169. 休憩
シルクは無表情ながらも疲れた様子で、目の前に広がる景色をぼんやりと眺めていた。
服屋で何着もの衣服を試着していったのだが、グレイ達も巻き込まれてからは想像以上に選別に難航し、予定よりも時間がかかってしまったのだ。
「このスカートとか似合いそうじゃない?」
「デザインは良いですけど、少し丈が短い気がします」
「動きやすさでいえばやっぱりこっちだろ」
「色々試すと悩んでくるねぇ…どっちが似合うと思う?」
「どっちも可愛い」
「じゃあどっちも着てみようか」
グレイ達がここまで楽しそうに衣服を選ぶなんて、とシルクは軽く驚きながら渋々試着していった。
似合うと言われても、シルク自身はやはりお洒落に強く興味を示せず、複雑な気持ちを抱いてしまう。
ここまでしても関心が向かないのだから、記憶を失う前もやはりお洒落に興味がなかったのかもしれない。
そう自分の中で結論付けながらも、目の前のことはちゃんとしなければと深呼吸し、今だけは衣服と向き合うことにした。
そうして暫く経ってから、ようやく購入する衣服が決まってまとめ買いを終える。
どれもしっかりとした素材やブランドというのもあり、値段はなかなかなものであったが、アマレットが先手を打つように支払いを済ませてしまっていた。
救出や保護で世話になったことのお礼だけでなく、楽しくコーディネートさせてくれたからというお礼が含まれており、本当にそれで良いのだろうかとシルクは困惑するも、アマレットの勢いに負けて素直に受け取ることにしたのであった。
その後再び子猫達の衣服を選んでいた服屋に戻ったのだが、初めて来た時はなかなか決まらなかったのが嘘であるかのように、着々と衣服が選ばれていった。
子猫達はシルクが着ていた衣服のデザインを覚えているようで、これが似ている、この色だとお揃いだ、と瞳を輝かせながら手に取っていた。
流石にアマレットもこの変わり様に苦笑いを浮かべる。
子猫達の衣服も購入し終わり、これで一段落ついたと思ったのだが、店を出るとアマレットはグレイの肩にぽんと手を置いた。
「さて、次はグレイちゃんの番よ」
「げ…絶対に今日じゃなきゃ駄目なのかい?」
「ええ、今直ぐに」
アマレットの笑顔でありながらも圧を感じる雰囲気に、グレイは冷や汗を流す。
肩に置かれている手に力が込められているからか、動こうにも動けない。
そうして現在、男性向けの衣服売り場にグレイはアマレットに連れ出され、現在コーディネート中である。
シャロンとミュスカも同様に店の中に入っており、シルクと子猫達は店の外側に設置されているベンチに座って待機していた。
「…嵐のような勢いだった」
ついぽつりと感想を呟くと、そこにティピックがやってくる。
シルクの疲れた様子を感じ取っているのか、軽く苦笑いを浮かべていた。
「お疲れ様。まさかこういう展開になるとはねぇ、無理矢理付き合わせてしまってごめんね」
「いいえ…この子達の服が決まって良かったので」
シルクは両隣に座っている子猫達それぞれに視線を向けると、二人は嬉しそうに笑いながらシルクにぴたりとくっつく。
「満足したようで何よりだよ。…そうだ、そろそろ効果が切れる頃じゃないかな」
「…そうですね」
シルクはポシェットから二つの小瓶を取り出す。
それには変身薬が入っており、子猫達は今人間の姿として過ごしている状態。その為猫耳ではなく人間の耳になっている。
変身薬の効果は原液のままだと今の子猫達の状態では負担が大きく、薄めたものを使用している。
薄めた分効果が発揮される時間は短くなる為、定期的に摂取する必要があるのだ。
子猫達は蓋が開けられた小瓶を素直に受け取り、それぞれ飲み干す。
空になった小瓶を手に、眉間に皺を寄せて舌を出した。
「……苦い」
「苦かったね、飲めて偉いよ」
「…ふふ」
シルクが二人の頭を優しく撫でると、嬉しそうに目を細める。
「変身薬は苦いものが多いからねぇ。原液はもっと苦いよ?」
妖精族であるティピックとアマレットも、今は変身薬を飲んでいる為耳は尖っていない。
もっと苦いと聞いた子猫達は目をぱちくりとさせてから、ティピックをじっと見つめる。
「黒いお兄ちゃんも、苦いの飲んでる?」
「そうだよ、念には念をね」
「じゃあ、黒いお兄ちゃんも偉い」
今度はティピックが目をぱちくりとさせ、その後軽く吹き出すように笑みを零す。
最初はティピック達を警戒していたが、シルクと話している様子や変身薬を飲むという共通点を見つけてからは、子猫達は警戒心を少しずつ解きつつあった。
「黒いお兄ちゃんは、新しい服買わないの?」
「私は今回は買わないよ。今日は君達とシルク君と…グレイ君の買い物だからね」
シルク達は改めて、グレイ達がいる店内に視線を向ける。
アマレットに服をかざされ、グレイは諦めた表情でされるがままだ。
シャロンとミュスカの手には、試着予定であろう衣服が何着か持たされている。
「あの様子だとまだ時間がかかりそうだねぇ…近くの店にでも寄っていくかい?」
「…どうする?」
「シルクと一緒なら何処でもいい」
「私も」
シルクは考えるように視線を軽く上に向ける。
自分の衣服選びに実際どれだけ時間がかかったのかを体験している為、ティピックの言う通り他の場所で時間を潰すことにした。
「では、博士達に声をかけてから…」
「声をかけに行ったら、巻き込まれる可能性が高いかもよ」
「…ではミュスカさんに連絡を入れておきます」
スマートフォンを取り出し、ミュスカに別行動する旨を連絡する。
すると振動で気付いたミュスカがスマートフォンを確認し、店外にいるシルクの姿を確認しては、了解ですと合図を送るようにさり気なく手を振った。
「では、行きましょうか」
シルクと子猫達はベンチから立ち上がる。
ティピックは軽く微笑み、シルクの前に立っては優しい声で呟いた。
「本当、綺麗で似合ってるよ」
「…ありがとうございます」
今のシルクは普段の白シャツ黒ズボンではなく、先程店で購入したワンピースを着用している。
更に普段から括ってまとめている髪も下ろした状態で、黒髪がさらりと流れるように揺れる。
慣れない格好で行動することは予想外であったが、似合っているならまぁ良いか、とシルクは静かに割り切らせていた。
シルクに対するティピックの優しい眼差しは流石に子猫達も気付き、頬を膨らませて各自シルクの手をぎゅっと握った。




