163. 衣服
食卓に向かうとグレイとシャロンも席についており、人の姿になっている子猫達を見ては目を丸くさせていた。
グレイはつい目を光らせて子猫達を興味津々に凝視するが、直ぐにシルクの背後に隠れられてしまう。その後見過ぎだとミュスカとシャロンから指摘されていた。
普段よりも皿が多めにのっているテーブルを囲み、朝食が始まる。
昨日までは子猫の姿であった二人はラグの上で専用の器に顔を突っ込むようにミルクを飲んでいた為、今目の前に置かれているコップをじーっと見つめては、困ったようにシルクの方へ視線を移す。
視線に気付いたシルクは左手で珈琲カップの取っ手をつまみ、右手を反対側に添えるようにして両手で持ち上げては口の前で留める。
すると子猫達は真似するようにコップの取っ手と反対側の側面を持って口元に近付ける。
シルクがカップに口をつけてゆっくりと傾け一口飲むと、子猫達も同様に口をつけて軽く傾かせ、少量口に含んでからこくりと喉を動かした。
普段ならナイフとフォークを使うところを、シルクは敢えてスプーンやフォーク単体で食べ進めていき、子猫達は真剣な様子でその動きを真似していく。
そんな様子にグレイ達は微笑ましく思いながら食事を進めていた。
朝食が終わってからも子猫達はシルクから離れず、広間のソファに腰掛けては両隣を占領するようにぴったりとくっついた状態である。
食後の眠気によって子猫達は目を軽く細めており、小さくもゴロゴロと喉を鳴らしていた。
「シルクへの懐きっぷりが凄く伝わってくるね。人の姿になったってことは魔力が戻ってきてるってことだよね?」
「そうですね。博士の魔力ポーションのお陰です、ありがとうございます」
「ふふん、もっと褒めてくれても良いんだよ?」
「まーたそうやって調子に乗って…シルクさんの地道な看病があっての結果でもあるんですからね」
「勿論分かってるよ~」
ミュスカからの指摘に苦笑いを浮かべながら、グレイはすやすやと寝息を立てている子猫達に視線を向ける。
どちらも成人用の黒シャツをワンピースのように着用しており、食事の際は長い袖を捲っていたが今はだらんと垂れ下がっている。
小さい身体に対して大きすぎる服装だが、子猫達は満足そうに安心した表情であった。
「そのシャツってもしかしてシルクの?」
「はい、私のシャツです」
「シルクって白以外のシャツも持ってたんだな…」
「仕事内容によっては黒を着る時もあります。暗闇に溶け込めたり、汚れが目立つようなことをする時は重宝しています」
暗闇は納得するが、汚れが目立つようなこととは…とグレイ達の脳内で物騒な予想が立っていく。
普段の魔物討伐の際でも白シャツで器用に立ち回り、ほとんど汚れをつけずに済ませているというのに、それよりも更に汚れるような仕事内容があるのか。
そしてそんな黒シャツを子猫達に着せて大丈夫なのか?とつい心配になってしまう。
「人の姿に戻ると同時に施設で着ていた服装に戻っていたんですが、それが白に近かったのと…白だと白衣と関連付けてしまいそうな気がしたので黒にしたんです」
「そういうことか…まだ白衣に見慣れるのは難しいのかなぁ」
グレイは未だに子猫達の前では白衣を着れていない。
伊達眼鏡に関しては何とか慣れてもらえたが、重要なアイデンティティである白衣もそろそろ慣れてほしいと切実に願っていた。
トラウマはそう簡単に拭えないのは承知している為、何とも複雑な気持ちでグレイはぐぬぬと唸らせる。
「でも、白だから何でも嫌というわけではないと思うんです。汚れていた髪を綺麗にすると、嬉しそうにしていましたから」
シルクは子猫達の白く柔らかな髪を優しく撫でる。
猫の姿のままでいる時は体力を大きく消耗しやすい入浴は避け、ブラッシングで汚れを落としていた。
当初よりは汚れは落ちていたものの、人の姿になると汚れが鮮明に分かるようになったのと、体力が回復しつつあることからシャワーを決行したのだ。
最初はやはりお湯に触れることに抵抗していたのもあり、シルクも一緒にシャワーを浴びることで何とか身体を綺麗にすることができた。
それで朝からシャワーを浴びていたのかとミュスカは納得する。
シルクの丁寧な洗髪の甲斐があってか、腰辺りまで長い髪は艶が出ている。
これには洗うだけでなく乾かすのも大変だっただろうが、それを一人でこなしてしまうシルクの行動力には頭が上がらなくなりそうである。
シルクが頭を撫でていると、白くふわふわな猫耳がぴくりと動いてから二人は目を覚ます。
そのままシルクの方へと視線を向けると、嬉しそうに頬をシルクの身体に押し付けてはすりすりとこすりつけだした。
「…くすぐったいです」
「シルクったらモテモテだねぇ。ティピック君やウィン君が見たら嫉妬しそうだよ」
「ウィンに関しては確実にそうだろうな…ティピックはまぁ…うん」
シャロンは苦笑いを浮かべながら言葉を濁す。
そこでシルクは何かに気付いたかのようにはっとした表情を浮かべた。
「そうでした、ティピックさんに報告しないといけませんでした」
「お、じゃあ写真撮ろうか?」
グレイの提案に、シルクは子猫達の方を見てから悩むように首を傾げさせて視線を斜め上に向ける。
「…この姿のままで撮るのは何だかこの子達に申し訳ないです。ちゃんとした子供服を準備していれば良かったです」
「急だったし仕方が無いんじゃねぇの…?」
「私、これが良い」
「私も、これ好き」
「二人はこう言っちゃってるよ?」
「…本当に良いの?」
子猫達はこくりと縦に頷き、シャツの袖をくんくんと嗅いでは満足そうに笑みを零す。
シルクの匂いがして安心しているようだ。
しかしシルクは眉を下げながら、さらりと爆弾発言を零した。
「シャツは良くても、下着は早急にどうにかしないといけません…」
「……え」
グレイ達はぴしりと固まる。
子猫達はそれぞれ首を傾げさせ、きょとんとしていた。
「え、もしかして二人って今何も履いてない!?」
「ショートスパッツを履かせています。ですが獣人用では無いので尻尾を通す穴が無くて、無理矢理穴を開けたのを使っているので長持ちはしないかと」
「…それも一応シルクのなんだよな?」
「はい、そうです」
シルクは無表情のまま淡々と答える。
即興で仕方が無いと言えど、自身の衣服に容赦なく穴を開けるとは、とシャロンは頭を抱えそうになる。
「獣人用の衣服かぁ…街に行けば見つかると思うけど、規模で言えば少ない方かもね」
「成人用なら見かけたことがありますけど、子供用のは見たことが無いかもしれません…」
「…ティピックさんにそういったツテが無いか確認してみます」
シルクは直ぐティピックにメールを送信する。
その数分後に返信が届き、シルクは直ぐ内容を確認した。
【もしや人の姿に戻ったのかな?アマレット君がファッション系に詳しくてね、獣人族用のものも大丈夫だと言ってるよ。出生地についてまとめた情報を渡すついでにそっちに伺いたいって言ってるけど…それでも大丈夫かい?】
シルクは内容を数秒凝視し、ちらりとグレイ達に視線を向ける。
無表情ながらも固い表情をしている為、グレイ達はどうしたのかと首を傾げさせる。
「…ツテは見つかりました」
「早っ!流石だな…で、何か含みがありそうな様子だけどどうしたんだ?」
「此処に伺いに来ることになりそうです」
「…それってシルクさん的に大丈夫なやつなんですか?」
「……その時だけ狐面をつけさせて頂きます」
ほんの数秒だけ素顔を見られてはいるけど、と心の中で冷や汗を流しながらそう答える。
その直後、再びスマートフォンが振動したため画面を確認すると、シルクは安心したように軽く肩を落とした。
「どうやらティピックさんも一緒に来るようです」
シルクにとっては安心することであったが、グレイ達はその言葉を聞いた瞬間、再びぴしりと固まっては背後で稲妻が走るような衝撃を覚えていた。
遂に来やがったか、とミュスカとシャロンは引き攣った表情を浮かべながらそう考えたのであった。




