167. 普段の着こなし
場所は変わり、王都のとある場所にて。
目の前には沢山の衣服が揃えられていて、フリルが多く施されたもの、大きなリボンが特徴的なもの、シンプルながら上品なものと様々だ。
これらはどれも子供服で、且つ獣人族専用のものである。
アマレットの案内で連れてこられた子猫達は、大量の衣服を見上げては何も言葉を発さず、どうすれば良いのかと困惑しているような様子だ。
一緒に来ているシルク達も、品揃えの豊富さに圧倒されるように言葉を失っている。
「獣人族用の衣服がこんなに売られてるの、初めて見ました」
「王都と言えど、結構複雑な場所に構えられてる店だよな。それに外見だけだと、獣人族用の服屋とは思えなかったし…」
「そりゃあ、獣人族は狙われやすい対象の一つだからねぇ。あからさまに獣人族が出入りするようじゃ、狙ってくださいと宣言しているようなものだ。一応店に入る扉にも魔法が仕掛けられているんだよ」
ティピックは店に入る際に通って来た扉の方に視線を誘導させる。
そこでミュスカとシャロンは、扉を開く前にアマレットが数回扉を叩いたり、指で軽くなぞったりしていた様子を思い出す。
同様にその様子を見ていたシルクは、裏魔法協会に向かう際の魔法の扉と同じ用途だなと関心を向けていた。
魔法の扉を通る際は、叩くリズムや位置を少しでも間違えてしまうと、目的の場所には通れない。
それだけ厳重且つ的確に扱う必要のある魔法道具だ。
「…それにしても、ティピック君も一緒について来て良かったのかい?元々今日は仕事なんだろう?」
「今日は事務作業中心の日だったし、アマレット君以外の訪問の予定は無いから大丈夫だよ。それに、いつも世話になっているシルク君の頼みとなれば、無下にはできないからねぇ」
「ふーん…それならウィン君も一緒に来そうなのに、珍しく別行動なんだね」
「流石に事務所を完全に空ける訳にはいかないからね、押し付けてきちゃったよ」
爽やかな笑顔で返答するティピックに対し、グレイは苦笑いを浮かべてからウィンの不機嫌な表情を思い浮かべる。
そしてさり気なくシルクに視線を向けては、嬉しそうな表情を浮かべていたのを見逃さなかった。
シルクに頼られたことが余程嬉しいのだろう。想いを寄せているのだから尚更。
「…あと、アマレット君が暴走しない為にも、私がいた方が良いと思ってね」
「暴走、ねぇ…」
グレイ達は改めてアマレットに視線を向ける。
アマレットは可愛らしい子供服を次々と手に取り、子猫達の前にかざしては悩むように目を細めている。
子猫達は訳も分からず混乱するように固まっており、そんな様子を近くで見ているシルクも同様に、アマレットの勢いに圧倒されるように固まってしまっていた。
「これだと色がぼやけて見えるわね…でもこっちだと逆に色目立ちして浮いちゃうわ。もう少し色のトーンを抑えたものは無いかしら?」
浮遊魔法を活用しながらの選別作業で、辺りには衣服がフワフワと浮かんだ状態。
浮かぶ衣服はどんどん増えていき、ミュスカとシャロンはそれらにぶつからないよう避けるのに必死になっている。
「あら、これなんか良いじゃなぁい!レースのデザインが綺麗だし、色合いもバッチリよ!」
「…む」
子猫達はムスッとした表情になり、アマレットは首を傾げながら眉を顰める。
その後軽く溜息をついてから、既に購入確定となっている衣服に視線を向けた。
「もう黒色のデザインのものは決まってるでしょう、流石に黒ばっかりに偏らせられないわよ」
「黒が良い」
「黒が落ち着く」
きっぱりとそう宣言する子猫達に、アマレットはジト目になってしまう。
これにはシルクも参ったなと軽く溜息を零してしまった。
白衣をイメージしてしまうからと白を完全に拒否しているのではなく、黒以外の色の衣服に対してはどれも不満気な表情を浮かべている。
何故そこまでして黒に拘るのか、とシルクが首を傾げていると、アマレットの視線に気付いて目が合う。
「…これはシルクちゃんの影響が強いわね」
「私ですか?」
「シルクちゃんって基本的に黒を身に付けているでしょう。ローブもストールも黒だし」
「シャツは白ですが…」
「言ってしまえば、シャツと仮面以外は基本的にどれもほぼ黒なのよ。黒のシャツも持っていたくらいなんだし、全身真っ黒コーデになっちゃうじゃない!」
シルクは近くにある鏡にふと視線を向ける。
今はローブを着用していないが、ストールにズボンは勿論のこと、靴、ポシェットも黒色である。ベルトは真っ黒ではないがダークグレーで暗い色だ。
唯一黒じゃないのは、今着ている白シャツと素肌くらいだろうか。
黒い髪に黒い瞳、これに普段から着用している黒いローブをまとってフードを深く被ってしまえば、完全に真っ黒になってしまう。
シルクは長年この姿で過ごしてきており、シルクにとって利便性のあることであった。
「いざという時に身を隠せますし、暗闇の中で溶け込めて襲撃にもぴったりですから」
「真顔でさらっと物騒なことを言うんじゃないわよ。仕事ではそうかもしれないけど、プライベートでも同じなのが問題なのよ!」
グレイ達と出会うまではプライベートでも身を隠すように過ごしてきており、今でもその感覚が抜けきっていない。
疑問符を浮かべながら首を傾げる様子に、グレイ達は苦笑いを浮かべることしかできなかった。
そこでアマレットは深い溜息をつき、呆れた表情から真剣な表情に切り替わる。
「これはシルクちゃんも徹底的に指導する必要があるわね…この後覚悟しておきなさい!」
「……えぇ…」
どうして、とシルクは無表情ながらも困惑するように遠くを見つめる。
ティピックは本日何度目かの呆れ顔になり、グレイは気の毒そうに冷や汗を流した。
「頑張れシルク…これを機にお洒落に興味を持ってくれるかなぁ」
「他人事のように言ってるけど、グレイ君も同じ目に遭うんだよ?」
さらっと流すように語るティピックに振り向くと、聞こえていたのかアマレットはグレイの方に視線を向け、笑顔で堂々と宣言される。
「安心してちょうだい、グレイちゃんのことも忘れていないから」
「ちょっと、余計なこと言わないでくれたまえよティピック君!こうなったら君も道連れだよ!?」
「私は既に何度か被害に遭ってるからねぇ〜、同じ気持ちを味わいたまえ」
怪しい笑顔と不貞腐れた睨み顔がぶつかり合う。
「ぶっちゃけ先生も人のこと言えねぇだろ。日中ずっと白衣着てるくらいだし」
「もし二人が白衣に怯えていなければ、今日も白衣で外出してたでしょう」
「あら…それは本当なの?」
シャロンとミュスカの発言にアマレットは目を光らせる。
グレイは背筋を伸ばしながら肩を跳ね上げさせ、アマレットの睨みに震えた。
「…博士も頑張りましょうね」
「そんなぁぁ…」
コーディネート確定となったシルクとグレイは互いに顔を見合せ、シルクは軽く、グレイは大きく肩を落とした。
そこで、子猫達は目をぱちくりとさせてからアマレットに問いかける。
「シルクも、新しい服?」
「えぇそうよ。黒以外にも素敵なものは沢山あるわ、だから貴方達も…」
直後、子猫達はアマレットの言葉を遮るように声を発した。
「シルクと同じが良い!」
「私も!シルクと同じのが着たい!」
先程までつまらなさそうにしていたのが嘘であるかのように、猫目をキラキラと輝かせている。
流石にこれにはシルクも驚き、続いてアマレットが振り向いたことでつい肩を跳ね上げさせてしまった。
「…予定変更ね。先にシルクちゃんの服を決めるわよ!」
「…どうして」
心の叫びがつい言葉としてぼそりと出てしまった。
自分は本当にこれで十分なのにと考えるが、子猫達のためだと考え直し、シルクは腹を括った。




