174. 波乱の収束
「な、何だよこれ!…うおぁッ!?」
男は背中に浴びた蛍光塗料が地面にも飛び散っているのに気付き、派手な色に驚く。
隙をついたところでシルクが手をかざし、男の足元に魔法陣が発動してはそのまま拘束魔法に捕らわれてしまった。
男は手足を拘束された状態で地面に倒れ伏し、身動きが取れなくなる。
男が倒れたことでペーシェは目をぱちくりとさせ、その後シルクの姿を見ては驚いた表情を浮かべて視覚魔法を解除させた。
「…フレッチェさん?」
「え、もしかしてシルクさん!?」
いつもと違う格好のシルクに、ペーシェは驚いた表情のまま近くに駆け付ける。
ペーシェも私服姿で、完全プライベート状態である。
「魔力が大きく流れる気配を感じ取って、怪しいと思って来てみたら…もしかして任務中だったりした?」
「いいえ、任務ではないのですが…」
シルクの肩に顔を埋めるように抱き着いている子猫がゆっくりと顔を上げ、ペーシェの方に振り向く。
突然知らない人が出てきたことに子猫は驚くように目を丸くさせ、警戒するように身を縮こませた。
その後、男の呻き声に気付いて子猫は再び身体をびくりと震わせる。
「この…ッ、捕まってたまるか、よ!!」
男を拘束していた影のような紐は、手持ちのナイフの刃に当たってはぶちりと音を立てて千切れてしまう。
ナイフに魔法の効果を薄める効果が付与されていたのか、とシルクはまた淡々とした様子で考えては警戒態勢をとる。
ペーシェも振り向いてはシルクの前に立ち、男の動きに警戒する。
男は手足の拘束魔法を解いては直ぐ立ち上がり、ナイフをシルク達に向けて睨み付ける。
そのまま後ろに一歩後ずさろうとするも、男はその後ぴたりと静止してしまった。
シルクとペーシェは静かに驚いた表情を浮かべ、男はそんな様子を目の前にしながら目を見開かせ、身体をカタカタと震わせる。
背筋が凍り付くような感覚に震え、斜め後ろから声が聞こえては冷や汗がぽたりと地面に落ちた。
「誰に刃物を向けているんだい?」
低く冷ややかな声が、男の動きを支配する。
男の耳元に囁くように、ティピックは冷たい視線を向けながら言葉を続けた。
「言った筈だよねぇ…彼女を傷付けようとしたら首が飛ぶと思えって」
「ひ、ひいぃぃッ!!?」
直後、ティピックが男の肩を横から叩くと同時に、男の身体は真横に吹き飛んだ。
衝撃音が鳴り響き、男は壁に激突しては白目を向けて倒れ伏してしまう。
「まぁ、実際に首を飛ばす訳にはいかないからね。これで勘弁してやろうかな」
「シルク!」
呆れるように溜息をつくティピックの後ろから、身を隠していた子猫が姿を現しシルクに向かって駆け寄る。
シルクは身を屈ませ、もう一人の子猫を片腕で受け止めては安心させるように頭を撫でた。
「おや、君は魔物討伐特攻隊の…どうして此処に?」
「偶々怪しい人を見つけたと言うか…僕今混乱してるんですけど」
ペーシェはシルク達の様子をちらと見てから、倒れている男の方にも視線を向け、何がどうなっているのかと疑問符を浮かべる。
そこでティピックは思い出したかのように、軽く斜め上に視線を向けながら「あぁそうだ」と呟き、パチンと右手を鳴らした。
突如ティピックの真横の虚空から別の男がどさりと落下する。
手足は紐で縛られており、白目を向いて倒れている男と同様に気絶してしまっていた。
追加で気絶した男が現れたことに、ペーシェは更に混乱し固まる。
「こっちもちゃんと確保してるよ。その子に怪我は無いから安心してくれ」
「…怖かった」
ティピックについていた子猫は、シルクにしがみ付きながら小さな声で呟く。
尾行してきた男に対してなのか、はたまたティピックに対してなのか。
今は爽やかな笑顔を浮かべているが、男を壁に激突させる際のティピックは冷たい表情をしていたのを思い出し、ペーシェは引き攣った苦笑いを浮かべてしまう。
身体を震わせる子猫達を安心させるように、シルクは二人を優しく抱き締めていた。
――
――
暫くして、シルク達はグレイ達がいた店の前に戻り無事合流した。
平然とした様子で戻ってくるシルクとティピックに対し、シャロンとミュスカは心配と不安を入り混じらせた表情で駆け付ける。
「急に連絡が来たと思えば、本当心配したんですからね!」
「すみません、直ぐ対処すべきだと判断したので…」
「その尾行してきた奴はどうなったんだよ、もう大丈夫なのか?」
「あぁ、軽くつついただけで伸びちゃったよ」
ティピックの返答に対し、アマレットは呆れたように溜息をつく。
「つついたじゃなくて圧縮させた力をぶつけた、でしょう。どうせ派手にやったんでしょうけど、後始末は大丈夫だったの?」
「そこは安心してくれたまえ、代わりに対応してくれる人材が運良く通りがかってくれてねぇ」
シルクは申し訳なさそうに、少し眉を下げながら数分前の出来事を振り返る。
少々派手に男達を気絶させてしまったのだが、シルクは勿論のこと、ティピックもあまり目立つようなことには巻き込まれたくないと考えていた。
そこで、丁度良くその場に現れてくれたペーシェに後始末をやや強引に押し付ける形で託してきたのだ。
ペーシェも蛍光塗料入りのカラーボールを投げつけたりと対応をした身ではあるのだが、完全に気絶させたのはティピックであり、具体的な経緯の説明もされずにシルク達がその場を後にした為、今もペーシェは困惑しながら対応しているのだろう。
「皆が無事なのは良かったけど…二人は大丈夫かい?」
グレイはシルクにしがみ付いている子猫達に視線を向ける。
震えは治まっているが、ご機嫌な時と比べると大人しく静かになってしまっている。
「びっくりして怖かったけど…」
「シルクと黒いお兄ちゃんが守ってくれたから、もう大丈夫」
大丈夫だとは言っているものの、それぞれシルクのワンピースをきゅっと握って離さない。
今は変身薬の効果で猫耳は生えていないが、もし猫耳があればしょぼんと垂れ下がっているのだろう。
「…この子達の体調を踏まえて、今日はこのくらいにしておきましょうか。やるべきことは達成したしね」
「はい、今日はありがとうございました」
こうして、予想外で慌ただしい外出は幕を閉じることとなった。
アマレットとティピックとはその場で解散となり、シルク達は馬車を利用してアパートへ帰っていく。
馬車に揺られながら、子猫達はシルクの両隣に座ったまま疲れたように眠っていた。
すやすやと寝息を立てる子猫達を優しく見守りながら、シルク達も静かに馬車に揺られていた。




