らんで大きくなっていく。
「ねぇシルクさん、明日って時間ある?」
「明日は…そうですね。今のところ依頼の予定は入っていませんので、時間はあります」
直後、ペーシェはきらりと瞳を輝かせてからずいとシルクに近付く。
食い入るような迫り具合にシルクは軽く驚く。
「実は丁度困ってることがあるんだけど、もしかしたらシルクさんなら解決できるかもしれない」
「困ってること…?」
シルクは狐面の下で無表情のまま首を傾げさせる。
ペーシェは希望を抱かせた瞳のまま、真剣な様子で言葉を続けた。
「レザンが女性慣れできるよう協力してほしいんだ」




