176. 覚悟
玄関を出て裏庭へと向かっていく途中で、爽やかな風が頬を撫でる。
自然の良い香りが子猫達の鼻をくすぐり、きゅっと目を閉じると再び風が吹いた。
草花や木の葉が優しく揺れる音が辺りに響いていく。
子猫達を先頭にして、シルクとグレイも広々とした裏庭に足を踏み入れた。
「此処も以前と比べると、本当変わったよねぇ。新しく植えたものもあるんだっけ?」
「はい。ですが奥に見えるもののほとんどは、自然に生えてきたものです。地中に根強く残っていたんでしょうね」
シルクがこのアパートに越してきた当初は物寂しく、ほとんど手入れが行き届いていない荒れた状態であった。
それをシルクが空いた時間に手入れしていき、植物の成長を促進させる魔法薬を使用したり、新しく花の種を植えてみたりと地道な作業をこつこつと進めていた。
その甲斐あって、枯れ果てていた土地は青々と自然豊かな環境へと変化した。
更に奥に進むと、パナシアンベリー栽培用として建てられたビニールハウスが見えてくる。
今このビニールハウスはグレイの第二の研究室のような場所となっていた。
主に室内では育ちにくい魔法植物をビニールハウス内で育てており、グレイは研究の幅が増えたと喜びながら活用しているのだ。
子猫達はビニールハウスを見つけては、中に並んでいる大量の植木鉢を不思議そうに見つめる。
「見たことない花が沢山ある」
「…色んな匂いがする」
嗅覚に敏感な子猫達はスンスンと鼻を動かし、いろんな植物の匂いが混じっている為か眉間に軽く皺を寄せた。
そこでグレイが瞳をきらりと輝かせてはビニールハウス内で育てている魔法植物について語ろうとするが、途中で子猫達は視界に入った気になるものに興味を示し、速攻でその場を離れる。
シルクは駆け足でついて行き、グレイはまだ途中なんだけどと若干不貞腐れながら続いて後を追った。
子猫達が立ち止まった場所には、小さな白い花が散りばめられるように咲いていた。
「これ、何ていう花?」
「これはシロツメクサだねぇ。花の冠を作る時の代表的な植物でもあるよね」
「博士も作ったことがありますか?」
「あるよ~、シロツメクサを使用する研究の時に息抜きで作ったりしたなぁ。最終的にはどれも煮詰めちゃったんだけどね」
煮詰めるという最終結果に子猫達はぽかんとした表情を浮かべる。
何だか博士らしいなとシルクは考えつつ、その場にしゃがんでシロツメクサに優しく触れる。
造花とは違った、柔らかく繊細な感触が指先から伝わった。
シルクにならって子猫達もシロツメクサにそっと触れると、猫耳を軽く外向きに動かし、尻尾をゆっくりと揺らす。
「固くない」
「不思議な匂いがする」
「植物特有の青っぽい匂いだよねぇ。…それにしても凄い繁殖能力だ、このままだと他の植物を巻き込んじゃうかもしれないね」
グレイもしゃがんでシロツメクサに触れると、一本を根元からぷちりと摘み取る。
続いて二本目、三本目を摘み取っては慣れた手付きでくるくると茎を回して繋げていく。
子猫達は興味深そうにグレイの手元をじっと見つめた。
「ほら、これを何度も繰り返して長くして輪っか状にすると、シロツメクサの冠ができるんだ。今なら作り放題だよ~…作ってみるかい?」
「作る!」
子猫達の瞳がきらきらと輝き、子どもらしい表情を浮かべる。
そんな二人の様子にシルクは安心するように小さく微笑み、一緒に冠作りを始めた。
四人はその場にお構いなしに座り込み、シルクとグレイは子猫達に冠の作り方を教えていく。
始めは慣れない手つきながらも一生懸命手を動かしていたが、のみ込みが早く短時間でせっせと作れるようになっていった。
そうして暫くその場で作業をしていく中、子猫達はふと手を止める。
浮遊魔法でいくつものシロツメクサをふわふわと辺りに浮かばせているグレイの様子を、子猫達はじっと見つめていた。
感じ取られる魔力の流れに、子猫達はそれぞれきゅっと自身の手を握る。
「ねぇ」
「ん?どうかしたのかい?」
「グレイも、シルクや黒いお兄ちゃんみたいに、いっぱい魔法を使える?」
グレイはきょとんとするも、シルクとティピックのようにかと考えては苦笑いを浮かべた。
「二人に比べると僕はまだまだな気もするけどなぁ」
「博士も十分凄いですよ。魔力の扱い方が器用です」
「そうかなぁ…シルクにそう言ってもらえると自信がつくねぇ」
グレイはつい嬉しそうに笑みを零す。
子猫達の問いかけが気になったのもあり、シルクは子猫達に視線を移して軽く首を傾げさせる。
すると、子猫達は視線を伏せさせながら言葉を続けた。
「私達、ちゃんとした魔法を全然使えない」
「いつも失敗してばかりで、何度も怒られた」
「よく分からない場所に連れてかれて、沢山痛いことされた」
「…魔法を使えても、直ぐに身体が痛くなって動けなくなった」
「…毎日、怖かった」
子猫達の言葉を、シルクとグレイは静かに聞いていた。
言葉を遮らず、ただひたすらに言葉を聞き続けた。
「友達の中には、魔法がちゃんと使えて褒められてる子もいた」
「その友達は別の部屋に連れて行かれちゃって…そのまま会えなくなっちゃった」
「魔法が使えるようになったら、皆と会えなくなっちゃう…離れ離れになるのが嫌だった」
「強い魔法を使う友達が暴れることもあって、怖かった」
「魔法が使えないのと、使えるの…どっちが良いのか分からなかった」
子猫達の伏せていた視線はゆっくりと上がり、シルクの方へと向かう。
シルクの無表情ながらも真剣な表情を、じっと見つめる。
「でも、シルクが魔法を使ってるところを近くで見たのに…怖くなかった」
「黒いお兄ちゃんも、怒ってるのは怖かったけど…魔法は怖くなかった」
魔法を使えなければ役に立たないと罵られ、上手く使えれば更に上の実験台へと利用される。
違法施設での扱いを繰り返し経験し、その目で見ていった中で、子猫達の中で魔法は恐怖の対象にもなりつつあった。
しかし、シルクとティピックの魔法を扱う様子を思い出しては、子猫達は丸い目をしっかりと開かせる。
その様子は、覚悟を決めたかのような真剣な表情にも伺えられた。
「私達も、ちゃんと魔法を使えるようになりたい」
「色んな魔法を勉強して…大切な人を守れるようになりたい」
子猫達の覚悟を聞き、ようやくシルクは口を動かす。
「魔法を勉強するとなれば、それに適した環境に向かう必要がある。ずっと同じ環境に留まらず、自分の足で沢山の経験を踏んでいく必要がある。…その覚悟は、できてる?」
「……うん、ずっと一緒にはいれない」
「…大きいお姉ちゃんも言ってた」
子猫達は寂しそうに猫耳をしゅんと下げ、暗い表情を浮かべてしまう。
それでも、直ぐに顔を上げて口をきゅっとつむいでから、しっかりとした声で宣言した。
「それでも、頑張りたい」
「皆みたいに、強くなりたい」
子猫達の覚悟は本物であると、シルクとグレイは感じ取ることができた。
互いに顔を見合わせて、子猫達に向き直っては同時に前のめりになる。
子猫達それぞれの頭に、シロツメクサの冠が優しくのせられた。
「これから先どう頑張っていくかは君達次第だ。…応援するよ」
「私も応援するよ、頑張ってね…でも無理はしすぎちゃ駄目だからね」
その後、子猫達はシルクの方に向かって飛び付く勢いで近付き、ぎゅっと抱きついた。
シルクも腕を二人の背中にまわし、優しくぎゅっと抱き締める。
「あれ?僕の方には来ないのかい?」
「グレイは薬品臭い」
「シルクは良い匂いがするから好き」
「そんなに臭うかい!?と言うか、シルクだって部屋で魔法薬を調合してるだろう!」
「…大炭草を置いてるので、常時消臭されています」
「その手があったかぁ…!まだ残ってるならもう少し貰っても良いかい?」
「はい、良いですよ」
それからも四人は、咲き誇るシロツメクサに囲まれながら緩やかな時間を過ごした。
子猫達もそれぞれ花冠を完成させ、各自シルクとグレイの頭にのせては嬉しそうに笑顔を浮かべる。
その後はグレイの調子に乗った提案で、シロツメクサを冠どころか縄のように長く編んでは、その場に大量に生えていたシロツメクサはどんどん減っていった。
シロツメクサの縄を作っていく最中に、ふとグレイは興味本位で子猫達にあることを尋ねた。
「そう言えば、ティピック君の魔法ってどんな感じだったの?怖くなかったとは言ってたけど、それなりに凄かったんだろう?」
「凄かった。シルクみたいに魔法を跳ね返してた」
「悪い人の直ぐ後ろに立っても、まったく気付かれないの」
「指を振ったら、悪い人の身体がビュンって動いてた」
「…防衛魔法と浮遊魔法かな?」
「ティピックさんも色んな魔法を扱いますよ。聞いた感じだと、本気にはなってなさそうですけど…」
子猫達の話していく様子を見て、シルクは違和感を覚えていた。
それぞれシルクとティピック、一人ずつに別れて行動していたというのに、まるでどちらもティピックの魔法を目の前で見ていたかのような言い方なのだ。
同時に、シルクの魔法も二人でその目で見たかのような表現。どちらも片方の魔法しかその目で見ていない筈なのに。
合流した後に二人で感想を言い合ったのだろうか。
しかし、それでも二人の言い方はどちらもその目で見た時の反応に等しく見える。
シルクはアマレットから貰った情報を脳裏に浮かばせるが、思い当たるような内容は見当たらなかった。
その後子猫達は互いに顔を見合わせ、真剣な様子でシルクにあることを問いかける。
「…シルクは、黒いお兄ちゃんのことが好き?」
突然の質問にシルクは目をぱちくりとさせ、グレイは吹き出しそうになるのをぐっと堪える。
何故そのような質問をとグレイが疑問を浮かべた直後に、子猫達は更に口を動かした。
「黒いお兄ちゃん、シルクのことが大好きって言ってた」
「誰にも負けないくらい、独り占めしたくなるって」
グレイはつい頭を抱えてしまった。
何気に子猫達に暴露されているティピックに対して同情する気持ちが浮かぶが、独り占めという情報までも暴露して良かったのだろうかと考えては直ぐシルクの反応を伺う。
シルクは無表情のまま視線を斜め上に向け、何かを考えるようにそのまま首を傾げさせる。
「…それだけ信頼されているってことか」
グレイはがくっと前に倒れそうになるのを堪え、子猫達はきょとんとした表情で固まっている。
「うん、私もティピックさんが好きだよ」
互いの好きの意味は違うけどねぇ、とグレイは心の中でつっこみを入れる。
すると子猫達はむっとした表情を浮かべ、いつものようにシルクにくっついた。
「私達もシルク好きだもん」
「独り占め嫌だ」
シルクの顔を見上げては頬を膨らませる。
長い尻尾はシルクの脚にくるりと巻き付かせており、これだと君達も独り占め…二人占めしているようなものじゃないかとグレイは静かに苦笑いになった。
その後もシルク達は暫く裏庭で過ごし、簡単に昼食をとった後も四人で好きに時間を過ごした。
最終的にグレイは白衣を着た上にシロツメクサの縄をぐるぐるに巻きつかせた格好になり、魔法学校から帰宅してきたシャロンとミュスカを驚かせたのであった。




