小話3. 甘い時間 1
シルクが気絶から目を覚まし、再び眠りについた後。
時刻は午後9時をまわり、グレイは自室でスマートフォンを操作していた。
メールの受信と返信を繰り返しており、相手はカネルだ。
【明日シルクさんへのお礼とお詫びを兼ねて訪問したいんだ。何か贈りたいんだが、シルクさんの好みって何かわかるか?】
「シルクの好みかぁ…」
グレイの脳裏に真っ先に浮かんだのは花であったが、最近の出来事で印象的だったとある光景も思い出す。
シルクは以前、裏魔法協会でティピック達から沢山のお茶菓子を振る舞われていた。
その時の様子を語るシルクは、どことなく幸せそうな笑顔をほんのりと浮かべていたのだ。
アパートに越してきたばかりの時やクロテッド社長の邸宅でのお茶会に招待された時も、シルクはクッキーを美味しそうに食べていた。
その光景をこの目で見ていたのもあり、グレイは直ぐに返信内容を決めて送信する。
【シルクは甘いお茶菓子が好きだよ〜、焼き菓子とかケーキとか。珈琲紅茶に合うものならどれも好んで食べるんじゃないかな】
その後カネルから感謝のメッセージが送られてくる。
簡単なものになると思うが街で見繕ってくる、とも送られてはメールのやり取りは一旦終了した。
普段から無表情なシルクが表情を現す瞬間を見るのが楽しみでもある為、グレイはぐっと椅子にもたれては明日を待ち遠しく考えていた。
――
――
翌日、カネルとアベルは街に出てとある洋菓子店に来ていた。
開店前にも関わらず既に客の列ができており、二人も同様に列に並んで開店を待つ。
並んでいる客のほとんどは女性であり、その中で見目の良い高身長な男性二人が紛れ込んでいるという光景。
女性客達はちらちらとカネルとアベルに視線を向けては、そわそわと落ち着かない様子である。
開店してから徐々に列は進んでいき、店内に入れるようになるとショーケースに並んでいる商品の豊富さにカネルは改めて目を丸くさせた。
「ぺーシェから軽く聞いていたが、実際に見ると凄いな…」
「定番なもので良いんじゃないですかね」
「そうだなぁ。グレイも特に好き嫌いは無いしな」
此処の洋菓子店はぺーシェに勧められた店であり、中でもタルトが人気となっている。
一般的なホールサイズではなく一人でも楽しめる小振りのサイズで、季節によって果物の品種を変えて作られているフルーツタルトが特に人気だとぺーシェが絶賛していた。
無事そのフルーツタルトを四人分購入し、箱に丁寧に入れられている最中にカネルはちらとアベルの方へ視線を移す。
何やら別の商品に目を向けているなと思いその視線の先を追うと、花を催した飾りが印象的なケーキに留まる。
「あの花のケーキも凝ってるよな。あれでも良かったか?」
「あ…いや、まぁ……偶々見てただけなんで」
アベルは口篭るように返答しつつ、そっぽを向くように視線を逸らしてしまう。
カネルは怪しむように目を細めるも、店員に声をかけられた為一旦考えるのを止めた。
アベルの様子がどことなくおかしい。
店を出てから馬車に乗り込み、グレイ達の住むアパートへと向かっている最中にカネルは他愛も無い話をしながら、アベルの様子を伺っては考えを巡らせる。
昨日の魔物討伐の際も、大きく支障は出なかったがアベルの反応が遅れたり何か考え事をしているような様子が見られていた。
カネルはこれまでの出来事を振り返り、ふととある考えを思いつく。
アベルから睨まれるだろうなと心の中で苦笑いを浮かべ、さりげなく口を動かした。
「そういえば、店で花のケーキを見てたろ」
外の景色を眺めていたアベルは反応するようにぴくりと肩を軽く上げる。
「何処かで見たことがあるようなデザインだなと思ったんだが、思い出した。この前シルクさんが頭に沢山付けてた花と似て、て……」
カネルは言い終わる前に固まってしまう。
アベルから強く睨まれたからではなく、寧ろ視線は向けられていない。
外の景色を見つめているようで、そうではない様子と言うべきか。アベルは何かの光景を思い返しているように視線を軽く伏せさせている。
カネルが凝視しているのに気付くと、ふいと気恥ずかしそうに視線を逸らした。
「…綺麗だったよな」
「……そうですね」
カネルはケーキの花のデザインに対して綺麗だと呟いたのだが、アベルは何を想像して同意したのか。
うず、とカネルの中で揶揄いたい気持ちが芽生えるも、一旦ぐっと抑えられる。
無事グレイ達の住むアパートに到着し、玄関ベルを鳴らすとグレイが扉を開ける。
広間に案内され、ソファに座って驚いたように目をぱちくりとさせているシルクの姿が目に入った。
普段通りの様子に安堵しつつ、カネルはちらとアベルの方に視線を移す。
アベルはシルクと目が合わないように視線を逸らしており、やはりいつもと様子が違う。
タルトの入った箱をシルクに渡しては僅かに嬉しそうな雰囲気を出され、その様子をカネルは安心するように見ていたのだが、アベルはシルクの反応を見ても直ぐにふいと視線を逸らしてしまう。
…よく見れば少し頬が赤くなっていないか?とカネルは無言のままうずうずとさせていた。
その後淹れられた紅茶と共にタルトを頂くが、アベルの様子にシルクも困惑しているようできょとんとした表情を浮かべている。
グレイもアベルの様子に気付いては首を傾げており、カネルに向かって静かに目線で何かあったのかと訴えかけてくる始末だ。
カネルは軽く肩を竦めてからシルクに訪問理由を簡単に伝え、シルクが納得したところでようやくタルトに手が付けられる。
シルクの綺麗な所作についカネルは視線を向けてしまうが、アベルも同様にシルクの手元を見ては真剣そうにしている。
何気に討伐時の切り口を思い出していないだろうかと苦笑いを浮かべそうになるも、シルクが美味しそうにタルトを口にするとアベルはシルクの幸せそうな表情を見て固まり、ばちりと目が合ったと思えばふいと視線を逸らしてしまう。
おいおい何度逸らすんだ、とカネルは心の中でつっこみを入れてはもどかしい気持ちが芽生える。
シルクの隣でタルトを頬張っているグレイと目が合うと、グレイは真剣そうな視線をカネルに向けては二回瞬きする。
このグレイの反応は”集合”の合図で、学生時代からの付き合いである二人の間での無言のやり取りの一つである。
各自理由を添えてから席を立ち、グレイは食卓がある方の扉に向かい、カネルは廊下側の扉に向かっては遠回りして食卓のある部屋へと別の扉から入っていった。
「ちょっとカネル、アベル君ったらどうしちゃったの?いつもの鋭い目付きは何処かに落としてきた?」
「流石に落としてないから安心しろ。実は数日前から少し様子が変だと思っていたんだが、今日はやたらと様子がなぁ…いや、昨日からか?」
扉を少し開けた状態で隙間から広間の様子を伺う。
シルクとアベルが話をしだし、流石に無言の時間が続くことは無かったと安堵してはそのまま静かに二人の様子を伺い続ける。
話の内容が僅かに聞こえ、グレイは一瞬身体を軽く強張らせてからカネルにジト目を向けた。
「シルクを泣かせたってのは本当かい?」
「あー…事実っちゃ事実だな」
もしやそのことをアベルは気にしていたのだろうかと考えるも、普段のアベルの性格からは意外過ぎるとも考えてしまう。
だがそのことを気にしていたとなれば、気恥ずかしそうな反応とどのような関係があるのだろうか。
暫く様子を伺い続け、話が進んでいくにつれてアベルが普段通りの様子に戻りつつあるのを確認してはカネルはほっと安堵する。
「…アベル君って真面目だよねぇ」
「そうだぞ。揺るぎない信念がある分厳しい性格だと思われやすいが、男気があって僕は好ましいな」
カネルは自慢そうな笑みを浮かべてアベルの真剣な様子を見続けるも、ふとアベルがぽかんとした表情を浮かべたと思えば、シルクが楽しそうな笑い声を漏らしたのに驚く。
グレイも同様に驚き、食い入るように前のめりになるのをカネルが肩を抑えて制止する。
シルクの表情はグレイ達からは見えないが、笑顔を浮かべているのだろう。
そしてシルクが口にした言葉に二人は目を丸くさせる。
「はい、オネストさんも純粋で優しくて…素敵な人です」
「出た、シルクの天然たらし攻撃」
「攻撃って…おいおいおいちょっと待てよあれ!」
直後、アベルは顔を真っ赤にさせたまま固まってしまう。
これまで女性から褒められてもまったく顔色を変えずに淡々としていたあのアベルが、シルクから褒められて顔を真っ赤にさせてしまうとは。しかも耳までしっかりと赤くさせるなんて。
カネルまでも食い気味になり、今度はグレイがカネルの肩を抑えて制止するという構図が出来上がってしまう。
ここでふと、カネルは昨日の部下達の会話を思い出す。
吹雪に気をつけろ、春が来た、と訳の分からないことを言っていたがまさか…とカネルの中でとある可能性が浮上した。
その可能性はもうほぼ間違いはないだろうと確信し、カネルはグレイに視線を向ける。
「なぁグレイ」
「何だい?」
「アベルは本当に良い奴だし、信念が強い分一途だ。僕が保障する」
「待って待って、何故それを僕に言うんだい?」
「何故って…まずは外堀を埋めないとだろ」
「外堀!?…本当に待ってくれ、この状況は…!」
グレイは眉間に皺を寄せて冷や汗を流す。
アベルの様子から流石にグレイも察したのだが、様々な問題が脳内に浮上していた。
シルクは恐らく色恋事にほぼ無関心であり、好意は友情や尊敬で留まってしまう状態。
そんなシルクに対してティピックは恋慕の念を抱いている。
その状況の中にアベルが加わるとなれば…。
「面白…楽し……ややこしいことになってきた」
「言い直しを更に言い直したな。ややこしいってどういうことだよ」
「色々とあるんだってば~…でもそっかそうなんだ。アベル君が…へえぇぇ」
他人の色恋沙汰には普段は興味を示さないグレイだが、今回の場合は好奇心が勝ってしまう。
ティピックとアベルのどちらかを応援しようという考えは特になく、ただ単に気になるという傍観者目線である。
興味深そうに視線を送っていると、アベルがグレイ達の様子に気付いてばちっと視線が合ってしまう。
アベルは顔を赤くさせたまま小刻みに身体を震わせ、鋭い目付きで二人を睨んだ。
「あ、やっべ」
「流石にそろそろ戻るか」
グレイとカネルは互いに顔を見合わせてからアベルに視線を向け、静かにぐっと親指を立てる。
カネルは応援するぞという意味を、グレイは良いものを見させてもらったよという意味を込めてのポーズであった。
その後素直に広間に戻ってはシルクにきょとんとした表情を向けられるのだが、追加の紅茶を飲んではほっと息をつく様子にグレイは相変わらずだなぁと微笑む。
続いてアベルに対してはつい温かい目を向けるのだが、やはり鋭く睨まれてしまい静かに冷や汗を流した。
ティピックのことは今は黙っておこうか、と考えては食べかけのタルトにフォークを刺して一口頬張り、甘いなぁと心の中で呟いたのであった。




