175. 秘める思い
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ぼんやりとした景色の中を進んで行くと、辺りが少しずつはっきりと鮮やかになっていく。
鮮やかに見えるものは、どれも衣服であった。
沢山の綺麗な衣服が揃えられており、何処かの店の中なのだとシルクは理解する。
どれも値段が高そうなものであり、そんな中で一人の女性が楽しそうに店員と話していた。
「これも良さそうねぇ…今年のトレンド?」
「はい、特にこちらの色は当店人気のものとなっております」
「迷うわね…」
シルクはその場に立ったまま、静かに女性の後ろ姿を見つめる。
女性が振り返るも、顔はぼやけていてよく分からない。
しかし、ご機嫌そうに話す女性の声には聞き覚えがあった。
何度も夢の中で聞いてきた、母親の声だ。
シルクは辺りをぐるりと見渡す。
少し離れたところの、店の外側の通路に一人の女の子が壁にもたれた状態で立っていた。
女の子の顔ははっきりとしており、昔の自分の姿だとシルクは理解する。
昔の自分は遠くを見つめるようなぼんやりとした表情を浮かべており、周りの衣服にはまったく関心を向けていないように伺えられた。
この場に売られている衣服はどれも大人の女性が着用するものであり、昔の自分の体格とは不釣り合いだ。
母親は衣服選びに夢中になっていたのだが、途中で昔の自分の方に振り返り声をかけた。
「”――”、ちょっと来て。これとこれ、どっちが似合うと思う?」
「…どっちも似合うと思うよ」
母親は再び悩むように店員の方へと振り向き、昔の自分は再びつんとした表情で視線を逸らしてしまう。
シルクは昔の自分の隣に立った。
相変わらず、昔の自分にはシルクの姿が見えていない。
ぽつりと、小さな呟きがシルクの耳に届いた。
「…つまんない、いつ終わるんだろ」
昔の自分の言葉を聞いた瞬間、シルクの中で様々な記憶が集まっていった。
映像が脳内に直接流れ込んでくるような不思議な感覚。
その映像は、目の前の景色を歪ませては再現されるように空中に映し出された。
「ちょっと買い物に付き合ってちょうだい、一人よりも誰かといた方が楽しいんだし」
「これ一目惚れして買っちゃったわ!…この前買ってたものと似てる?ふふ、これはこれで良いのよ」
「この色?…何だか地味じゃない?絶対こっちの方が明るくて似合うわ」
「荷物が多くなってきたわね…こっち持ってくれる?少しは気を使って『持とうか?』って言ってくれても良くない?」
「”――”も、もう少し衣服に興味を持ったら?ここまで関心を持たないなんて、将来が心配だわ」
次々と映し出される、母親との記憶。
どれも様々な服屋を背景としており、シルクは無表情のまま映像を見続けていた。
…そうだった。
私が何故、まったく衣服に興味を示さないのか。
衣服を買うという行為自体がつまらないものだと、自分の中に定義づけられてしまったから。
母親の都合で買い物に連れまわされては、決まって服屋に辿り着いていた。
どれが似合うかと意見を尋ねられても、自分が選んだものは結局どれも反対されてしまっていた。
荷物持ち係として利用され、いくつもの買い物袋を手に母親の後ろをついていっていた。
そうしていつしか、衣服売り場はつまらない場所だと自分の中で決めつけてしまった。
隣に立っている昔の自分に視線を向ける。
静かに不貞腐れている様子に同情し、ゆっくりと目を閉じた。
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朝日の光が差し掛かり、シルクはゆっくりと目を覚ます。
ベッドから起き上がると、両隣で寝ている子猫達も目を覚ましてググっと伸びをした。
子猫達の白い髪がさらりと流れ、尻尾はゆっくりと揺れるように動き、猫耳は軽く伏せた状態にして眠たそうに目を細めている。
「…おはよう」
シルクが声をかけると、二人は伏せていた耳をピンと上に立たせ、眠たそうに目を軽く擦ってからシルクに視線を移す。
そのまま二人はシルクの方へと近付き、温もりを求めるようにぎゅっと抱きついた。
シルクは二人を優しく抱き留めたまま、困ったように眉を下げた。
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朝食を終え、シャロンとミュスカは魔法学校へと通学し不在となっている。
アパートに残っているグレイとシルクは、広間のソファで互いに寄り添い合うように座っている子猫達を見守っていた。
昨日の外出を終えてから、子猫達は何かを考えるようにぼんやりとする時間が増えていた。
シルクにずっとくっつくように行動していたのが、今では少し距離が離れていても大丈夫な状態になっている。
流石に視界から完全にシルクの姿が見えなくなると不安を覚えるのか、シルクを探そうと辺りをキョロキョロと確認しだすことはある。
それでも、そんな二人の様子にシルクは心配を覚えていた。
「昨日、怖い思いをさせてしまったのが良くありませんでした…」
「流石にあれは誰も予測できなかったことだし、仕方がないんじゃないかなぁ…明日はあの子達の故郷に行くんだよね?」
「はい。その後は魔力安定の為にも、一旦保護施設に向かうことが確定しています」
「…じゃあ、あの子達とももうお別れになるんだね」
グレイはシルクの様子を伺い、心配そうに眉を下げる。
シルクは子猫達が近付いてくるのは、不安定な魔力を本能的に補おうとしているからだと言っていた。
しかし、実際子猫達はシルクの魔力とは関係なく懐いている。
明日以降離れ離れになるのは確定事項ではあるのだが、子猫達は嫌だと抵抗をみせるかもしれない。
魔力の暴走は起こらずに経過しているが、保護施設に送られる直前に再び暴走する可能性も考慮しなければならない。
それでも、シルクは決まったことだからと割り切らせるのだろう。
「シルクは寂しくないのかい?」
「……正直言うと、寂しいです」
グレイは軽く目を見開かせ、シルクの真剣な横顔を見つめる。
「初めは依頼の一環、その延長として割り切らせていました。二人を保護施設に無事送り届けるまで、気を緩める訳にはいきません。その気持ちは今でも変わりません…でも」
シルクは視線を伏せさせ、自分の気持ちを確認するように数秒目を閉じる。
その後ゆっくりと目を開き、寄り添っている子猫達に視線を送った。
「短い期間でも、二人と一緒に過ごした時間はどれも素敵なものでした。大変なこともありましたけど、元気になっていく姿を見て、嬉しい気持ちになったのも事実です」
無表情ながらも二人を見つめる視線は優しく、子猫達と出会ってから今までの記憶が、シルクの脳裏に映し出される。
「いざ別れを意識してしまうと、寂しい気持ちになりますが…二人のこれからの成長の為にも、必要なことだとも理解しています。なので、最後までしっかりとやり遂げます」
その後静かに優しい笑顔を浮かべてから、再び目を閉じる。
すると、ぼんやりと窓から見える景色を眺めていた子猫達はシルクの方にパッと振り向く。
ソファから下り、トテトテと足音を立てながらシルクに近付いた。
突然スイッチが入ったように動き出したことにグレイは軽く驚き、シルクも足音に気付いて目を開く。
「お外に行きたい」
「庭の花、シルクと一緒に見たい」
子猫達は耳をピンと上に立たせ、尻尾を緩やかに揺らせながらそう宣言する。
シルクとグレイはふと窓の外に視線を向け、互いに顔を見合せる。
シルクは軽く笑みを零し、グレイはニヤリとした笑みを浮かべてそれぞれ立ち上がった。
「良いよ、一緒に行こう」
「植物に関心を向けるのは良いことだねぇ。僕も一緒に良いかい?」
「うん」
「グレイも一緒」
子猫達は嬉しそうに笑い、互いに顔を見合せてからも無邪気な笑みを零した。




