156. 違法施設
とある森の中に、隠れるように存在している建造物がある。
そこが例の違法施設であり、依頼者は仲間を連れて身を隠しながら建造物を伺っていた。
指定の時間となると、依頼者の背後で霧が晴れるように、狐面をつけたシルクが姿を表した。
依頼者達は平然とした様子でシルクの姿を確認する。
「なるほどねぇ、そうやって身を隠して動いてるのね。通りでなかなかお目にかからない訳だわ」
「…よろしくお願いします」
シルクは軽く会釈してから、依頼者達と同様に建造物の様子を伺う。
一見普通の建造物に見えるが、森の中にひっそりと佇んでいることや、さっぱりとし過ぎて逆に異様にも感じてしまいそうだ。
「ハニーさんはどれくらいの期間、此処に潜入してたんですか?」
「アマレットで良いわよ。…約三ヶ月ってところかしら、本当嫌なところよ。情報を得る度に胸糞悪い気持ちになっちゃうし…あらごめんなさい、口が悪かったわね」
「姐さん大変だった」
「マレ姐は色んなとこを潜入するけど、今回は特に大変だったもんね。ちゃちゃっと終わらせちゃおうよ」
アマレットの隣にいる二人も秘密調査員である。
シルクをじーっと見つめ、一人はツンとした表情に対しもう一人は機嫌が良さそうににこにこと笑顔を浮かべている。
「自己紹介がまだだったね。私はアイリッシュよ、よろしくね何でも屋さん」
「…ヴィノ」
「…シルクです」
互いの簡単な自己紹介を済ませたところで、施設へ潜り込むタイミングがやってくる。
アマレットの肩に一頭の蝶が乗り、綺麗な羽をゆっくりと動かしてから再び瞬いて行ってしまった。
「丁度裏口付近の人手が少なくなったみたい、行くわよ」
アマレットも異言語魔法の使い手であり、潜入捜査中にも活用していた。
同様に異言語魔法を扱う者はなかなかおらず、シルクはほんの少しだけ親近感を覚えていた。
その後シルク達は静かに且つ素早く施設内に潜り込む。
途中でアイリッシュとヴィノ、シルクとアマレットの二手に分かれて行動し、身を潜めながら奥へと進んでいく。
数分後には施設内のブレーカーが落ち、施設者達は混乱する。
その隙をついて次々と施設者達を気絶させていき、シルクも体術を駆使しながら進んで行く。
目の前にいる三人の施設者を気絶させたところで、シルクは近くの扉に視線を向けた。
中から多くの気配を感じ取る。
事前にアマレットから聞いていた情報を脳内に蘇らせ、位置的に実験対象とされている獣人族達が集められている部屋の一つだと判断した。
扉を開錠するための鍵が無いのもあり、シルクは強行突破を決めることにする。
右手に嵌めている指輪から刀を召喚させ、躊躇いもなく扉に向かって切り込みを入れた。
そのまま扉は綺麗に破壊され、部屋の中が露わになる。
「ひぃッ…な、何なんだお前は!?」
真っ暗な部屋の中、施設者の一人がシルクを見ては怯えた表情を浮かべる。
シルクは狐面の下で目を見開かせた。
『怖い、怖いよ』
『痛い…苦しい……』
『死にたくない死にたくない死にたくない』
真っ暗な部屋の至る所から声が聞こえる。
どれもか弱く、震え、痛々しい悲痛な声。
異言語魔法によってシルクの耳元から脳内へと、声が注ぎ込まれてくるようだった。
違法な実験を繰り返されている。
その言葉を聞いた時もそうであったが、実際に現状を目にしたことで再び冷たい感情が露わになる。
狐面をつけていると言えど、目元から伺えられる瞳は暗く冷たく、静かな怒りが込められていた。
そんな視線をぶつけられたのもあってか、施設者はかたかたと身体を小刻みに震わせている。
それでも反撃の気持ちは残っているようで、シルクに向かって魔法を繰り出そうと手を上げようとした。
しかしそれよりも早く、シルクが施設者の足元に拘束魔法の魔法陣を浮かび上がらせる。
施設者は拘束されて身動きが取れなくなり、シルクの手元に潜まされていた睡眠効果のある魔法薬で眠らされてしまった。
施設者が眠ったのを確認してから、シルクは顔を上げてとある方向に視線を留める。
檻に入れられている、小さな身体を震わせ身を寄せ合っている二匹の白い子猫。
本来毛並みは真っ白なのだろうが、所々赤黒く汚れており、雑に包帯が巻かれていた。
他にもいる被験者達も同様なのだろう、室内は薄っすらと鉄っぽい臭いが充満している。
「…酷い怪我」
被験者を見つけたら安全確保を優先する。
事前に打ち合わせしていた通りならば、先に気絶している施設者を部屋から出すべきだったのだろうが、シルクはそれよりも先に治療を選択した。
既に眠っている施設者が直ぐに目を覚まさないことや、部屋の外から更に別の施設者がやって来る気配が無かったというのもあるが、どちらにせよ直ぐ頭の中で浮かんだ言葉が「治療しなければ」であった。
周りの状態をこの目でよく確認する為にも、一時的に狐面を外して辺りをぐるりと見渡す。
異言語魔法で言葉を感じ取れたのは意識を保てている者だけであり、更にそれ以上の数の被験者がいるのを確認する。
次々と回復魔法を施していき、治療を終えたところでようやく施設者を浮遊魔法で浮かせた。
「一旦此処に魔法障壁を貼るから、皆は此処で待ってて。また直ぐに助けが来るから安心して」
異言語魔法を発動させ、意識を保っている者達に向かって言葉をかける。
そうしてシルクが次の部屋へと向かおうとした時だった。
『…ま、待って』
弱々しく小さな声だったが、シルクの耳にしっかりと届く。
声がした方へ振り向くと、最初に回復魔法を施した白い子猫と目が合った。
『待って…置いて、行かないで…』
二匹のうちの一匹が目を開け、懇願するように訴える。
回復魔法を施す為に解錠した檻から、ふらつきながらも出てこようとする様子にシルクは目を丸くさせ、直ぐ子猫に近寄る。
その際に施設者を放り投げるように床に落下させてしまったが、睡眠薬の効果もあって起きることは無かった。
「まだ動ける身体じゃない。直ぐに助けがくるから、此処で待って…」
『置いて行かないで…一緒に、傍にいて……お願い…』
子猫は震えながらシルクの差し出した手にしがみつく。
もう一匹の子猫も手探りで身体を動かし、シルクの方へよたよたと近付いては同様に手にしがみついた。
シルクは改めてぐるりと室内を見渡す。
回復魔法を施したと言えど、他の被験者達は皆ぐったりとしており、意識を保っていても動く気力は無いように伺えられる。
そんな中で唯一身体を動かせているのは、目の前の二匹の子猫だけであった。しかし限界に近いのには変わらない。
別の部屋に閉じ込められているであろう他の被験者達の安全確保へまわるにせよ、残りの施設者と遭遇する可能性は十分ある。
そのような状況の中でこの子達を連れて行く訳にはいかないのだ。
しかし二匹はシルクの手にしがみ付いて離れようとしない。
浮遊魔法で手から離そうと考えるも、震えた身体で必死にしがみつく様子に心が揺らぎそうになる。
それと同時に、気になる点があった。
「見つけた!一通り施設の人達を取り押さえられたわよ、そっちは無事……」
そこにアマレットが駆け付け、振り向いたシルクを見ては驚いたように目を丸くさせた。
シルクは目をぱちくりとさせてから、今狐面を外していることに気付く。
浮遊魔法で狐面をつけ直してから、子猫達を手に乗せた状態で立ち上がった。
「この部屋の被験者達に、簡単にですが回復魔法を施しました。まだ全員ではないので他の部屋にもまわります」
「…分かったわ。直ぐ近くの別の部屋にいる筈よ、行きましょう……その子達はどうするの?」
「……責任持って連れて行きます」
アマレットは子猫の様子をじっと見てから、軽く溜息をつく。
二匹はシルクの手の中で身を寄せ合って包まり、安心するように目を閉じていた。




