165. 子猫達の好み
ソファに座るよう促され、ティピックとアマレットはシルク達と対面するように座った。
子猫達の様子を真剣な表情で見つめていたアマレットが、感心するように呟く。
「この短期間でここまで魔力を回復させるなんて流石ね…保護施設の方はまだほとんどが獣化のままなのよ」
「博士の魔力ポーションのお陰です」
シルクはちらとグレイに視線を向けると、つられるようにアマレットも視線を動かす。
グレイは自慢気な表情で伊達眼鏡を軽く上げ、いつものように自己紹介を始めた。
「初めまして、僕はグレイ・ケミスティア。魔法薬学研究者をやっている者だよ。グレイ博士でもケミスティア博士でも、好きなように呼んでくれたまえ」
「グレイちゃんね、覚えておくわ」
さらっと博士呼びをスルーされてしまい、グレイはむっとした表情を浮かべてしまう。
シャロンとミュスカはハラハラさせながらその光景を見守っていた。
「私はアマレット・ハニーよ。潜入捜査やちょっと危ないお仕事を担当する調査員なの、よろしくね」
アマレットは笑みを浮かべながらも凛とした雰囲気を醸し出しており、グレイ達は背景に薔薇が見えるような錯覚を覚えてしまう。
危ないお仕事という物騒な単語を出していながらも、話の内容より雰囲気に圧倒されてしまっていた。
ふとシルクは、両側から小刻みな震えが伝わってくるのに気付く。
しがみつくようにくっついている子猫達の身体が震えており、警戒するような視線をティピックとアマレットに向けていた。
妖精族特有の魔力をより敏感に感じ取っているのだろう。
「だいぶ警戒されちゃってるねぇ。シルク君にはべったりだけど、基本的にそうなのかな?」
「そうだねぇ。離れてる時間の方が少ないというか、ほとんど無いというか…僕達が様子を見に来る時以外はずっと一緒だよね」
「…魔力が不安定だった時は仕方が無いけど、今はもうだいぶ回復しているから、そろそろ距離を置く時間を増やすべきじゃないかしら」
あまりにも懐きすぎてしまうと、今後保護施設に送る際に支障が出てしまう。
それを懸念しアマレットは困ったように眉を下げ、子猫達に視線を送った。
子猫達は言葉の意味を雰囲気から感じ取ったのか、それぞれシルクの腕に更にぎゅっとしがみついてしまう。
やれやれ、と溜息をついてからアマレットは優しい声で語りかけた。
「直ぐに引き離そうなんてことは考えてないから安心して。今日は貴方達に渡したい物があって来たのよ」
「…渡したい物、何?」
猫耳をぴくりと動かし、警戒しながらもアマレットを見つめ返す。
するとアマレットは、テーブルの上に一つの鍵付きの鞄を取り出す。
鍵を開けると、中には子供用の衣服が入っていた。
勿論どれも獣人用のものである。
「この子達の年齢と育成環境を踏まえて、似合うであろうサイズのものを揃えてきたけど…小さめのサイズを選んできて正解だったわね」
子猫達は出された衣服をじっと見つめるが、首を傾げてからアマレットに視線を移した。
「私、このままが良い」
「私もこれが良い。落ち着く」
シルクの黒シャツを完全に気に入ってしまっており、アマレットは一瞬眉を引き攣らせるも、笑顔を作って子猫達に語りかける。
「サイズが合った服装の方が動きやすくなるでしょう。今着ている服は大き過ぎて不格好に見える。そのままだと外に出ることもできないわよ?」
子猫達は不満気な表情になり、頬をぷくっと膨らませてはふいとそっぽを向く。
アマレットは軽く溜息をついてしまい、隣ではティピックがやれやれと肩を竦めさせていた。
「アマレット君はファッションのことになるとうるさくなるから、ここは素直に従った方が身のためだと思うけどねぇ」
「うるさいは余計よ。もう…シルクちゃんからも言ってやってちょうだい」
シルクは狐面の下で目をぱちくりとさせてから、出された子供用の衣服をじっと見つめる。
「可愛いデザインだし、似合うと思うよ」
そうぽつりと呟くと、子猫達は耳をぴくりと動かしてからシルクを見上げる。
「…似合う?」
「……着てみる」
すると子猫達は掌を返すように、着替えを了承してしまう。
シルクに対しては従順な態度にアマレットは静かに目を見開かせ、グレイ達は知ってたとでも言うように苦笑いを浮かべる。
シルクと子猫達が一旦退出すると、アマレットはグレイ達に向かってジト目を向けた。
「…あからさまにに態度を変えるなんて、いつもあんな感じなのかしら?」
「そうですね、シルクさんのことを信用しきっていると言いますか…」
「二人が怪我しないよういつも注意を払ってるし、何より優しいからなぁ」
「異言語魔法を扱える分、僕達よりもコミュニケーションをとっていたくらいなんだ。そりゃ信頼度は高くなるだろうねぇ」
「流石シルク君だねぇ」
「…後が不安でならないわ」
アマレットはつい深い溜息をついてしまう。
その後、着替え終わった子猫達とシルクが広間に戻ってくる。
サイズは丁度良く、違和感の無い着こなしにグレイ達は静かに感嘆の声を上げた。
子猫達は嬉しそうに笑みを浮かべている。
スカートには尻尾を通す用のチャックが施されており、そこから通されている白く長い尻尾は真上にピンと上がっていた。
「とても似合ってるじゃないか、嬉しそうで何よりだねぇ」
「シルク、凄く似合うって褒めてくれた」
ティピックはあらら、と首を傾げさせてから困ったように笑みを零す。
衣服よりもシルクに褒められたことが嬉しいようだ。
「素敵な衣服をありがとうございます」
シルクがそうお礼を言いながらお辞儀をすると、子猫達も見習うかのようにぺこりとアマレットに向かってお辞儀をする。
アマレットは複雑な気持ちになりながらも、子猫達の似合った姿を見ては自分の見立てに間違いはなかったと安心し、薄らと笑みを浮かべた。
「これくらいお安い御用よ。…それにしても」
ふとアマレットはソファから立ち上がり、シルクの方へと近付く。
シルクはきょとんとしたまま首を傾げ、子猫達はじっとアマレットの行動を見つめるもついシルクの背後にまわってしまう。
シルクの前で立ち止まったと思えば、じっとシルクの表情…と言うより、狐面を見つめる。
「あの時は一瞬しか素顔を見られなかったからねぇ。もう一度見せてくれない?」
「…」
シルクは黙って固まってしまう。
狐面は取りたくないのが本音であり、アマレットの真剣な眼差しをつい逸らしてしまう。
そこで子猫達はシルクの背後からちらと顔を出し、シルクの方を見上げてはアマレットに向かってぽつりと呟いた。
「シルク、嫌がってる」
「意地悪だめ」
「あら、別に意地悪しているつもりは無いわよ」
アマレットは何かを思いついたのか、子猫達にあることを尋ねた。
「貴方達はシルクちゃんの素顔を知ってるわよね?」
「知ってる」
「家ではいつも素顔。仕事の時だけつけてる」
「あら、じゃあ此処はシルクちゃんの家なんだし、素顔でいても問題ないんじゃなくて?」
シルクは狐面の下で目を丸くさせる。
グレイ達も話を聞いては冷や汗を流し、ティピックは軽いジト目をアマレットに向けていた。
子猫達は目をぱちくりとさせてから、素直に思ったことを口にしてしまう。
「シルクの優しい笑顔、凄く好き」
子猫達は互いに顔を見合せ、嬉しそうに笑みを零す。
そのままシルクの方を見上げ、期待の眼差しを向けていた。
真正面だけでなく両隣からも視線を向けられてしまい、シルクは真顔ながらも諦めたような表情を浮かべていた。
心の中で白旗を上げ、そっと狐面に手を伸ばす。
そうしてゆっくりと狐面を外し、アマレットに改めて素顔を晒した。
するとアマレットは数秒間シルクを見つめてから、ガシッとシルクの両肩に手を置く。
「シルクちゃん、後で時間あるかしら」
「え」
「勿論先に、この子達について話をしてからよ。良いわよね?」
「…はい」
強引な圧を感じ取り、シルクは無表情ながらも驚いた様子でつい縦に頷いてしまう。
ティピックは肩を竦めさせ、同情の視線をシルクに送っていた。




