157. 二匹の子猫
最終的には任務は成功となった。
施設者は全員捕らえられ、被験者は全員無事保護され、それぞれ行くべき機関へと送り込まれることとなった。
しかし、被験者の一部…白い子猫二匹だけは別であった。
シルクと出会ってから二匹はシルクにぴったりとくっつくように離れなくなってしまい、それでもシルクは二匹を落とさないよう最後まで任務をこなした。
他の被験者と同様に保護施設へと送られる手筈だったのだが、シルクから引き離そうとすると二匹は全力で威嚇した。
違法な実験を繰り返されていたことで体力は限界であったのだが、実験内容についての情報を潜入中に得ていたアマレットは、暴走を考慮し今はシルクから無理矢理引き剥がさないよう提案する。
ティピックへの報告の際も子猫達はシルクの両肩にぴったりくっついており、シルクは普段通りの様子であったがティピックとウィンは初見で驚きと混乱を交えさせた。
報告に同行しているアマレットが事情を説明し、ティピックは苦笑いを浮かべ、ウィンは面白くないのか子猫に向かってジト目を向けていた。
その後シルクはアマレットから二匹についての情報を貰い、そのまま連れて帰った。
そうして現在に至る訳である。
話を聞き終えたシャロンは、人肌に温められたミルクを顔を突っ込むようにして飲んでいる二匹の様子を見ては、表情が緩みそうになるのを抑えてシルクに向き直る。
「てことは、この子達も獣人族…で合ってるんだよな?」
「はい。今は魔力の状態が不安定になっているので、十分に魔力が回復してからでないと人の姿に戻るのは難しいようです」
「成程なぁ…小さいし、子ども?」
「そうですね。情報では5歳と書かれていました」
シャロンは一瞬目を丸くさせてから二匹に視線を向ける。
子猫にしては痩せ細っており、真っ白で綺麗であろう毛並みはボロボロだ。
小さな身体で違法な実験を耐え続けていたのかと考えると、胸が痛むような感覚に襲われてつい表情をしかめてしまう。
シルクも普段の無表情と違って少々強張っており、実験に対する怒りが含まれているように伺えられた。
ミルクを飲み終えると、子猫達はシルクの方へと身体ごと向き直る。
顔を突っ込ませるように飲んでいた為、顔がミルクでべちゃべちゃになっていた。
そんな状態を気にしていないのか、施設にいた時と比べて大きめの鳴き声を上げながらシルクに近付いていく。
シルクは手にハンカチを持ち、ミルクで濡れた顔を優しく拭き取る。
子猫達は気持ち良さそうに目を細めており、拭き終わると直ぐシルクの腕をよじ登っていった。
完全に懐いている様子にシャロンは羨ましそうに見つめながらも、シルクなら当然だよなぁと納得してから軽く溜息をついた。
「一時的に保護って言ってたけど、どのくらいの期間になりそうなんだ?」
「この子達の魔力が安定するまでですね。身体のことを考えると、一般的な魔力回復の方法では逆に負担を与えてしまいますから…地道に少しずつ魔力を回復させていきます。なので暫くはこの子達に付きっきりになります」
「つまり未定ってことか…その間は仕事とかどうなるんだよ」
「無しになりますね。ティピックさんからは許可を得ています。念の為こまめに連絡するように、とも言われてますね」
シャロンはついティピックの不貞腐れている表情を想像してしまう。
暫くシルクと会えなくなるのだ。恐らく、いや絶対拗ねるに違いない。
我慢できなくなった頃にはアパートにやって来て、子猫達の様子を確認するという理由でシルクに会いに来るのではないか。
そう簡単に想像できてしまうことに、シャロンは引き攣った苦笑いを浮かべた。
「…あれ、電気がついてると思ったらシャロンも起きてたの?シルクはお帰り~」
そこに、ひょこりとグレイが顔を出した。
シルクとシャロンはグレイの声を聞いて振り向く。
「………みッ」
直後、シルクの肩に乗っている子猫の一匹が声を上げる。
もう一匹も気付いては身体をびくりと震わせ、二匹とも毛を逆立てさせた。
シルクは軽く目を見開き、しまったとでも言うように表情を強張らせてから、グレイに向かって早口で声をかける。
「博士、止まってください」
「え?え、どうしたの?」
グレイは突然の声掛けに驚きつつ首を傾げさせる。
流石に前に進まず足を止め、シルクの両肩に乗っている子猫達を見つけては更に頭上に疑問符を浮かばせた。
子猫達は毛を逆立てさせたまま、威嚇するように唸り声をあげている。
シャロンも突然のことに目を丸くさせるが、ふと違和感を覚えた。
子猫達から少しずつ、そして確実に大きく魔力が膨れ上がろうとしているのが伝わってくる。
シルクは異言語魔法によって子猫達の言葉が脳内で翻訳されていた。
『白い人!こっちに来ないで!!』
『もう痛いのは嫌!絶対に嫌だ!!』
今グレイは白衣を着ている。
形状は違えど、施設者達は全員白衣を着ていた。
それによって子猫達は、グレイを施設者の一人だと認識してしまったようだ。
両側から急激に魔力が上昇していくのを感じ取っては冷や汗を流し、シルクはすかさず子猫達の視界を覆うように手をかざす。
流石にグレイも異常を察したのか、身体を強張らせてから警戒態勢をとる。
しかしその直後、子猫達からの魔力は弱まっていった。
そのまま力無く脱力してしまい、肩からずり落ちそうになるのをシルクが直ぐに支えて受け止めた。
いきなり魔力を急上昇させたものの、体力が追い付かずに外側へと放散され、余計に魔力を消費してしまったようだ。
子猫達がゆっくりと息をしているのを確認し、シルクはほっと胸を撫でおろす。
「何だったんだよ今の…」
「…実験による代償と言うものでしょうか」
「びっくりした……もう近付いて大丈夫?」
グレイはゆっくりとシルク達に近付き、気絶するように眠っている子猫達を見ては眉を顰めさせる。
先程大きな魔力が感じ取られていたとは思えない程、寧ろ子猫達からはまったく魔力を感じ取られなくなっていた。




