151. 欲求
「で?結局二人は何を見たんだい、教えておくれよ」
広間にて、グレイはソファに腰掛け姿勢を崩した状態で問い掛ける。
対面するようにソファに腰掛けているミュスカとシャロンは互いに顔を見合せてから、気まずそうにグレイから視線を逸らした。
「何だよその反応〜、ティピック君に聞いても二人から聞けって言われるし、シルクは寝ちゃったし!…やたらと距離が近かったのと関係ある?」
「もうそれで察してください」
「口で説明するのは、ちょっと…な」
ミュスカは茹でダコのようになり、シャロンは頬を少し赤らめた状態で口をもごつかせる。
ウィンが訪問してからはまた慌ただしくなったのだが、シルクか目を覚ましたのを確認するとティピックと共にアパートを後にした。
シルクは眠り続けていたと言えど疲れがまだ残っているらしく、今日はもう一眠りしなさいとティピックが伝えたことで、シルクは素直に一晩眠る選択を取った。
ウィンも本来はもっとシルクと共にいたかったのだろうが、シルクの体調を優先して今回は潔く退出したのである。
グレイはティピックが部屋を出る前にシルクに優しい表情を向けていたのを思い出しつつ、うむむと軽く唸らせてから呟いた。
「ティピック君ってシルクのことが好きだったりする?」
「…それで間違い無いと、思う」
「あらまぁ。シルクもティピック君のことは好きだと言ってたけど、違うベクトルでの好きだろうからねぇ。これは面白…ややこしいことになってきたぞ」
「変にちょっかいかけようとしないでくださいよ?」
「やだなぁ、そんなことしないよ。ただ気になることがあるからさぁ」
グレイはぐっと腕を上に伸ばし、その後脱力するように下げてから首を傾げた状態で続きの言葉を口にする。
「シルクって食欲と睡眠欲がほとんど無かったわけでしょ。三大欲求のうち二つがほぼ無欲って…つまり三つ目も同様ってことは考えられない?」
ミュスカとシャロンは視線を逸らした状態で目を丸くさせ、直ぐグレイの方へと振り向く。
「それは流石に…そう決めてしまうのは安直じゃないですか?シルクさん本来の性格かもしれませんよ?」
「あくまでも可能性だよ。確かに世の中には無性愛の人もいるからねぇ」
「でもよ、もし先生の言う可能性の通りだったら…ティピックは失恋確定か?」
「それ本人の前で絶対言っちゃダメですよ!?」
「…なーんか引っかかるんだよなぁ」
グレイは昨日の出来事を思い出しながらそう呟いた。
――
―
シルクの部屋から広間へと移動し、グレイとティピック、ウィンは広間で話し合っていた。
本来の気絶についてをティピックは話していくのだが、グレイは眉間に皺を寄せたまま話を最後まで聞いていた。
「つまり、これまでシルクは魔力と体力を限界まで使い果たしてから、一週間ほど気絶するっていうサイクルを繰り返してたってこと?」
「そうだよ。魔力の消費量は日によって違うし、消費している感覚はシルク君本人にとっては無自覚だ。一ヵ月気絶した時はシルク君は結構神経を尖らせていた時期だったから、それは例外の一つになるかな」
グレイは大きく溜息をつき、参ったなと言わんばかりの表情を浮かべる。
パナシアンベリーの件で倒れた時も魔力を大幅に消費していたのだが、あれは本来の気絶では無かったとのこと。
その時よりも大量の魔力を消費したのかと考えていると、ティピックは眉を下げながら口を開いた。
「シルク君が此処に越してきてからは、気絶せずに過ごしていたから安心していたんだけど…ここ最近のシルク君はどうやらまた睡眠をとっていないようだったね。それで体力が十分回復せず、限界を迎えて気絶してしまったんだろう」
「その可能性が一番考えられますね。今日は特にお疲れな様子でしたから、まさかとは思いましたが…」
「え…シルクが寝てない?」
「あら、もしや気付いていなかったのですか?」
グレイは目を丸くさせた。
シルクは普段通りの様子で過ごしていたし、グレイの目からは疲れているような様子には見えなかった。
ミュスカからはシルクは毎日早起きだと聞いており、その言葉を信じてシルクは毎日睡眠をとっていると思い込んでいたのだ。
何故また睡眠をとらずに過ごしているのだろうかと疑問になり、難しい表情で腕を組む。
そんなグレイの様子にティピックはニヤリと笑った。
「グレイ君が気付けなかったのも仕方が無いことだよ。シルク君の僅かな変化はそう簡単に気付けるものでは無い…まだ出会って日は浅い方なんだから尚更ね」
グレイはジト目になってティピックの余裕な笑みを見つめる。
分かりやすくマウントをとられているが、ティピック達がシルクと長く関わっていることや、体質のことをよく知っているのは事実だ。
悔しいなぁと思いながら頬を膨らませ、ふぅと息を吐くと同時に肩を落とした。
「…そう言えば、普段より短い期間で目を覚ますかもって言ってたよね」
「あぁ、シルク君から漂う魔力の流れを感じ取ればね。あの感じだと…明日には目を覚ますだろう」
「そこまで分かるのか…」
流石に敵わないな、とグレイは降参の意味も含めて深く溜息をついた。
―
――
グレイは腕を組んだまま首を傾げさせる。
ティピックはシルクの体質について自分達よりも理解しているし、僅かな変化に気付いてしまう程シルクのことをよく見ている。
食欲と睡眠欲についても理解していた。ならば性欲についても気付いているのではないのだろうか。
あくまでもグレイの考えていることは可能性に過ぎないのだが、これまでのシルクの様子からはその可能性が事実に近い気がしてならないのである。
ティピック達だけでなく、自分達に対しても「好きですよ」と、友情の意味での発言をするくらいなのだ。その時のシルクは嘘偽りの無い様子であったのも事実。
天然たらしなところがあると思ってはいたが、どれもシルクの素の行動である。
長年の付き合いであるのならば、シルクの素の行動についても理解している筈だ。
知っている上で、ティピックはシルクに想いを寄せているのだろうか。
同情するように複雑な表情を浮かべ、グレイは溜息をついた。
――
――
「社長、こちら例のものでございます」
「あぁ、ご苦労様」
ティピックとウィンは帰りの馬車の中で、裏魔法協会にいる時と同様の様子で言葉を交わしていた。
手渡されたのは一枚の封筒。
中には何枚もの書類が仕舞われている為か、封筒は少し膨らんだ状態である。
ティピックは中身を全て取り出し、一枚ずつ内容を確認しては途中で止め、目を細めさせた。
しかし数秒後には軽く息を吐いてから、書類を全て封筒の中に仕舞い込んだ。
馬車から見える夜の景色に視線を向け、静かに目を閉じた。
(…諦めてたまるものか)
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―――異世界生物についての追加報告。
発見された異世界生物のうち、白銀鶴(異種)を実験対象として調査機関に提出。
今回は白銀鶴の生態について通常種との比較実験が行われた。
実験の結果から、以下のデータがとられた。
・コミュニケーション能力:通常と変わらず。
・環境適応能力:通常よりも強い耐性あり。
・食性:内容は通常と変わらず。しかし通常よりも意欲が低い。
・睡眠:通常よりも極端に短い、または長い時間を有したりと日によって異なる。追加調査が必要。
・繁殖行為:通常よりも意欲が低い。別途報告あり。
繁殖行為について、通常種と異種を同室環境に住まわせた実験から以下のデータがとられている。
・通常種の求愛行動に対し、異種は興味を示さず。
・異種からの求愛行動は一切みられない。
生殖機能の問題が疑われたが、火吹き鳥(異種)や春草兎(異種)などの他の異世界生物に対しても同様の結果が見られた。
このことから、異世界生物には繁殖行為を必要としない特性がある可能性が浮上している。
また、食性・睡眠のデータを踏まえ、異世界生物は生命維持のための本能的欲求が著しく低い可能性も浮上。
また、治癒能力の比較実験について。
白銀鶴(異種)の羽毛や爪などの採取を行ったところ、火吹き鳥(異種)と同様に再生するかのように身体の一部が元通りになっているのを目視で確認。
採取された素材に対しては治癒能力はみられず、一度身体から離れると治癒能力は再現されなかった。
他の異世界生物にも同様の結果が見られており、統計結果から、特に魔力保持量が多いものは治癒能力が早い傾向にあった。
今後も慎重にデータを取得していく必要あり。
追加実験として、現在は異言語魔法を使用した情報収集を進行中。
結果をまとめ次第報告していくものとする。
報告者:魔物専属部隊隊長 ゲーシェ・エスリー
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