158. 警戒心の解き方
翌日、ミュスカは情報量の多さに頭を抱えそうになっていた。
いつものように朝食の準備を進めていると、シルクも食卓にやって来たことで挨拶を交わした。
しかしいつもと違う光景…シルクの両肩に子猫がちょこんと乗っている光景に目を丸くさせてつい固まった。
「おはようございま……シルクさん、その肩に乗っている子猫は一体…?」
「おはようございます。昨日の仕事関連で一時的に保護することになったんです」
無表情のまま淡々とした様子でそう語るが、時々子猫達の方に軽く視線を向けたり、肩から落ちないように体勢を直したりと気を配っている。
子猫達はシルクにしっかりとくっついており、指で顎下を軽く撫でられると気持ち良さそうに喉を鳴らして目を細めた。
「そ、そうなんですね…。もしかして冷蔵庫に入っていたミルクってこの子達用のものですか?」
「はい、これから温めます」
シルクは棚から小鍋を取り出し、冷蔵庫から取り出したミルクを注いで火をつける。
その最中でも子猫達はシルクから離れず、ずっと喉を鳴らしてミルクが温まるのを待っていた。
ゴロゴロ、ゴロゴロゴロ…とシルクの耳元にエンジン音並みの音が響き渡るも、シルクは平然とした様子である。
「物凄い音ですね…耳元大丈夫ですか?」
「大丈夫です。寧ろ安心してます…昨日はここまで元気ではなかったので。でも、まだ完全に体力が戻っている訳では無いので、油断はできません」
シルクの声と子猫達のゴロゴロ音が重なって聞こえてしまい、ミュスカは苦笑いを浮かべた。
ふと片方の子猫とミュスカの視線が合うと、子猫は喉を鳴らすのを止めて背中の毛をふわっと逆立てさせた。
突然の子猫の行動にミュスカは目を丸くさせ、威嚇されたことに軽くショックを覚えてしまう。
シルクも目をぱちくりとさせ、何かを考えるように視線を斜め上に向けてから、とあることを思い出させた。
「…ミュスカさんは眼鏡を外すのは難しいですよね」
「え…まぁ、はい。これが無いと酷い時は頭痛に襲われますので。…眼鏡がどうかしました?」
ミュスカが普段から眼鏡をかけているのは、視力が悪いからではなく、逆に視力が良すぎるからである。
眼鏡をかけずに過ごしていると、見えすぎるが故に目が疲れてしまうのだ。
いざという時はその視力を利用する為に眼鏡を外すのだが、それは一時的なものである。
突然眼鏡についての話題を触れられたことにミュスカは疑問を浮かべていると、そこにグレイとシャロンもやって来た。
「おはよう二人とも~、子猫達もおはよ~」
「あ、おはようござ……先生どうしたんですか!?」
ミュスカはグレイの姿を見て驚愕する。
いつもなら白衣に伊達眼鏡スタイルであるのに、今日はそのどちらも着用していないのだ。
何故だという訴えを視線で感じ取ったのか、グレイは欠伸を交えながらミュスカに説明する。
「白衣と眼鏡は仕方が無くと言うかねぇ…子猫達を暴走させない為なんだよ。僕のアイデンティティが一時的にだけど失われちゃったのさ…」
「普段から見慣れ過ぎてるせいで、一瞬先生じゃない誰かかと思うよな」
「流石に僕は僕だから見失わないでくれよ…?」
シャロンの冗談交じりの言葉にグレイはつい突っ込みをいれる。
ミュスカは目を丸くさせたままグレイを凝視するも、そこでシルクが眼鏡について聞いて来た理由はまさかと察した。
「…詳しい理由は朝食の後にさせてください」
――
――
そうして朝食が終わり、事情を聞いたことでミュスカは頭を抱えそうになっていた。
子猫達は獣人族で、魔力が不安定なことで人の姿には戻れない状態であること。
違法な実験を繰り返していた施設者のせいで、白衣を身に付けている者はすべて敵だと認識していること。
そして同時に、眼鏡を着用している者も敵として認識してしまっていること。
施設者達が実験を行う際に防護用の眼鏡を着用していたことで、それに似た形状をしている眼鏡全般も同様に見えてしまうようだ。
「じゃあ僕はこの子達にはあまり近づけませんね…流石に眼鏡無しで過ごすのは僕には厳しいことですから」
ミュスカはシルクの腕の中で包まっている子猫達に視線を向け、残念そうに眉を下げてそう呟く。
朝食中、子猫達は床に敷かれたラグの上でミルクを飲んでいたのだが、その様子をミュスカはちらちらと視線を向けていた。
必死にミルクを飲む様子やお腹をいっぱいにさせて満足するように目を細めている様子を見ては、癒される気持ちに満たされていた。
しかし目が合っては警戒するように毛を逆立てられたのを思い出し、少々悲しい気持ちになってしまう。
「そんなに落ち込まなくても大丈夫だろ。先生なんか昨日白衣を着てたせいで物凄く威嚇されてて、下手したら攻撃を喰らわされてたかもしれないんだぜ」
「あれには流石に驚いたよ…でもずっと白衣を着ずに過ごすのは僕にとっては不服だよ」
「この子達の前でだけは白衣を脱げば良いんじゃないですか?」
「えぇ~…一々脱ぐのは面倒だよ。ねぇシルク、どうにかならないかな?」
シルクは子猫達に視線を向けてから、考えるように数秒目を閉じる。
これまでのトラウマをそう簡単に塗り替えることはできないものだ。
しかし何もやらないでいるよりは、何かしら行動した方が可能性が生まれるものでもある。
「…何とか説得してみます」
シルクは立ち上がり、ラグの上に子猫達を優しくのせる。
子猫達は突然シルクの腕から離れたことに戸惑うように身体を動かすも、シルクが異言語魔法を発動させて語りかけてきたことで動きを止めた。
「君達に紹介したい人がいるの」
「みー?」
一匹は首を傾げさせながらシルクを見つめる。
そんな仕草に、少し離れたところで見守っているグレイ達は軽く表情を緩ませていた。
まずはシャロンが呼ばれ、シルクの隣に来てからゆっくり身を屈める。
「こちらシャロンさん。魔法学校に通う学生で、頭脳明晰で心優しい人だよ」
「…お、おぅ。よろしくな」
シャロンは照れるように視線を逸らしつつ、子猫達に軽く挨拶をかわす。
すると子猫達はみゃーみゃーと声を上げだす。
何を言っているのかはシルクにしか分からない為、シャロンはシルクに視線を移して翻訳を促した。
「…よろしくと言ってます」
一瞬シルクの表情が固まったように見えたのが気になったが、次の紹介の為に立ち上がってミュスカと交替する。
ミュスカは緊張した様子で子猫達に近付き、今だけは眼鏡を外そうかと手を顔にのばしたところでシルクが口を動かした。
「こちらミュスカさん。シャロンさんと同じく魔法学校に通う学生で、料理が得意で思いやりのある人…怖い人じゃないよ」
「……みぃ?」
「みー、みみぃ…?」
子猫達は背中の毛を少し逆立てさせていたが、シルクの言葉を聞いて首を傾げさせる。
するとシルクは縦に頷き、優しい表情で更に語りかけた。
「そう。優しい眼鏡の人」
「め、眼鏡の人…」
毛の逆立ちは治まるも、眼鏡の人と紹介されてしまったことにミュスカは複雑な気持ちになる。
シルクに悪気が無いのは理解しているし、これに関しては施設者達のせいだと割り切らせた。
背後からグレイの吹き出すのを堪えるような笑い声が聞こえた為、後で蹴りを入れる予定である。
「えっと…ミュスカです。よろしくお願いします」
眼鏡の人としてではなく、ちゃんと名前で認識してほしいという思いを込めて自己紹介する。
子猫達はミュスカに向かって鳴き声を上げ、シルクの方へ向くと目をぱちくりとさせていた。
「……優しい眼鏡のミュスカ、と言ってます」
「ぶふぉっ!…ちょ、痛い痛い!ごめんって!」
グレイが我慢できずに吹き出してしまい、ミュスカは静かに立ち上がってはグレイに向かって無言で蹴りを入れた。
子猫達には見えないようにシルクとシャロンがさり気無く割り込んだ為、子猫達ははてと首を傾げさせた。




