150. 意識
魔法防衛省、魔物討伐特攻隊会議室にて。
数件の魔物討伐の後に残りの報告書をまとめ終え、気が付けば空は暗く染まっていた。
報告書の提出にカネルとプラットが向かっており、残りの三人は会議室で待機しているところであった。
「なぁアベル、最近また考え事してるだろ」
「…何だよ急に」
突然プラットから指摘され、アベルは眉間に皺を寄せながら視線を向ける。
プラットの言葉にレザンも同感するように縦に頷いた。
「以前は特にイライラしていたというか、強めの圧を感じるような雰囲気を出してただろ。でも最近はそれが少しはマシになった代わりに何というか…珍しく反応が遅れやすくなってる気がするな」
「今でも一応反応は早い方ではあるけど、まだ前の方が俊敏だったろ。今度は何を考えてるんだ?」
アベルは難しそうな表情を浮かべて視線を逸らした。
確かに考え事をしていたのは事実だ。
プラット達の言う以前とは、魔物の仕留め方に拘ってついイライラしていた時のこと。
これはシルクの魔物討伐と自身の討伐具合を比較してしまっていたことが主な原因であった。
シルクの討伐姿を実際にこの目で見たことで、実力に納得したのもあって一旦その拘りは解消されつつあった。
しかし、代わりに別の考え事が頭の中で渦巻くようになっていた。
「…やっぱりシルクさんのことか?」
「やっぱりって何だよ」
プラットが怪しむように目を細めながら尋ねると、アベルは軽く肩を上げながらプラットに睨み返すも直ぐに視線を逸らしてしまう。
「…泣かせたもんなぁ」
「だから謝ったって!」
レザンが肩を竦めながら呟くと、直ぐ反応しては強い睨みをぶつける。
しかし再び気まずそうに視線を逸らしてしまう。
アベルの反応に二人は顔を見合わせ、意外だなと言わんばかりの表情を浮かべた。
「本当どうしたんだよ。普段のアベルなら女性を泣かせても知らん顔してたろ」
「そうそう。言い寄られても興味無さげにスルーしたり、睨みを効かせて遠ざけさせたり」
二人の言葉にアベルは苛立ちを覚えるも、事実である為否定の言葉を発さなかった。
確かにこれまでは、下心を持つ者ややたらと言い寄ってくる者に対して軽くあしらったり無視したりと、それなりに冷たい態度をとっていた。
それにも関わらず今回は心の中で引っ掛かるような違和感を感じており、アベル自身も困惑している。
ふと、シルクの姿が脳裏に浮かぶ。
無表情ながらも泣かせてしまった時の様子だけでなく、これまでの振る舞いがぽつりぽつりと浮かんでいく。
質問に対して淡々と答えていく様子。
偶に暗い影を落とす表情。
控えめだと思いきや堂々と立ち振る舞い、有言実行してしまう行動力。
『私は只の魔法使いです』
『…余計な迷惑をかけるわけには』
謙遜した態度や、一人で抱え込もうとする様子に苛立ちを感じるも、同時に放っておけない気持ちにもなってしまう。
何故そのように感じてしまうのだろうか。
「アベルがそこまで気にするなんて、相当意識してるってことだよな」
プラットがジト目でそう呟くと、アベルは再び肩を軽く上げる。
これまでのアベルなら、即座に文句を言って鋭い目付きで睨んでいただろう。
しかし今回は違って黙り込んでしまっている様子に、流石にプラットは眉を顰めさせた。
隣でレザンもどうしたのかと首を傾げてアベルに視線を送る。
アベルは固まったまま、とある光景…普段は無表情なのに、ふと優しい笑顔を浮かべた時のシルクの姿を思い浮かべては頭から離れなくなる。
「意識してるって、流れ的にまるで好きになってるみたいな言い方になるよ、な…」
レザンは冗談のつもりで言ったのだが、アベルの反応を見てから目を丸くさせた。
「アベル?…え、マジで?」
「……何だよ」
「…お前今、顔真っ赤だぞ」
「…………は?」
アベルは指摘されてから数秒間沈黙し、その後一気に体温が上昇したことに気付く。
身体の奥底から熱が吹き零れるような、これまでに感じたことの無い感覚であった。
好きになった?誰が?誰を?
考えれば考える程、心臓がバクバクと音をたてて煩くなる。
それはアベル自身にしか聞こえない音だが、外側にも聞こえてしまうのではとつい錯覚してしまう。
プラットとレザンは再び顔を見合わせてから、同時にアベルの方へ向いた。
「もしかしてこの後嵐でも来る?」
「嵐どころか吹雪が起こるぞ、まずいな帰れるか?」
「さ、さっきから好き勝手言いやがって…!!」
アベルががたんと音を立てて椅子から立ち上がったところで、会議室の扉が開いた。
「お待たせー…あれ?アベルどうかしたの?」
報告から戻ってきたカネルとぺーシェがアベルの様子を見て、驚いたように目を丸くさせる。
アベルは直ぐに着席し、何でもないと呟いてからテーブルに片肘をついて視線を逸らした。
「何かあったのか?話なら聞くが…」
「いや、ちょっと世間話をしてただけなので」
プラットは苦笑いを浮かべながらカネルにそう語る。
アベルからの無言の圧と鋭い睨みをぶつけられ、レザンと共に分かりやすく視線を逸らした。
カネルはふぅと軽く溜息をつき、深く追求するのは控えてそのまま席についた。
「喧嘩は程々にな。…そうだ、明日誰か予定が空いてないか?」
カネルの尋ねにぺーシェ以外が首を傾げさせる。
カネルは複雑そうな表情を浮かべ、続きの言葉を口にした。
「実は…シルクさんが以前の魔物討伐を終えた日の夜に倒れたみたいでな」
「え、また倒れたんですか!?」
「…また?」
レザンが驚きながら返答してしまい、またという言葉に反応したアベルとプラットがレザンの方に視線を向ける。
しまった、とレザンは反射的に口元を手で押さえるも、カネルが肩を竦めてから口を動かす。
「シルクさんは魔力や体力を使い過ぎては気絶するってのをよく繰り返してたみたいなんだ。本人曰くそういう体質だと…だが今回は三日も眠ったままだったらしい」
「三日も!?」
「そうそう、ついさっきグレイさんからは目を覚ましたって連絡があったから、今はもう大丈夫らしいけどね」
先に事情を聞いていたぺーシェは心配そうに眉を下げながらそう語る。
プラットはちらとアベルの方に視線を向けると、先程真っ赤になっていたのが嘘であるかのように、寧ろ若干青ざめている様子を見てしまう。
あのアベルが心配してる…とこれにもまた意外だなと思いながら目をぱちくりとさせた。
「今回に関しては僕達の我儘に付き合わせたのもあるし、お詫びに向かおうと思っててな。全員で向かいたいところだが、シルクさんの体調も考慮して少人数の方が良いだろうということで…僕とあと一人誰かに来てもらいたいんだ」
「よしアベル、行ってこい」
「俺もアベルが良いと思います」
「は!?」
プラットとレザンが即座に名を出したことで、アベルは分かりやすく肩を跳ね上がらせてから二人を睨んだ。
「だって明日はお前暇だろ?俺も行きたい気持ちは山々なんだが、生憎予定が入っててな」
「俺もそんな感じだから、俺達の代わりに頼んだぞ」
「勝手に決めてんじゃねぇよ。…ぺーシェはどうなんだよ」
「僕も予定入ってるから行けないんだよねぇ。じゃあもうアベルしか適任はいないでしょ!ちゃーんとした謝罪もできずに終わっちゃった訳だし?」
「だから謝ったって言ってんだろうが!」
ぺーシェの揶揄う表情にアベルは額に青筋を立たせる。
プラットとレザンに関しては完全にわざとであった。
「とりあえず決まりで良いか?」
「………はい」
カネルが困ったように苦笑いを浮かべながら確認するも、アベルが縦に頷いたことで一旦話はまとまった。
「あ、念の為明日は吹雪に気をつけろよ」
「吹雪?明日そんな異常気象が起こるとか言われてたっけ?」
「シバくぞテメェ!おい逃げんな!」
その後アベルがプラットを追いかけ回す構図が出来上がってしまう。
カネルとぺーシェはぽかんとした表情で二人の様子を眺め、レザンは苦笑いを浮かべていた。
「なぁ、僕達がいない間に何かあったのか?」
「いやぁ…春が来たと言いますか」
「春?春なのに吹雪ってどういうこと?」
ぺーシェは頭上に疑問符を浮かべさせる。
流石にぺーシェにも話してしまったら、後々面倒なことになりそうだな…とレザンはこれ以上発言はせず苦笑いを続けていた。




