155. 潜入と救出
アパートの玄関ドアが開き、仕事終わりのシルクが入ってくる。
時刻は深夜近くだが、グレイ達にはあらかじめ帰りが遅くなることを伝えていた。
シルクは足音を立てないよう、静かに食卓の方へと向かっていく。
部屋の電気をつけると、暗がりがパッと明るく照らされる。
冷蔵庫を開けるとシルクの夕食が目に入るが、それには手を伸ばさず、逆にポシェットからとある物を取り出して冷蔵庫の隅に入れた。
同じ物を更にポシェットから取り出すと、それはテーブルの上に置き、棚から小鍋を取り出す。
「あれ…シルク?」
突如声をかけられ、シルクは動きを止めてからゆっくり振り返る。
声をかけたのはシャロンで、寝巻きのまま眠たそうに目を細めていた。
「ただいま戻りました」
「おかえり。今日は遅かったな…てかなんでフードを被ったままで……?」
シャロンの言う通りシルクはフードを被っていた。
眠い目を擦り、眉を顰めながらシルクを凝視する。
もそり、とシルクの顎辺りのフードが動く。
よく見ると白い物体がシルクの両肩に乗っているではないか。
先程まで眠たそうにしていた目を大きく見開かせ、シャロンは驚いた表情で固まる。
シルクは無表情のまま、いつものように淡々とした様子で口を動かした。
「一時的に保護することになりました。これからミルクを温めようとしていたところです」
シルクの首元に擦り寄るように身を縮こませているのは、二匹の小さな白い子猫。
部屋の明かりが眩しいのか、どちらもギュッと目を閉じていた。
――
――
時は朝に遡る。
裏魔法教会に足を踏み入れたシルクは、狐面をつけた状態でソファに座っていた。
「…というわけで、ようやく今回の標的となる実験施設に辿り着いたの。明らかな違法施設であることは間違いないわ。これ以上被害を拡大させない為にも、早急に対処する必要がある…協力してくれるわよね?」
「承知しました」
対面するように座っている依頼者に、シルクは淡々とした様子で返事をする。
その様子をロッキングチェアから伺っているティピックは、真剣な表情で今回シルクが引き受ける依頼書に視線を移した。
依頼内容は潜入兼救出である。
とある施設で違法な実験が行われており、その施設者全員を取り押さえるのと、被験者を救出するのが今回の目的だ。
シルクの前にいる依頼者は秘密調査員の一人で、長期間の潜入捜査の中で情報収集を行っていた。
違法となる研究内容データは既に収集されており、あとは首謀者の特定と、捕らわれている被験者の救出を行う必要があった。
被験者の数もそうだが、施設者の数も少ないものではない。
そこで何でも屋であるシルクにも協力を仰ぎたい、と声がかかったのである。
「施設者の情報も大体手に入れてはいるけど、首謀者らしき人物が施設にいるかは怪しいところなの。直接情報を吐かせる為にも、施設者は必ず全員捕らえるわ。潜入した感じ、彼等は自滅するような度胸は無さそうだったけど、念には念をね…私も手速く済ませるようにするわ」
依頼者は狐面をつけて素顔が分からないシルクに、真剣な眼差しをぶつけながら言葉を続ける。
探りを入れているような視線でもあるが、シルクにとっては慣れていることであった。
「貴方には、始めは私達と同様に施設者達を取り押さえて欲しいの。その最中に被験者を見つけたらそっちの安全確保を優先して。施設者達の取り押さえが終わったら、私達も続けて救出に向かうわ。…これが被験者達のデータよ、目を通しておいてね」
シルクの前に分厚めの封筒が手渡される。
封を開けて中の書類を確認していき、シルクは狐面の下で表情を固くさせる。
被験者は皆、獣人族に部類される者達であった。
獣人族に対する違法な実験。
爪や体毛の採取に留まらず、身体の一部や魔力を無許可で採取する、魔力を違法な方法で注ぎ込むといった実験が繰り返されていた。
獣人族に留まらず、魚人族や妖精族も実験の対象として扱われる場合もある。
ティピックは普段のような笑顔を浮かべず、ずっと固く真剣な表情だ。
「貴方は異言語魔法を扱えると聞いているわ。扱える範囲はどのくらいかしら?」
「…この事務所一室の広さくらいの範囲内であれば、全てを対象として翻訳されます」
「本当に?…となれば相当な手練れね。扱えても1体ずつじゃないと厳しいっていう人がほとんどなのに」
広々とした事務所内をぐるりと見渡してから、依頼者は目を丸くさせてシルクを見つめる。
変わらず警戒しているようにも伺えられるが、シルクも変わらず狐目の下では無表情である。
「…それじゃあこの後は現地集合ね、今日はよろしく」
「はい、よろしくお願いします」
そうしてシルクは先に立ち、依頼書を手にしてティピックとウィンに軽くお辞儀をしてから事務所を後にする。
扉が閉め切ったのを確認し、依頼者は軽く溜息をついてからティピックに視線を向けた。
「何でも屋の噂は軽く耳にしていたけど、相当な魔力ね。…ティピック、あんたずっと何でも屋のことを隠してたでしょ」
「隠してただなんて。偶々予定が合わなかっただけだろう」
ティピックは営業スマイルに切り替わって返答し、それに対し依頼者はジト目になる。
予定が合わなかったというのは完全にティピックの仕業であり、理由としてはシルクの噂を余計に広めさせない為と、他人との接触を避けさせる為である。
しかし今回は依頼者からの強い要望と違法実験施設から入手した情報内容を踏まえ、シルクへ依頼を持ち掛けることとなった。
「今回の依頼はだいぶ厄介な情報が含まれていたからねぇ…早急に対処すべくシルク君に声をかけたまでさ。日々忙しいスケジュールの中で協力してくれるシルク君には感謝だねぇ」
「何だかわざとらしく聞こえるのは気のせいかしら?そもそもスケジュールを組んでるのはあんただろうし…相当あの何でも屋を気に入ってるみたいじゃない。重い人は嫌われるわよ」
「ふふ、社長ったら言われてますよ」
「いやウィンちゃんも相当よ?他の人と比べて明らかに対応の差があったじゃない?」
「あら、私にとってシルク様は特別ですので当然でございます」
「…隠す気も無いなんて清々しいわね」
ウィンのけろっとした返答に、依頼者は項垂れるようにして溜息をつく。
ティピックは依頼者の言葉をスルーするように、提供された資料に視線を移していた。
複数の被験者データを流し読みしていき、軽く目を伏せてから資料を仕事机に置く。
「兎に角、依頼についてはよろしく頼むよ。裏で厄介なことが起こっていなければ良いんだけどね」
「具体的なことは、取り押さえた施設者達からしっかり隅々まで吐いてもらうわ。そろそろ私も向かうわね…あぁ、それと」
依頼者はソファから立ち上がり、興味深そうな視線をティピックに向けては笑みを浮かべた。
「何でも屋…シルクちゃんだっけ。あんたが隠してしまう程の実力をこの目でしっかりと見させてもらうわ」
「…あくまでも今回は特別にだよ。せいぜい度肝を抜かれないようにね?」
「あらまぁ随分と自信があるようね、期待しちゃうわ。それじゃあね〜」
そうして事務所内にはティピックとウィンが残る。
ティピックは溜息をつきながら不貞腐れたように頬杖をついた。
「…シルク君に余計なちょっかいをかけたらどうしてやろうかな」
「社長、怖い顔をされていますよ」
ウィンにジト目を向けられ指摘されるも、ティピックは変わらずむっとした表情で扉を見つめていた。




