177. 故郷へ
翌日、シルクは子猫達と共に広間のソファに座って待機していた。
玄関ベルの音が鳴り響くとシルクは静かに立ち上がり、子猫達も揃って床に足を着ける。
広間を出て玄関へと向かい、扉を開けると予定通りの訪問者の姿があった。
アマレットは勿論のこと、両隣には前回の依頼で面識のあるアイリッシュとヴィノがいる。
「待たせてごめんなさいねぇ、準備に少し時間がかかっちゃったわ」
「えへへ、あの子達に会えると思ったら楽しみで仕方が無くって!張り切っておめかししてきちゃった~」
「アイリッシュったら、時間かけすぎ」
「良いじゃん別にぃ…あ、その子達があの子猫ちゃん達だよね!」
アイリッシュはぱぁっと明るい笑顔になって子猫達を見つめる。
子猫達にとってアイリッシュとヴィノのことは少し見かけた程度の関りであった為、つい人見知りになってシルクの斜め後ろに隠れてしまう。
それでも顔半分をひょこりと出し、白い猫耳をぴくりと動かしながらじーっと見つめ返した。
「…あれ、今日はアマレット君以外にも来てたんだ」
そこにグレイが階段から下りてくる。
シルク達の見送りの為にきたのだが、アイリッシュとヴィノの姿を見つけては、怪しむように軽くジト目になってしまう。
「二人はアマレット君の部下的な子達?」
「この子達は部下と言うよりは同業者…仲間ってところよ。固い上下関係は私あまり好きじゃないの」
「へぇ、良いねぇその考え方」
「…何この人」
「ちょっとお兄さ~ん、初対面でその視線はどうかと思うよ?」
「あはは、ごめんごめん」
グレイは眉を下げて苦笑いを浮かべる。
アマレットは女性らしさを兼ね備えた男性であり、その仲間となる者達もまさかと考えたのだが、その考えは外れていた。
アイリッシュは金髪ロングヘアに人形のような可愛らしい衣服、ヴィノはワイン色のショートヘアでボーイッシュな衣服を身に付けている。
どちらも声色や顔つきから、女性であると認識できた。
その後シルク達はグレイの見送りの中、馬車乗り場へと向かって歩いて行く。
途中でアマレットは子猫達の方をちらと伺い、安心したように表情を緩めた。
「さっきのグレイちゃんは白衣を着てたけど、二人は怖くなくなったの?」
「うん、グレイは怖い人じゃない」
「グレイも優しい」
シルクは昨日の出来事を脳裏に浮かび上がらせる。
グレイはこれまでに何度も白衣を着ようとしては子猫達に警戒されていたのだが、買い物の際に花の白いワンピースは怖くないという事実から、白衣に花の模様を入れてしまえば怖くなくなるのではと考えた。
だがその提案はグレイに即座に却下されてしまい、それならばと大量のシロツメクサからできた縄をぐるぐると巻き付けてみたのである。
ゆとりをもたせて巻き付けた為、脚や腕は動かせる範囲ではあったのだが、グレイにとっては少々動きづらく複雑なものであった。
しかし、子猫達はその姿を見ては「怖くない」と宣言してしまい、更に複雑な気持ちになりながらもグレイは暫くその恰好で過ごしたのだ。
流石に夕食の際には縄を外したのだが、巻き付けた甲斐あって子猫達は白衣を着たグレイに対して警戒心を抱かなくなっていた。
「固定概念が解消されているようで安心したわ。…それにしてもシルクちゃん、仕事となれば必ずその恰好なのね」
「この方が動きやすいので」
シルクは普段通りの黒いローブを身にまとい、ストールで口元をぐるりと覆っている。
本来なら狐面もつけていたかったのだが、いくつもの交通機関を利用する際に下手に目立つ訳にはいかず、子猫達を不安にさせない為にも存在感を消す魔法薬を使用することはできない為、割り切らせて狐面はポシェットに忍ばせたままとなっていた。
「マレ姐から聞いたけど、シルクさんのお洒落姿見てみたいなぁ~。見た感じ化粧もそんなにしてないよね?てか肌綺麗じゃない!?いいなーッ!」
「アイリッシュ、騒ぎすぎ」
これはまた賑やかな人だな、とシルクは無表情のまま心の中で溜息を漏らした。
その後は暫く馬車に揺られ、別の馬車に乗り換え、列車に乗り換え…そうして時間は過ぎていく。
時刻が午後をまわった頃、ようやく目的地となる村…子猫達の故郷に辿り着いた。
村に入ると同時に、変身薬で人間の姿となっていた子猫達は人の耳から猫耳に変化し、同時に白い尻尾も現れた。
「凄く良いタイミングじゃん!変身薬って薄めたものを使ってるんだっけ?」
「はい。到着する時間を予測して濃度を調整しました」
「器用なことするんだね。流石何でも屋」
アイリッシュとヴィノから感心するように見つめられ、シルクはつい視線を軽く逸らしては子猫達の様子を伺う。
村の空気を確認するように、子猫達はクンクンと周りの匂いを嗅いでから目をぱちくりとさせた。
「…何だか、懐かしい」
村が襲撃を受けた時、子猫達は一歳であった。
その後四年も違法施設に閉じ込められており、村で過ごした記憶ははっきりとしていないものだが、それでも子猫達は不思議と安心感を覚えていた。
数歩進んで周りをきょろきょろと見渡すと、視線の先にいる人物と目が合う。
村に住んでいる獣人族で、驚くように目を丸くさせていたが、アマレットの姿を見ると安心するように肩を上下させてから小走りでシルク達に近付いた。
「アマレットさん、来てくださったんですね!そちらの方々は……!」
大きな三角の耳にふわりと大きな尻尾が特徴的なその村人は、シルクの背後に隠れながらも顔を半分出している子猫達の姿を見ては言葉を失ったかのように黙って固まってしまう。
「もしかして、チェルシーさんの…?」
村人の言葉に子猫達は首を傾げさせる。
アマレットは困惑している子猫達に優しく語りかけた。
「チェルシー・ルーシャさん。貴方達の母親の名よ」




