↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
欠落万能屋は記憶を探求する  作者: 多津身 光
第七章:邂逅
185/199

180. 愛情

 その後レイアとレイナは無事に保護施設へと送られ、シルクの救出依頼は正式に完了となった。

 明日からはまた普段通りの仕事の日々を送ることになるのだが、シルクは自室に戻ってから妙な違和感を感じていた。


 違和感はなかなか消えず、居ても立っても居られなくなっては自室を出て階段を下りていき、二階にあるグレイの研究室に足を運んだ。

 扉を三回軽く叩くと、中からグレイの声が聞こえる。



「はーい、どうかしたのかい?」


「…少し、お話ししても良いですか」



 いつもはグレイからシルクの部屋へと伺うことが多かった為、今回シルクからわざわざ訪問してきたことに珍しいなと思いつつ、シルクの無表情ながらも少し眉を下げた困ったような雰囲気に首を傾げさせる。


 研究室の中に案内し、並べた椅子に座るよう促してからグレイも向き合うように椅子の向きをずらして座った。



「話って何だい?…何だか深刻そうな感じがするけど、どうかした?」


「…少し、妙なんです」



 一体何が妙なのだろうか、とグレイは疑問を浮かべながら続きの言葉を待つ。

 シルクは少し肩を下げさせて、視線を伏せた状態で口を動かした。



「自分の部屋が、妙に広く感じるんです。…使い慣れている部屋の筈なのに、違和感を感じてしまうんです」



 深刻そうな訴えに、グレイはきょとんとした表情を浮かべてからつい吹き出すように笑みを零してしまう。

 そんなグレイの反応にシルクは顔を上げてから首を傾げさせる。



「成程ねぇ…シルクは今、とても寂しい気持ちになっているんだよ。レイアとレイナを保護してからずーっと一緒に過ごしてたもんねぇ」




 確かにシルク自身、二人と離れ離れになるのは寂しいと感じていた。

 でもこれは仕事だから、二人の為だからと自分に言い聞かせ、静かに心の中で割り切らせていた。


 だが実際に二人を見送った後、短い期間ながらも一緒に部屋で過ごした感覚が身体に沁み込んでいたことで、一人で部屋にいると余計に寂しさが込み上げたのである。

 その強い寂しさを妙な違和感として捉えてしまったようだ。




「シルクも実際寂しいとは口にしてたけど、同時に二人の為にやり遂げるって覚悟を決めていた…それはあくまでも建前だ。シルクにとって心の中では…本音はすごく心配だったんだろう」


 シルクは再び、二人と過ごした日々を脳裏に蘇らせる。

 大変ながらも素敵な時間…長い年月を過ごし続けていたシルクにとってのほんの僅かな貴重な時間は、シルクに大きな影響を与えていた。



「それだけ二人のことを大切に思っていたんだ。シルクは本当に人間らしい気持ちを持ってるよ」



 シルクは胸がじんわりと温かくなる感覚を覚える。

 レイアとレイナから抱きつかれた時も、温かく幸せな気持ちで満たされていた。

 その温かな気持ちは、一人でひたすら静かに過ごす日々を送っていた遠い昔の頃に感じることはまったく無かった。




「…これが、愛情というものでしょうか」



 ついシルクはぽつりと小さくそう呟く。

 グレイは軽く目を見開かせてから、ふわりと優しい笑みを浮かべる。



「そうだねぇ、立派な愛情だよ。今回の場合は慈愛が近いかなぁ…愛情にも色んな種類があるからね」



 シルクは視線を斜め上に向け、何か考えるような素振りを見せる。

 これまでは愛情について深く考えたことが無かった為、少し新鮮な気持ちになっていた。



「…考えると何だか難しくなってきました」


「あはは、難しくなるまで深く考えるなんて真面目だねぇ。…妙な違和感については解決できたかい?」


「はい、話を聞いていただいてありがとうございます」



 シルクは普段通りの無表情に戻り、丁寧にお辞儀する。

 グレイにとって見慣れた様子であったが、その後シルクが続けて口にした言葉に衝撃を受けることとなる。




「…博士には友愛でしょうか」


「……友愛?」


「はい、友愛です」



 淡々とした様子で告げられ、グレイのかけている伊達眼鏡がカクンッと斜めにズレた。



「シャロンさんとミュスカさんも、友愛かと」


「そ、そこまで真面目に考えるとは流石だね」



 確かに合ってるっちゃ合ってるか、とグレイは心の中で苦笑いを浮かべてから斜めにズレた伊達眼鏡をかちゃりとかけ直す。

 そこで、ついグレイの中の好奇心が疼いてしまった。



「…ちなみに、ティピック君についてはどうなんだい?」


「ティピックさんは…」



 シルクは再び考えるように視線を逸らし、その後も淡々とした様子で宣言した。



「敬愛です」


「…そっか~」


「仕事でいつもお世話になってますし、上司としてとても尊敬しています」


「上司か~~」



 これは散ったか…とグレイは心の中で勝手にティピックの恋愛事情に対して同情してしまう。

 そして、ここで話題を終わらせるグレイでは無かった。



「じゃあ、魔物討伐特攻隊…例えばアベル君とかは?」


「オネストさん?」



 シルクは何故と言わんばかりに首を傾げさせる。

 流石にあからさま過ぎたかとグレイは後悔しそうになるも、何とか言い訳を考えて口を動かす。



「いやほら、この前お詫びにってタルトを持ってきてくれた時に、何だか親しげに話してるなーって思ったからさ…」


「…そうですね」



 シルクは再び考えだす。

 グレイがほっと安堵したのも束の間、シルクは直ぐに答えを出した。



「そちらも敬愛ですね」


「…敬愛かぁ~」


「はい。仕事で関わって好印象な方は全員、敬愛に部類されるかと」




 部類分けされちゃった…!とグレイはガクンと肩を落としそうになるのを何とか堪える。

 このまま話を終わらせてしまうのは気の毒だと感じてしまい、グレイはついとある可能性について話しだす。



「改めて愛情について考えると確かに奥が深いよね。一般的に使われる愛情って大抵が恋愛感情に向きがちだからさ……シルクはそっちの愛情については考えたことある?」



 シルクは無表情のまま黙ってしまい、グレイは踏み込み過ぎたかと冷や汗を流す。

 そのまま数秒沈黙が訪れ、先に沈黙を破ったのはシルクの方であった。




「記憶が失われている以上断言しにくいのですが、恋愛についてはあまりピンときませんね」


「…今の状態でも、興味を示したりはしないのかい?」


「そうですね。これまでに何度か恋愛事情に関する依頼を引き受けたことがありましたが、その際に記憶を思い出すようなことは一切ありませんでした。…もしかしたら、元から私は恋愛自体に興味が無かったのかもしれません」




 その興味が無くなるような要因が、何かしらあった可能性もある。

 衣服に興味を持たないのが、衣服を買うことはつまらないことだと経験していたことが理由であったかのように、恋愛についても何かしらの理由があるのかもしれない。


 だが興味が無いイコール何かあったと繋げてしまうには、記憶のピースが少なすぎる。

 性格上元から興味が無かったという可能性も考えられるのだ。

 今すぐ断定することはまずできない。


 今の自分が言えるであろう、しっくりくる回答をそのまま言葉として表すことにしたのであった。



 ――

 ――



「あんたの場合、狂愛がしっくりくるわね」



 アマレットは呆れた表情になりながら、目の前に座っているティピックに向かってはっきりと宣言した。

 対してティピックは営業スマイルを浮かべては首を軽く傾げさせる。



「狂愛だなんて物騒なことを言うじゃないか。純愛の間違いじゃないのかい?」


「どこが純愛よ。周りに存在を隠し通し続けて、他の人と親しい関係になるのを嫉妬しまくって、挙句の果てには独り占めしたいって宣言して…重いのよ!」



 裏魔法協会事務所内にアマレットのハキハキとした声が響き渡る。



 独り占め宣言については、レイアとレイナを保護施設へ送る途中に二人から聞いたことであった。

 やたらと二人がティピックに対してライバル視するような表情を向けており、気になったアマレットが話題を振ったことで発覚したのである。


 素直に暴露されたにも関わらず、ティピックは平然とした様子で営業スマイルを向けていた。

 妖精族特有の魔力が若干滲み出ていたのだが、それ以上は特に問題無く過ごしていた。



「重いかどうかはさておき、私は本心を言ったまでだよ」


「はぁ…まさかあんたがそこまで特別視するなんて。仕事上の関係で留めて過ごしているのが不思議なくらいだわ。下手に関係を拗らせたくないから本人には黙ってるの?」


「さて、どうだろうねぇ」


「…奥手過ぎるのも、それはそれで難儀なものなのよねぇ」



 ティピックの苦笑いに対しアマレットはジト目を向けてから、小さく溜息をついた。



「あんたもあんただけど、ウィンちゃんを抑える方も大変だったんだからね」


「はは、ウィン君こそ狂愛なんじゃないかい?」


「どっちもどっちよ」



 アマレットはウィンが子猫達に対して威嚇しては魔力を辺りにだだ漏れさせていた様子を思い出し、呆れを通り越して真顔になってしまう。

 今ウィンは事務作業の一環として裏魔法協会を後にしており、もしこの話題に参加していたら再び騒いでいたかもしれない。



 そんなアマレットの様子にティピックは可笑しそうに小さく笑い声を上げるが、その後すっと真剣な表情に切り替わる。


 仕事机に置かれている書類に視線を落とし、落ち着いた声で話題を切り出した。




「…それで、例の違法施設の件で追加で分かったことはあるのかい?」


「何気に話を逸らしたわね…まぁ良いわ。結果から言えば黒よ」



 尋問した施設者から得られた情報をまとめた資料を取り出し、ティピックの方へと向けられる。

 友人同士のような語り合いの雰囲気は、一気に重みのある仕事の空気に切り替わった。



「裏で施設者達に指示を出す連中がいたのよ。その連中は黒魔術を中心に色々企んでいるようで、最近よく発生している魔物の異常発生についても関わりがある可能性が高いことが分かったわ」



 ティピックの眉間に皺がより、固い表情を浮かべる。

 これまで起こってきた魔物の異常発生、新種の魔物出現の報告、その場に痕跡が残されない不可解な事象が脳裏に渦巻く。



「連中についての詳しいことは今調査中よ。判明次第報告するわ」


「よろしく頼むよ。…まさかと思っていたことが、現実味を帯びてしまうなんてね」




 ティピックは視線を書類から窓の方へと移動させ、外の景色を静かに見つめる。


 鏡のように反射し映り込んだティピックは無表情で、瞳は暗く深い闇のようであった。

 それはまるで、過去を思い起こしているような悲しい瞳にも伺えられた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。