178. 母の思い
村の奥へと進んで行くと、建てられている民家の数は段々見かけなくなっていく。
広々とした畑に挟まれた道をそのまま進み、更に奥へと向かう。
その先にあるのは、墓地であった。
いくつもの墓石が並ぶように建てられており、その中のとある墓石の前でシルク達は立ち止まる。
ひんやりとした風が吹き、子猫達の白い髪がさらりと緩やかになびく。
子猫達は目を丸くさせ、墓石に刻まれている文字を静かに見つめる。
違法施設にいた際に簡単にではあるが文字の勉強をしていた為、墓石に何と書かれているのかは理解できた。
【チェルシー・ルーシャ】
【セロア・ルーシャ】
アマレットから教えてもらった、母親の名前がそこにあった。
隣に刻まれている文字は、恐らく父親だろう。
「四年前の襲撃があってからもチェルシーさんは毎日君達のことを話して、とても心配していたんだよ。でも、去年の春に…」
村人は優しく語りかけるも、声色は段々悲しげなものに変わっていく。
子猫達が呆然としている中、シルクとアマレットは既にその情報を得ていたこともあって静かに二人の後ろ姿を見守っていた。
――
五年前、獣人族が暮らす小さな村で、チェルシーという名の白猫の獣人から元気な双子の女の子が誕生した。
チェルシーは心優しく穏やかな女性。
夫であるセロアは正義感が強く頼もしい男性。
この夫婦は村でも評判が良く、誰しもが素敵な夫婦だと絶賛していた。
子どもが産まれたと聞けば、皆が自分のことのように喜んだ。
二人は初めての育児という緊張や戸惑いがありながらも協力し合い、双子を懸命に育て、大変ながらも幸せな日々を送っていた。
しかし、双子が1歳を迎える年に悲劇が起こる。
違法実験に携わる者からの依頼を受けた襲撃者達が、この村を襲った。
子どもを中心に攫われ、大人は次々と武器を突き付けられ襲撃された。
父親のセロアは襲撃者達に立ち向かうも、多勢に無勢という状況の中で命を落としてしまう。
チェルシーは双子を連れて村の外への逃亡を試みたが、直ぐに襲撃者達に見つかってしまい身柄を捕らえられた。
魔法使いでもあったチェルシーは必死に抵抗したが、魔法の威力は圧倒的に襲撃者達の方が上回り、最終的に双子は攫われてしまう。
愛する夫を亡くし、愛する我が子達を目の前で奪われ、チェルシーは悔しさと悲しさに溺れていった。
襲撃の際に負った傷に苦しんでいた時も、眠れない夜が続いた時も、襲撃者についての情報を探している時も、村の復興の兆しが見えてきた時も、どのような状況の中でも双子のことを心配し続けた。
まだ子ども達は生きている。
希望はまだある、必ず見つかる。
悲しみの中でも希望を抱き続け、毎日必死に動き続けていた。
そんな日々が続いて三年経ち、チェルシーの身体はとうとう悲鳴を上げる。
睡眠を削り、まともに食事をとれず、身体をほとんど休ませずに過ごしていた代償が襲い掛かった。
倒れた日を境にチェルシーはほぼ寝たきり状態となってしまい、気力はどんどん失われていった。
村の人達はチェルシーを心配し、毎日交代でチェルシーの容態を確認し支えていた。
笑顔が素敵だと言われていたチェルシーであったが、虚ろな目で窓からの景色を見つめている姿は、以前のような笑顔を浮かべていたとは思えない程であった。
笑顔が失われながらも、チェルシーは毎日双子の名前を呟いていた。
そのまま春を迎えた頃にチェルシーは帰らぬ者となり、夫であるセロアの眠る地に埋葬された。
残された村人達は皆悲しみに暮れていた。
チェルシー以外にも、我が子を攫われそのまま再会を果たせずに眠る者は多くいた。
その者達の苦しみを抱えながら、村人達は子ども達の行方を捜し続けた。
そうして、ようやく子ども達がいるであろう違法施設の情報の手がかりを掴んだ。
手がかりを始めに次々と情報が繋がっていき、その後潜入依頼としてアマレットに声がかかることになる。
――
墓地を後にし、シルク達はとある民家の中に足を踏み入れた。
そこはチェルシー達が住んでいた家で、村の人が定期的に清掃に来ている為か中は綺麗に整理されていた。
民家に入ってから子猫達は鼻をひくひくと動かし、辺りの匂いを確認しだす。
記憶はほとんどなくとも、どうやら身体は覚えているようだった。
「…此処、知ってる」
「…懐かしい匂いがする」
子猫達は互いに身を寄せ合わせる。
村に入ってから不思議な感覚を何度も覚えてしまい、戸惑っているのだろう。
そのままシルクに近付いてそれぞれきゅっとローブを握った。
シルクは静かに子猫達の頭に手を置き、安心させるように優しく撫でる。
故郷に戻って来たと思えば、先に両親が眠る場所へと案内されたのだ。いきなり酷なことをしただろうかと考えるも、遅かれ早かれ事情は説明するべきだ。
奥にある部屋の扉の前に辿り着き、ドアノブに手をかけてゆっくりと開く。
部屋にはベッドや本棚、テーブル、椅子などの一通りの家具が揃えられている。
どれも生活の痕跡を感じられるが、最近のものではなく遠い昔からそのまま置かれている、という方がしっくりきてしまう。
案内してくれた村人は部屋の中に進み、テーブルに備えられている引き出しに手を伸ばす。
引き出しを開けると、中には書類の束が仕舞われていた。
「チェルシーさんは毎日のように手紙を書いていたんです。セロアさんに向けての手紙と、子ども達に向けての手紙も…流石に内容まで見るのは失礼かなと思って、封筒に書かれている宛名を見て仕分けたんです」
分厚くなった封筒が更に何枚も合わさり、子猫達それぞれ手に取るには重みがあるものであった。
封筒の束はテーブルの上に置き、子猫達は自分たちにへと向けられた手紙が詰まった封筒を一つ抜き取る。
封筒を開ければ何枚もの手紙が仕舞われており、全て読むには時間がかかるだろう。
それでも読まずにはいられないと感じたのか、子猫達はそれぞれ一枚ずつ取り出して内容を確認した。
子猫達にとっても読みやすい字で、チェルシーの日々の思いが詰められていた。
【今日はとても良い天気で、こんな日に家族でお出掛けできたら、とても楽しいものだったに違いない。貴方達が元気に走り回る姿を、この目で見たい。】
【ちゃんとご飯を食べているか心配でならないわ。好き嫌いせず沢山栄養をとって、すくすくと育っていてほしい。】
【昨日はとても雨が強くて、雷も落ちていた。貴方達も怖がっていないかしら。】
【私は最近あまり眠れない日が続いているの。貴方達はちゃんと眠れているかしら。どうか怖い思いをしていませんように。】
何枚もの手紙を読み進めていくにつれて、読みやすい字は段々弱々しく歪な字になっていく。
次の手紙に手を伸ばそうとすると、テーブルから書類の束がばさりと床に落ちてしまった。
子猫達は驚いてから焦って拾おうとするも、目に入った文章に視線を留めて固まった。
【貴方達に会いたかった。一緒に過ごしていたかった。でも、もうそれは叶わなくなってしまった。本当にごめんなさい。】
子猫達はその場に膝をついてしまい、シルク達は直ぐに二人の近くに駆け付ける。
それでも子猫達は手紙に注目し、続きの…最後の文章に視線を移した。
【レイア。レイナ。私は貴方達をいつまでも愛してる。】
レイア、レイナという文字を見て、子猫達は目を大きく見開かせる。
違法施設では番号で呼ばれ、それが自分達の名前だと思い込んでしまっていた。
シルクからはそれは名前ではないと告げられても、いまいちピンときていなかった。
しかし今、本当の名前を目にした瞬間、過去の記憶がふと脳裏に蘇った。
優しい声で微笑む綺麗な女性と、低くも緩んだ声で語りかけてくる男性の姿。
どちらも綺麗な白い髪で、頭には大きな猫耳。
子猫達が…レイアとレイナが、まだ1歳に満たない頃の記憶だった。
記憶にある母親と父親は、もうこの世にはいない。
二度と会うことはできない。
そう理解してしまった瞬間、二人の中で何かがドクンと大きく脈打つ。
アマレット達は魔力が急上昇する感覚を察知し、咄嗟に身構えた。
そんな中、たった一人だけが二人に近付いては後ろから優しく抱き締めるように腕を伸ばした。
「レイア、レイナ。我慢しないで良いんだよ」
シルクは二人を優しく抱き締めたまま、小さく呟く。
二人は目を丸くさせたまま、シルクの方へとゆっくり視線を移した。
「…泣きたいときは、思いっきり泣いて良いんだよ」
その瞬間、レイアとレイナの目元にじんわりと涙が溢れ出す。
そのまま大粒の涙を次々と流していき、表情を歪ませてから子どもらしく大きな声で泣き叫んだ。
アマレットは安堵してからシルク達の様子を数秒見守り、アイリッシュとヴィノ、村人に小さく声をかけてから一緒に部屋を出る。
部屋に残ったシルクは、泣き叫ぶレイアとレイナが落ち着くまで優しく抱き締め続けていた。




