173. 急襲
人通りがほとんどない通路を、シルクはすたすたと歩いて行く。
その後ろを一定の距離を保ちつつ、男は身を潜めながらシルクの後を静かに追いかける。
シルクは真っ直ぐ前を向いた状態のまま、何度か角を曲がって進んで行く。
男もそのまま足音を立てないよう慎重に進んで行く。
そのまま数分程歩いただろうか。
男は眉間に皺を寄せ、額に冷や汗を流しては違和感を覚えていた。
(周りに店が無い、しかも人がほとんど歩いていない道を平然と歩くって…何だか不気味じゃないか)
再び角を曲がり、シルクを見失わないよう男は進み続ける。
一体何度角を曲がったのだろうか。
右に進めば左に進み、真っ直ぐ進んだと思えばまた左に、右に…。
歩く速さは一定のまま、しかし休まず進み続ける様子に男は妙な気持ちを膨れあがらせていく。
そしてふと、再びシルクが次の角を曲がったところで男は気が付いた。
目の前の景色が、数分前に通った道と同じものであったのだ。
つまりシルクは、同じ道をぐるぐると意味も無く歩いていたこととなる。
しまった、もしや勘づかれたか。
男は焦りを覚えながら、次の角を曲がった。
その後、男は曲がった先で足を止める。
視線の先にいる筈のシルクの姿が、何処にも見当たらない。
耳を澄ませながら尾行していたにも関わらず、走り去るような足音は一切聞こえなかったというのに。
「クソッ…!何処に行きやがった…」
男は小さく舌打ちしてから辺りをぐるりと見渡す。
しかし直後、見失ってしまった焦りは、逆に見つかってしまった焦りに切り替わった。
「どうかされましたか?」
頭上から落ち着いた声が聞こえる。
男は目を丸くさせ、顔を上げた視線の先にいるものを見て固まった。
藁の箒に腰掛けるように座った状態で、ふわりと空中に浮いているシルクの姿がそこにあった。
片腕に乗せるように抱きかかえられている子猫は、シルクにぴったりとくっついたまま男を見下ろしている。
「何やら焦っているようですね」
「あ…いや、はは…実は道に迷ってしまいまして…」
「大通りはこの道を真っ直ぐ進んだところですよ」
シルクは淡々とした様子で、大通りに向かう先を指差す。
しかし視線は男を捕らえており、冷たい印象を男に与えていた。
「行かないんですか?」
シルクはそう尋ねるも、男は立ち止まったまま動こうとしない。
寧ろ睨むように見上げている様子に、シルクは目を伏せて軽く溜息をついた。
「迷子ではなさそうですね。…尾行していたんですから」
「…気付いていやがったのか」
男は懐からナイフを取り出し、シルク達に向かって刃先を突き出す。
空中に浮いている為距離はあるのだが、太陽の光の反射できらりと光る刃先に、子猫はびくりと身体を震わせてからシルクにぎゅっとしがみついた。
シルクはもう片方の手で子猫の頭を優しく撫で、視界を隠すように抱き締める。
直後、シルクの背後の壁から拘束魔法の紐が飛び出てくるが、それは弾け飛ぶように折れ曲がった。
瞬時に発動された魔法障壁で妨害され、男は驚いた表情を見せる。
「クソッ、手練れの魔法使いかよ!」
「只の魔法使いです」
シルクがぽつりとそう呟くと、男の足元に拘束魔法の魔法陣が描かれる。
男は瞬時に魔力を察知し、転げるように拘束魔法をかわしては逃げるように走り出した。
流石に察知能力が高いか、とシルクは考えながら箒に乗ったまま男を追いかける。
男の発動した拘束魔法がそこら中の壁から何度も這い出してくるが、どれも魔法障壁で跳ね返されては消えていく。
流石に男は強い焦りを覚え、走りながらスマートフォンを耳に当て通話を再開させた。
「すまねぇ気付かれた!こっちは一旦引く!」
『おやおや…もう引いちゃうのかい?』
耳元から聞こえる知らない声に、男は背筋をゾクリと震え上がらせる。
走るスピードが遅くなり、とうとう走るのを止めて立ち止まってしまった。
箒で追いかけていたシルクもスピードを緩め、男の数m先の位置で地に足を着ける。
『子どもを誘拐しては違法的に売り捌くという所業を繰り返してるというのに、今回は随分と諦めが早いんだねぇ』
「おい…彼奴をどうした!何をしやがった!」
『ちょっと驚かせただけなのに腰を抜かしちゃってね。それでも抵抗しようと努力していたようだけど、軽くつついたら気絶しちゃったよ』
「な…ッ!?」
スマートフォンから聞こえる声は至って圧を感じるようなものでは無いのだが、男は目を見開いたまま肩を震わせる。
状況が状況と言うのもあるが、世間話を話すようなノリが、逆に男に恐怖心を与えてしまっていた。
『君の仲間をそっちに連れて行くから、大人しく待っていてくれたまえよ。…あと、彼女を傷付けようとしたら首が飛ぶと思え』
最後になって重圧のかかるような声を耳にしてから、ぶつりと通話は途絶える。
男は放心状態のように固まっていたが、直ぐにシルクに向かって睨み付けるような視線をぶつける。
シルクは無表情のまま男の姿を見つめ、子猫はぎゅっと目を閉じた状態のまましがみついている。
「畜生…ッ!このまま終わると思うな!」
男は警告に怯まず、シルクに向かって手をかざす。
その直後、シルクの周りにいくつもの魔法陣が浮かび上がった。
大量の拘束魔法を発動させようとしており、この数を一度に出現させるとは流石だなとシルクは静かに考えていた。
そして無表情のまま焦りを見せない様子は、男の怒りを刺激することになってしまう。
「舐めやがって、これでも喰らいやがれぇ!!」
男の合図と共に拘束魔法が発動されるが、シルクは器用にどの拘束魔法もかわしていく。
子ども一人を抱えた状態にも関わらず、空中で身を翻し、壁を蹴り、素早く華麗な動きを見せた。
一通り拘束魔法を発動し終えるも、男は有り得ないと言わんばかりの驚愕した表情でシルクが着地する姿を凝視していた。
「大人しく自首することをお勧めします」
「ふ、ふざけやがって…!」
シルクの淡々とした様子に更に苛立ちを覚え、男は再び拘束魔法を発動させようと構えた。
しかし魔法が発動される直前に、男の背中に何かがぶつかる。
ばしゃり、と水が弾くような音が響くと同時に男の背中は鮮やかな橙色に染まった。
男は突然の衝撃に驚き、シルクも目を丸くさせて男の背後の先に焦点を当てた。
「そこの不審者~。都内で魔法をバンバン打ち込んじゃって、変なことしてたら捕まるよ~!」
目元に視覚魔法を発動させ、呆れた表情を浮かべている人物。
魔物討伐特攻隊の一員であるペーシェが、蛍光塗料入りのカラーボールを手にしながらそう宣言していた。




