小話4. 甘い時間 2
シルクは仕事へ向かう為に身支度を整えていた。
部屋を出て階段を下りていくと、途中でグレイと会う。
「シルクはこれから仕事?」
「はい。今日は裏魔法協会での仕事になります」
裏魔法協会で、という言葉にグレイはぴくりと肩を動かす。
以前にもシルクは裏魔法協会事務所で書類整理などの手伝いをしたことがあり、今回も同様に書類整理を行うのだろうと考えていた。
そして同時に、その日は沢山のお茶菓子でお腹をいっぱいにさせて帰宅してきたのを思い出す。
丁度今の時刻は昼時前。シルクが朝食を食べ終えてから時間はそれなりに経っている。
「念の為に聞いておくけど、今日の夕食はどうする?」
「……一応少なめでお願いします」
グレイの問いかけの意味を理解したのか、シルクは無表情ながらも悩むように視線を斜め上に向けてからそう返答する。
「了解、ミュスカにはそう伝えておくよ。お仕事頑張って~」
「はい、行ってきます」
そうしてシルクはアパートを後にする。
ポシェットから箒を取り出し、魔力を込めてふわりと浮かんでは速度を上げて飛んだ。
存在感を消した状態で魔法協会に入り、人と人の間をすり抜けるように中を進んでは裏魔法協会へと繋がる扉へと向かって行く。
扉を開いて階段を下り、更に見えてくる扉の前に立っては狐面を外し、存在感を消す魔法薬の効果を消してから扉を優しく叩いた。
「シルク様、お待ちしておりました」
扉が開けばウィンが笑顔で出迎え、シルクはウィンの後をついて行く。
視線の先では書類と睨めっこしているティピックがおり、シルクが来たことに気付いては顔を上げてふわりと笑顔を浮かべた。
「待っていたよシルク君、今日もよろしく頼むよ」
シルクは目をぱちくりとさせる。
ティピックの前にある仕事机には大量の書類が山積みになっており、更に別のテーブルにも同様の書類の山が出来上がっていた。
依頼書だけでなく、魔物についてファイリングされた冊子や依頼に関する魔法植物のデータ集など、兎に角大量の書類で圧を感じてしまう。
これはまたやりがいのある書類整理だな、とシルクは静かに覚悟してから前へ進んだ。
――
――
「シルク君がいると書類整理が早く進むから本当に助かるよ。まさか至急で提出を要求されるものが出るとは思っていなかったから、当初はどうなるかと思っていたけど…無事全て期限内に提出できそうだ」
「データ整理も同時進行で手伝ってくださりありがとうございます。社長がデータを雑に整理されますから、探し出すのが大変だったんですからね?」
「はは、今後は気をつけるから許してくれ」
数時間経過し、書類整理は無事終了する。
ちなみに作業時は前回同様にティピックもソファに座ってシルクの真正面にいた。
近くにいれば直ぐに声をかけて質問などしやすくなる為、効率を重視しているのだろうなとシルクは軽く考えていた。
実際書類整理は滞りなく進み、書類で山積みだったテーブルの上は今はいつも通り何も置かれていない状態である。
しかし、この後テーブルの上は再び埋め尽くされてしまうことになる。
書類の山という圧を感じるものではなく、華やかさを感じられるものであり、シルクはまた目をぱちくりとさせた。
「長時間頭をフル回転させたことですし、休憩に入りましょう!本日も色々と用意させて頂きました!」
ウィンが嬉しそうにシルクに語り掛け、目の前に淹れたての珈琲を置く。
シルクの目の前には様々なお茶菓子が準備されており、しかも前回とは違った内容のものばかりだ。
夕食は少なめではなく無しでと伝えるべきだっかもしれない、と心の中で呟く。
「今テーブルにありますのは、左からカヌレ、メレンゲクッキー、ダックワーズ、生チョコ、ブラウニーでございます。タルトも持ってきますので少々お待ちください!」
甘い物が大好きなウィンが張り切って準備したんだろうと思うと微笑ましくなるのだが、やはり量が多い。
更にタルトもあるのかと胃のことを考えれば覚悟しそうになるのだが、目の前にあるお茶菓子を見るとどれも美味しそうでキラキラと輝いて見えてしまう。
「どれか気になるものはあるかい?」
「どれも美味しそうなので、どれから食べようか迷ってしまいます」
「ふふ、私はチョコレート系をお勧めしようかな。特にその生チョコは食べやすいんだよね」
シルクは添えられているピックで生チョコを一つ刺し、かかっているココアパウダーが落ちないよう手を添えながらぱくりと口に含む。
軽く目を見開かせてからゆっくりと目を閉じ、チョコレートの程良い甘味を堪能する。
「…美味しい」
ついぽつりと小さく呟くと、ティピックが嬉しそうに笑みを浮かべながら見つめているのに気付く。
「そう幸せそうに食べているのを見ると、何だか私も嬉しくなっちゃうね」
幸せそうな顔と言われてつい頬に手を添えてしまう。
これまでは無表情でいることが多かったが、最近は感情が顔に出るようになってきていることに、シルク自身も驚きつつ嬉しさを感じている。
ティピックも生チョコを一つ食べてから珈琲を飲み、ほっと息をついて珈琲カップをテーブルに置いた。
その様子を見てシルクは、素直に思ったことを口にする。
「ティピックさんも幸せそうです」
「そうかい?…シルク君がいるからかなぁ」
シルクはきょとんとした表情を浮かべるも、それだけ信頼されているのかと考えては胸が温かくなる。
無意識にふわりと笑顔を浮かべたことでティピックは一瞬固まり、シルクの笑顔につい見惚れてしまう。
そこでウィンが二つの箱を手にしてやってくる。
宣言通りタルトが入っているのだろうが、二箱もあるのかとシルクは心の中で苦笑いを浮かべる。
そして箱のデザインを見ては目を丸くさせた。
「こちらは人気な洋菓子店に売られているタルトでございます。ホールではなく小振りなものですが、種類が豊富でどれも美味しいですよ。人気なフルーツタルトも絶品ですが、私はこのベリータルトをお勧めします!」
ウィンが丁寧にタルトを皿に移していき、テーブルの上は更に華やかになる。
その中に含まれるフルーツタルトにはシルクにとって見覚えがあり、更に味を知っているものであった。
「…此処のフルーツタルト、確かに美味しいですよね」
「あら?既に食べられていたのですか!」
ウィンは驚くと同時に嬉しそうに笑みを浮かべながらそう尋ねる。
シルクは珈琲を一口飲んでからこくりと縦に頷いた。
「はい、一昨日ジャスティさん達から頂いて…」
直後、ティピックが口に運ぼうとしていたメレンゲクッキーがくしゃっと音を立てて崩れた。
「そうなのですね。此処のタルトを選ぶとはなかなか見る目があります…が、先を越されましたね」
「こんなに種類があるのは知りませんでした…どれも綺麗で美味しそうですね」
ウィンは悔しそうな表情を浮かべるも、シルクの反応を見てはぱぁ、と嬉しそうに明るい笑顔を浮かべる。
そんな中ティピックは笑顔のまま固まっており、その様子に気付いたシルクは首を傾げさせた。
「どうかされました?」
「…いいや、何でもないよ。シルク君はどれが食べたい?」
ティピックは静かに嫉妬の念を渦巻かせるも、シルクが真剣にタルトを選ぶ様子を見ては気持ちが少々和らぐ。
ウィンのお勧めしたベリータルトが選ばれ、綺麗な所作で一口食べるとこれもまた美味しそうに笑みを零す。
しかし、この笑顔を彼奴等にも見せたのかと思うと、再び嫉妬の念が渦巻いていた。
シルクの隣でウィンは生クリームがのったチーズタルトを口にし、幸せそうに頬を緩める。
そこでふとシルクがウィンに視線を留め、その視線に気付いたウィンは目をぱちくりとさせて視線を合わせた。
「シルク様、どうかされ…」
直後、ウィンの口元にシルクの指先が向かう。
生クリームが口の端に付いていたのを優しく指先で拭われた。
「クリームが付いてました」
「まぁ、私ったらつい頬張ってしまって…」
ウィンは照れるように頬に手を添えるも、その後固まって顔を真っ赤にさせることになる。
生クリームが付いた指先を、シルクはそのまま静かに舐め取ったのだ。
「…甘くて美味しいですね」
シルクはふわりと笑みを浮かべながらそう呟く。
予想外の出来事にウィンは真っ赤になって固まり、軽く湯気を出していた。
この光景をティピックはしっかりと見ており、ついウィンに対しても嫉妬してしまいそうになっていた。
「…次は私が隣に座ろうかな」
「あら、シルク様の隣は譲りませんよ?」
「聞こえてたか…」
小さな呟きはウィンの耳に届いたようで、先程まで固まっていたのを切り替えるようにティピックにジト目を向ける。
その後ジト目の表情から誇らしげな表情に変わり、ティピックはムッとした表情を浮かべた。
まさかアパートでも、グレイ達にも似たようなことをしているのではないだろうか。
そう考えるとティピックの中で再び黒い感情が渦巻きだす。
シルクの素の行動であるのは知っている。
これまではシルクが他人と深く関わるようなことがほとんど無かった為、今のように懸念することも無かった。
しかし今のシルクは、信頼できると判断した存在が多くなってきている。
(……どうやって牽制しようかな)
表面上は真剣な表情で、心の中はぐるぐると嫉妬の年を渦巻かせて、ティピックは次のお茶菓子に手を伸ばす。
ふと顔を上げると、シルクがじっと見ていることに気付いて直ぐ笑顔に切り替わった。
「ティピックさんはチョコレートがお好きですよね」
「…そうだね、手軽に食べられるし、頭をよく使った後に食べたくなるかな」
ティピックは手にしているブラウニーに視線を向けながらそう返答する。
シルクは軽く視線を伏せさせ、記憶を辿るようにしながら言葉を続けた。
「昔、ティピックさんからチョコレートを頂いたことがありましたよね。ティピックさんが食べてるところを見て思い出しました」
ティピックは目を丸くさせてから、嬉しそうに口角をほんのりと上げた。
それはティピックにとって懐かしい記憶であり、少し苦い記憶でもあった。
「そうだったね。あの時のシルク君は“何も食べなくても生きていけるので結構です”って断ってたけど、私が無理に押し付けるようにあげたんだっけ」
「あら、そのようなことがあったのですか?」
「そうだよ、ウィン君とは出会う前のことだね」
まったく表情を変えないシルクにチョコレートを半ば押し付ける形であげた思い出。
当時はせめて何か少しでも食べて欲しいという気持ちがあっての行動だったのだが、結局その後シルクが口にしたのかは分からずじまいであった。
「あの時のチョコレートは少し苦めでしたね」
「…食べてくれていたのかい?」
「はい、仕事の合間に食べてました。確かに手軽に食べられて良いですよね」
ティピックは再び目を丸くさせる。
シルクがふわりと笑みを浮かべたことで、心臓がきゅっと締め付けられるような感覚を覚えてしまう。
「食べることが好きだということを、もっと早い段階で思い出していれば良かったです。そしたらもっと早くから、ティピックさん達とこうやって素敵な時間を過ごせられたんだろうなって…」
シルクは少し眉を下げ、珈琲カップに視線を落とす。
するとティピックは軽く腰を上げ、手にしていたブラウニーをシルクの口元へと差し出した。
今度はシルクが目を丸くさせており、ティピックは優しい笑みを浮かべていた。
「今からでも全然遅くないよ。これからも焦らずに、シルク君のペースで思い出していけば良いさ。ほら、これも甘くて美味しいから食べてみな」
シルクは素直に口を開けてブラウニーをくわえ、同時にティピックの指が離れる。
口の中で優しい甘さが広がり、シルクは再び笑みを零した。
その様子を隣で見ているウィンはティピックに対してジト目を向けていた。
「社長、また私を差し置いてシルク様を独り占めしないでくださいませ」
「そんなつもりはないんだけどなぁ」
ティピックは満更でもない様子で余裕の笑顔を浮かべる。
頬を膨らませ不満気なウィンであったが、シルクの方を見てから何かを思いついたのか、ころっと笑顔に切り替わる。
「シルク様、こちらを向いてくださいますか?」
「はい。どうされました?」
シルクは素直にウィンの方に向くと、ウィンの手がシルクの口元に向かった。
ブラウニーを食べた時に口の端に付いた欠片をひょいと指先でつまみ、ウィンはそのままぱくりと食べてしまう。
シルクはきょとんとした表情になり、ティピックはまたもや笑顔のままぴしりと固まった。
「シルク様の口元にも付いてましたので」
「ありがとうございます」
ウィンはそのまま嬉しそうにシルクの腕に自らの腕を絡めて密着し、ティピックに向かってドヤ顔を向ける。
ティピックは軽く肩を落としながら小さく溜息をついた。
「やっぱり次は私が隣を頂くね」
「絶対譲りませんよ」
ティピックとウィンの間で火花が散っているように見えてしまい、シルクは解せぬと言わんばかりに目をぱちくりとさせていた。
しかし妙な圧を感じるほどのものではなく、二人の掛け合いを見ながら「仲が良いな」と心の中で静かに安心していた。
その後も仕事間の休憩という名のお茶会を楽しみ、やはりお腹いっぱいになった状態で帰宅することとなった。
「お腹いっぱいになるまで食べてしまうほど美味しかったってことでしょ。ちなみに何が一番美味しかった?」
「…チョコレートが美味しかったです」
ほんのりと優しい笑みを浮かべながら、シルクはそう答えたのであった。




