179. 門出
村を訪問した翌日。
シルクは自室でレイアとレイナの身だしなみを整え、二人はそわそわと緊張した様子でいた。
緊張だけでなく不安も入り混じった気持ちを心の中で渦巻かせていたが、互いに顔を見合わせると覚悟を決めたかのように小さく頷き、互いの手をぎゅっと握った。
そんな二人の様子をシルクは無表情ながらも真剣な瞳で見守り、すくっと立ち上がってはテーブルに置かれている荷物に視線を移した。
「迎えが来るまでまだ時間があるけど、広間に行く?」
「うん、行く」
「グレイ達もいる?」
「いるよ…行こうか」
テーブルに置かれていた荷物は浮遊魔法によってふわりと浮かぶ。
レイアとレイナそれぞれの小さな鞄と、沢山の手紙が詰まった封筒の束。
小さな鞄は二人の手元に渡り、封筒の束はそのまま浮かせた状態でシルク達は部屋を出た。
広間に向かうとグレイとシャロン、ミュスカがソファに座っていた。
シルク達を待っていたようで、姿を見ると各自立ち上がってはシルク達に近付く。
「準備できたようだね。忘れ物は無いかい?」
「これで全部、大丈夫」
レイアとレイナは小さな鞄を大切そうに抱えながら答える。
鞄の肩掛けベルトにはシロツメクサの冠が通されており、シルクとグレイがそれぞれに贈ったものだ。
冠サイズのままでは大きくないだろうかと長さ調整を提案したのだが、二人はこれが良いと言い張ったことでそのままのサイズとなった。
劣化を抑える為にシルクが保存魔法をかけており、一日以上経っているにも関わらずシロツメクサは綺麗な状態を保ちつつあった。
「これ、大切にする」
「綺麗な冠を貰って良かったな。…そういやあの長ぇ縄はどうしたの?」
「ふふん、しっかりじっくり煮込んだよ。今はもう魔法薬として瓶に抽出されてる」
「相変わらずですね…以前よりはまだ少ない量ではありましたけど」
あの大量のシロツメクサでも少ない量だったのか、とシルクは静かに心の中で呟く。
しかしグレイの白衣の胸ポケットには二本束ねられたシロツメクサが入れられており、全てを煮込んだわけでは無いのかと考えては微笑ましくなった。
「ミュスカとシャロンは今日学校じゃないの?」
「今日は午後からの授業ですから。二人を見送ることができて本当良かったです」
「私達も、ミュスカとシャロンみたいに学校行けるようになる」
「おう、頑張れよ」
昨日にレイアとレイナは故郷である村を訪問し、村で起こった出来事や両親の最期を知った。
強いショックを覚えて魔力の暴発が懸念されたが、シルクの寄り添いによって暴発は防がれ大惨事には至らなかった。
母親の遺品として残されていたのは手紙だけではなく、普段から身に付けられていたペンダントとブレスレット、そして家族写真があった。
家族写真にはチェルシーとセロア、1歳に満たないレイアとレイナが写っている。
二人をそれぞれ抱きかかえている両親はとても幸せそうな笑顔であった。
その家族写真はレイアとレイナ宛ての手紙の束が入れられている封筒の中に、ペンダントはレイアの鞄に、ブレスレットはレイナの鞄に仕舞われた。
二人はこれから大切な遺品と共に、保護された獣人族達がいる施設へと向かうことになる。
玄関ベルが鳴り、レイアとレイナの猫耳がぴくりと動く。
シルク達は玄関へと向かうと、アマレットだけでなくティピックとウィンの姿があった。
「待たせたね。子猫達は駄々をこねていないかい?」
「お迎えありがとうございます。二人の意思は変わっていませんよ」
ティピックは営業スマイルを浮かべながらレイアとレイナを見つめ、二人は緊張しながらもしっかりとティピックの目を見て静かに頷く。
「皆と約束した」
「私達、頑張る」
二人の返答にアマレットは安心したように軽く息を吐き、ウィンも安堵したのか硬い表情を少し緩めていた。
レイアとレイナは当初と比べて魔力が安定してきているが、まだまだ完全に治った状態ではない。
更に魔力安定させる為にも、他の獣人族達が引き取られている保護施設に向かう必要がある。
あまりにもシルクに懐いた状態であった為、シルクと離れ離れになってしまう状況に強く抵抗を見せる可能性を考慮していたのだが、二人の覚悟は想像以上に強いものであった。
二人がくるりとシルク達の方に振り返ると、一瞬寂しそうに視線を逸らすも直ぐに顔を上げた。
「ミュスカ、美味しいご飯を作ってくれてありがとう」
「シャロン、いっぱい遊んでくれてありがとう」
「グレイ、優しくしてくれたのと…元気になるお薬、ありがとう」
ミュスカは嬉しそうに微笑み、シャロンも照れくさそうに小さく笑う。
グレイは自慢げな表情を浮かべてから優しい笑みになる。
「…シルク」
シルクは声をかけられると、二人の視線と合わせるように静かにその場にしゃがむ。
普段の無表情ではなく、優しい微笑みを浮かべていた。
そのままレイアとレイナはシルクに近付き、同時にぎゅっと抱きついてから言葉を続けた。
「私達を見つけてくれてありがとう」
「知らなかったことを沢山教えてくれてありがとう」
シルクはそれぞれの頭を優しく撫でてから、そっと背中に手をまわす。
瞳を閉じ、出会ってから今までの記憶を思い起こしながら二人に語り掛けた。
「貴方達はもう二人ぼっちじゃない…これはお別れじゃないから、また会えるよ」
レイアとレイナの目に薄っすらと涙が浮かび上がるも、その後笑顔を浮かべて更にぎゅっと腕に力を込めた。
グレイとミュスカ、シャロンは優しく見守り、ティピックとアマレットも軽く笑みを零し、ウィンは羨ましそうにシルク達を凝視する。
「それじゃあそろそろ出発しましょうか」
アマレットが声をかけると、レイアとレイナは名残惜しそうに腕の力を緩めてシルクから離れる。
しかし、ちらりとティピックの方を向いてから互いに顔を見合わせて何かを考えるように数秒固まった。
どうしたのかとその場の者達が疑問符を浮かべるが、直後に驚愕の表情を浮かべることとなる。
レイアとレイナは再びシルクの方へと向き直ると、それぞれシルクの横に移動する。
そのままシルクの頬に自身の鼻先をちょんとくっつけた。
更には頬をぴとっとくっつけてはすりすりとこすりつけだす。
あまりにも見せつけるような突然の行動にティピックはぴしりと固まり、隣にいたウィンも驚愕するように目を丸くさせては笑顔が消えた。
対してアマレットは自身の頬に片手を添えては微笑ましそうに呟く。
「あらあらぁ、猫特有の愛情表現じゃない。可愛らしいことをするんだから……ちょっとティピック?」
アマレットは隣からじわじわと感じ取られる特有の魔力に気付いて振り向くと、ティピックが営業スマイルではなく真顔でじっとシルク達の様子を見つめていた。
更に隣にいるウィンは僅かに身体を振るえさせ、少しずつ冷気が漏れ出ていく。
頬ずりされているシルクは驚きながらもくすぐったそうに表情を崩しており、幸せそうな表情にも見える。
「ちょ…ふふ、くすぐったいよ」
シルクは笑いながらレイアとレイナそれぞれの肩に優しく手を置く。
二人は嬉しそうに目を細めさせてから、ぱちっと目を開かせてティピックに視線を送る。
その後、羨ましいだろとでも言うような得意げな笑みを浮かべ、再び目を細めてはゴロゴロと喉を鳴らした。
後ろ側にいるグレイ達はそんな二人の表情が見えておらず、ティピックが真顔から目が笑っていない笑顔になったことに驚いて背筋を凍らせた。
「ティピック君!?すんごく怖い顔してるけどどうしたんだい!?」
「二人がシルクに懐いてるのは分かり切ってることだろ…」
「…ウィンさんに関しては通常運転でしょうかね」
グレイとシャロンは顔を青ざめさせ、ミュスカも青ざめながらも顔を真っ赤にさせているウィンにちらりと視線を向けて溜息をつく。
「シルク様に堂々とマーキングするなんてッ!私ですらシルク様の頬を堪能したことが無いと言うのにぃぃ!!」
「落ち着きなさいよウィンちゃん!?貴方がここまで取り乱すの初めて見るんだけど…ちょっと!ティピックもウィンちゃんを抑えるの手伝いなさいよ!」
「…これは宣戦布告されたと受け取って良いんだよねぇ」
「あんたまでどうしたのよ!魔力が駄々洩れよ!?」
アマレットはウィンだけでなくティピックまでもが取り乱している様子に呆れ顔を浮かべ、シルクはぽかんとした表情になるも再びレイアとレイナに横からから抱きつかれ、そちらに意識を向けてしまう。
グレイ達はこのまま二人を任せて大丈夫なのだろうかと一瞬不安を覚えたが、冷静でないティピックとウィンを抑えるアマレットの存在が大きく感じ、顔を見合わせては苦笑いを浮かべたのであった。




