166. コーディネート
シルクは改めてソファに座り、手渡された書類を一読してから封筒の中に仕舞った。
子猫達は両隣で大人しく座っているが、先程まで着ていた黒シャツを大事そうに抱えている。
「…拝見しました。情報収集ありがとうございます」
書類の内容は、子猫達の出生地についてのものであった。
都市からは遠く離れた場所にある小さな村で、主に獣人族の者達が暮らしている。
四年前にその村は襲撃され、幼い子供を中心に多くの獣人族達が連れ去られては、実験施設に放り込まれたのである。
「シルクちゃんには明後日、その村に出向いてほしいの。この子達はまだ完全に魔力を安定させてる訳では無いから、直ぐ村に帰すことは難しいけど…この子達も一緒にね。勿論私も同行するわ」
「はい、よろしくお願いします」
「…帰る?」
子猫達は首を傾げながら、アマレットに向かって呟く。
違法施設にいた時期の方が圧倒的に長く、村での記憶はあまり覚えていなくてもおかしくはない。
きょとんとした表情ではあるが、不安も入り交じっているのだろう。瞳には警戒心が含まれている。
「そう。貴方達は居るべき場所に帰るの。でもその前に、やるべきことを一つずつやっていかなきゃならない…私達も一緒に手助けするから、頑張っていきましょ」
「…うん」
「…わかった」
子猫達は互いに顔を見合せてから、こくりと縦に頷く。
そこでシルクが二人の頭を優しく撫でると、二人は嬉しそうに笑みを浮かべて喉をゴロゴロと鳴らした。
シルクへの懐きっぷりに、グレイ達はついほんわかとした雰囲気を漂わせる。
そんな中、アマレットはじーっとシルクと子猫達を見つめる。
シルクはその視線に気付いては無表情のまま視線を逸らし、ティピックは呆れたように溜息をついてからアマレットに声をかける。
「アマレット君、あくまでも今日は仕事の一環として来ているんだよ。必要な衣服は提供できたし、情報はシルク君に直接渡せた…ノルマは達成しているよ?」
「えぇ、確かにノルマは達成しているわね。…でも、やるべきことはまだ終わってないわよ。まさかこの子達の衣服を、それぞれ一着だけで済ませるつもり?」
子猫達はきょとんとした表情になり、互いに顔を見合わせる。
シルクは無表情ながらも、確かに一着だけというわけにはいかないかと納得するように子猫達に視線を送った。
するとアマレットはずいと前のめりになり、楽しそうな笑みを浮かべながら宣言した。
「この後、追加のものを買いに行きましょう。ついでにシルクちゃんのコーディネートもさせてくれない?」
「…私のですか?」
「アマレット君?」
シルクは目をぱちくりとさせ、ティピックは引き攣った表情を浮かべさせた。
突然の提案にグレイ達も静かに驚く中、アマレットは得意げな表情で言葉を続ける。
「シルクちゃんのような美人で可愛らしい子が、お洒落をしないなんて勿体ないじゃない。見た感じ、持っている服は同じ系統のものばかりのようだし…もっとお洒落に関心を持っても良いんじゃなくって?」
「私は今あるもので十分ですよ」
シルクが首を傾げながらそう返答すると、アマレットはむっとした表情を浮かべてから、グレイ達の方へと振り向く。
「グレイちゃん達は何とも思わないの?シルクちゃんがお洒落をしているところ…見たいと思わないの?」
妙に圧を感じるような雰囲気が滲み出ており、グレイ達は冷や汗を流しながら苦笑いを浮かべる。
しかしそれぞれ口にする言葉は、純粋な本音であった。
「見たい…とは思う」
「僕も、シルクさんは普段から立ち振る舞いも綺麗ですから、見映えしそうだなとは…」
「見てみたいっちゃ見てみたい」
グレイ達の反応にシルクは真顔になる。
助けを求めるようにティピックにも視線を向けるも、目がばちりと合うと一瞬だけ逸らされてしまう。
どうやらティピックも興味がまったく無いというわけでは無いようだ。
「…ここは素直に従うのが吉だろうね」
ティピックの半ば諦めのような表情に、シルクはついジト目を向けそうになった。
子猫達の追加の衣服を調達するのがメインなのでは、と困惑していると、シルクの両隣から可愛らしい声が響く。
「シルクも、新しい服を貰う?」
「私達と一緒?」
嬉しそうな表情で見上げられ、シルクは諦めたように肩を軽く落とす。
視線を前に向ければ、アマレットの圧を感じるような笑顔。
これはティピックの言う通り、素直に従うのが良いだろうと直感で感じてしまった。
「…では、よろしくお願いします」
「決まりね。早速準備して向かいましょう…あ、そうそう」
アマレットは立ち上がると、グレイ達の方に視線を向ける。
特にグレイに視線をぶつけており、今度はグレイが目をぱちくりとさせて首を傾げさせる。
「グレイちゃんも強制参加よ」
「……え?」
掛けている伊達眼鏡がかくんと斜めに傾く。
まさかの指名にはミュスカとシャロンも驚き、グレイのぽかんとした表情を見つめた。
アマレットはソファに座っているグレイの姿を、頭から足元まで流すように視線を動かす。
「見たところ、グレイちゃんって高身長よね。何㎝あるのかしら」
「190㎝あるけど…」
「あら、凄く高いじゃない!…これは着飾り甲斐があるわね」
アマレットの瞳がきらりと光る。
獲物を見つけた時のような瞳にも見えてしまい、グレイは肩を跳ね上げさせてから固まった。
そこでティピックは、爽やかな営業スマイルを浮かべながらグレイに声をかける。
「良かったねグレイ君、アマレット君に気に入られたみたいだ」
「気に入られた…?」
「アマレット君はねぇ、好みの相手を見ると着飾りたくなる性癖があるんだよ」
グレイは真顔で思考停止し、ミュスカとシャロンは吹き出すのをぎりぎり耐えられなかった。
「人聞きの悪いことを言わないでちょうだい、性癖じゃなくて趣味よ」
性癖という言葉にだけ訂正をいれている辺り、好みや着飾ることについては肯定とみられる。
アマレットは続けてじーっとグレイを凝視し、視線に耐えられなくなったグレイは視線を逸らしては泳がせ始める。
「身長が高いとお洒落に有利だとよく言われるけど、意外と着こなしが難しくなりやすいの。サイズや色合い、組み合わせに違和感があると一気に品が損なわれてしまうわ。…そういった難題を前にして、最高の組み合わせを見つけるのが楽しいってだけよ」
「そ、そんな獲物を狩るような目を向けないでくれたまえよ…」
グレイを巻き込んで盛り上がっている様子を、シルクは無表情のまま静かに見守っていた。
ふとティピックと目が合うと、ティピックは苦笑いを浮かべてからぽつりと呟く。
「色々と驚かせてしまってごめんね。アマレット君は昔からあんな感じなんだよ」
「…長い付き合いなんですか?」
「まぁね。昔はよく私が巻き込まれていたよ…センスが良いのは認めるけど、長いんだよね」
ティピックは当時の様子を思い出したのか、一瞬だけ疲れたような表情を浮かべた。
これは覚悟しなければ、とシルクは心の中で冷や汗を流しながらそう呟いく。
子猫達はきょとんとしながら、アマレットがグレイに迫っていく様子を見つめていた。




