162. 人の姿
早朝、睡眠から目覚めたシルクはぼんやりとした思考回路の中、とある違和感を覚えていた。
子猫達を保護してから一週間の間、シルクが眠る時は必ずと言って良い程、子猫達はシルクの顔の真横で身体を丸くさせて一緒に眠っていた。
その為眠る時は普段よりも顔周りが温かく、それがまた丁度良い温かさなのもあってシルクは問題なく睡眠をとれていた。
寝起きも子猫達はシルクにぴったりくっついた状態で丸まっており、起き上がろうと身体を動かすと同時に目を覚ましては一緒に起き上がって伸びをする、という日が続いていた。
しかし今日はそんな日々とは違う点がいくつかあった。
まずは真横にある筈のふわふわな毛の感触が無い。
まさか先に起きてベッドの下に落下していないだろうかと、一瞬戸惑うように目を見開かせる。
そのまま起き上がろうとするも、身体が動かない。
具体的に言えば、両腕に何か重りがついているかのように動けなくなっている。
しかもお腹や太腿辺りも、ずしりと何かが乗っているような感触がある。
金縛りだろうかと考えるも、顔を横に動かすことができてほっと息をつく。
しかし次の瞬間、シルクの視界に映った光景に再び目を見開かせた。
白い物体がシルクの両腕をそれぞれ固定するようにのっており、よく見ると人の頭であった。
腕を軽く動かすと毛布がもそりと動き、中から小さな子どもの手が出てきてはシルクの着ている寝間着の胸元辺りをきゅっと握る。
そのままシルクのほうにすり寄り、白く長い髪がさらりと僅かに動き、寝顔が露わになる。
幼く可愛らしい女の子が二人、シルクに寄り添った状態で眠っている。
頭には猫耳が生えており、ぴくりと動いてから二人は閉じていた目をゆっくりと開かせた。
「…おはよう」
シルクは驚きながらも、二人に向かって朝の挨拶をかわす。
二人は眠そうに目を細めてぼんやりとしていたが、互いの姿を見ては耳をピンと立たせ、驚いたように目を丸くさせる。
そのままがばっと起き上がっては自身の身体をぺたぺたと触ったり、手を開いて閉じてを繰り返したりと忙しなくさせる。
シルクがゆっくりと身体を起こしたことで、二人は動きを止めてシルクを見つめた。
「身体、何処も痛いところは無い?」
「…無い」
「…痛くない」
久しぶりに人間として言葉をかわしたからか、二人は互いに耳を動かしては顔の形を確かめるように手で頬を触ったり軽くつねったりしていく。
若干興奮状態なのか、毛布からはみ出している長い尻尾の毛が軽く膨らんでいた。
「人の姿に戻れるようになったね…良かった」
シルクは安心するようにふわりと笑顔を浮かべ、二人の頭を優しく撫でる。
直後、二人は飛び付く勢いでシルクに抱き着いた。
その勢いのままシルクは後ろに倒れてしまい、ぼふりとベッドが音を立てる。
それでもシルクはそれぞれの背中に手をまわし、そのまま優しく撫でた。
――
――
朝の6時30分頃。
ミュスカは珈琲を淹れ終えてから時計を確認し、以前もこんなことがあったようなと考えては首を傾げさせる。
いつもならシルクが起きて来る筈なのに、まだ来ていない。
以前は気絶していたことで大騒ぎした為、まさかと一瞬胸をざわつかせる。
しかしシルクは睡眠は毎日しっかりとると宣言し、あの気絶騒動からは一度も気絶していない。
今は子猫達の保護もあって仕事は一切引き受けない状態である為、外出することはまずないだろう。
それなのに何故食卓に来ないのか。
また何かあったのだろうかと不安になり、ミュスカはシルクの部屋へと向かうことにした。
三階へと上り、シルクの部屋の前に立ち止まる。
軽く扉を叩いてから声をかけた。
「ミュスカです。シルクさん、起きてますか?」
「…はい」
シルクの声が聞こえ、ミュスカはほっと安心する。
しかし安心した表情を浮かべたのも束の間、扉が開くと驚いた表情を浮かべることになった。
中から出てきたシルクは髪が濡れており、肩にタオルをかけていた。
ふわりと洗髪剤の良い香りが広がり、シャワー後なのだと直ぐに理解する。
「あ…すみません、まさかシャワーの後だったとは思わず…」
「……優しい眼鏡のミュスカ?」
シルクの背後から女の子の声が聞こえ、ミュスカは驚いたように目をぱちくりとさせる。
そのままシルクの背後へと視線を向けると、見知らぬ女の子が二人、しかも瓜二つの見た目で立っていた。
同時に、余計に言葉を付け足したような名前の呼ばれ方に気付いては眉を顰めさせる。
「…もしかして、あの子猫達ですか?」
「はい。朝起きた時には人の姿に戻っていました」
二人は着ている衣服の匂いを嗅いでは、嬉しそうに笑顔を浮かべて互いに顔を見合わせている。
その衣服は成人用の黒いシャツで、白い髪に黒いシャツという対照的な色合いだが、互いの色が引き立って見える。
ただシャツの大きさからして、二人にとってはワンピースのようなスタイルになっており、袖は捲り上げていない為、袖の途中から袖口までがぶらんと垂れ下がっている状態だ。
「もう朝食の時間ですよね、直ぐに向かいます」
「朝ごはん!」
「ミルク!」
二人は耳をピンと立たせ、元気に声を上げる。
食欲旺盛さが増してきているのはミュスカも知っている為、その元気さが言葉としても分かるようになったのが嬉しく思えた。
「準備してますのでいつでも食べられますよ。…シルクさんはまず髪を乾かしてくださいね」
「あ…忘れてました」
シルクの無表情ながらもはっとした様子に、ミュスカはつい苦笑いを浮かべそうになる。
子猫達に先に食卓に向かうか確認をとるも、シルクと一緒にいたいと即座に宣言されてしまう。
言葉が分かるようになると、シルクへの懐きぶりも更に分かるようになったなとも考えながら、ミュスカは先に食卓へ戻ることになった。




