147. 期間
『シルクさんが目を覚まさない?』
スマートフォンからカネルの驚きを交えた声が響く。
グレイはシルクの部屋で椅子に腰かけ、スマートフォンを耳に当てたまま心配の表情を浮かべてシルクの様子を伺っていた。
「そうなんだよ…眠気覚ましの魔法薬をいくつか準備してみたんだけど、これで目を覚ますかな?」
『止めとけ早まるな』
「即答すぎない?あと早まるなってどういうこと!?」
白衣のポケットに仕舞い込んでいた数本の小瓶を手にしながらグレイはジト目になるが、近くで大きめの声を出しているにも関わらず起きる気配がまったくないシルクに視線を向けては眉を下げる。
ミュスカとシャロンはシルクのことが気になりながらも朝に魔法学校へと出発し、基本的にアパート内で過ごしているグレイは時々シルクの部屋へ出入りしたり、研究室で即興で眠気覚ましの魔法薬を調合したりと忙しなく動いていた。
気付けば昼を過ぎて午後へと時計の針がまわっており、それでも一向にシルクが起きる気配はない。
丸一日以上気絶するとは思っておらず、何か睡眠系の魔法をかけられているのかと考えるも、そのような魔法がかかっている様子はみられない。
ふと毒の煙を吸ったことを思い出し、もしやそれのせいなのではと考える。
しかしチタンスコーピオンやクロムスコーピオンの猛毒は遅効性ではなく、主に倦怠感や吐き気、眩暈を強く催すものだ。
吸い過ぎれば昏睡状態になる可能性も十分あるのだが、シルクは毒は効かないと宣言していたし、身体の怠さなどの訴えはまったく無かった。
ふとシルクの左腕に視線を向けるも、傷一つ無い綺麗な素肌であり、深い傷を負ったとは思えない。
身体の成長が止まっている状態であるのを踏まえると、治りが早いと言うより元通りになっていると言う方が正しいのかもしれない。
「毒が効かないなら、もしかして魔法薬も効かないってことになるのかなぁ」
『体内に取り込む系の魔法薬ならその可能性は考えられるが…グレイ、一応聞くがシルクさんに何も飲ませたことが無いのか?』
「無いと言うか、飲む必要が無いって断られたと言うか…」
とある日に魔力回復のポーションを自作した際、仕事終わりのシルクに飲んでみないかと提案したことがあった。
しかしシルクは「魔力はそこまで消費していないと思うので大丈夫です」と断ってしまったのだ。
魔力保持量が多いと言えど、大幅に消費しすぎて倒れてしまった時のことを思い出すと、やはり心配でしかない。
シルクが目を覚ましてからもし可能であれば、実際に飲んでもらって効果を確認しようと心の中で呟く。
だがシルクがいつ目を覚ますのかが分からない。
今すぐやれることは何かないだろうかと唸り声をあげながら考えていると、とある考えが閃いた。
「そうだ…ティピック君なら何か知ってるんじゃないかな」
『うげ』
スマートフォン越しにカネルが怪訝な表情を浮かべたのを想像でき、グレイは呆れ顔になる。
「だってシルクと長い付き合いである重要人物じゃないか。体質について僕等よりも知ってることが多い筈だよ」
『それはそうなんだろうが…素直に教えてくれると思えない』
「…君達ってなんでそんな仲が悪いの?」
『なんでだろうなぁ?』
カネルの長い溜息が聞こえ、グレイは呆れ顔から苦笑いになる。
面白い人なのになぁと思いつつ、カネルからティピックへ連絡を入れさせるのは違うかと考えたところで、グレイは「あ!」と何かを思い出したかのように声を上げた。
「そう言えばティピック君から名刺を貰ってたんだった。そこに連絡先が書かれてた筈だし、僕から連絡してみ……」
『……どうかしたのか?』
途中でグレイが固まるように声を止め、カネルは首を傾げさせる。
「…名刺、何処に仕舞ったんだっけ」
『ちゃんと分かる場所に仕舞っとけよ…』
整理整頓が苦手な時点で名刺の管理なんてな、とカネルは再び溜息をついた。
そんな時、玄関ベルが鳴った。
突然の来客にグレイは驚きつつ、カネルに来客のことを伝えてから通話終了ボタンを押し、シルクの部屋から出る。
そのまま玄関へと向かい、扉を開けては更に驚いた。
「やぁグレイ君、直接会うのは久しぶりだね」
丁度話題に出していたティピックが営業スマイルを浮かべながら立っていた。
隣にはウィンの姿もあり、ツンとした表情を浮かべている。
「あれぇ!?タイミングが良すぎると言うか…もしかして、シルクに何か用かい?」
「そうそう…その様子だと、シルク君はまだ目を覚ましていないようだね」
ティピックはこうなることを分かっていたかのように、動揺の無い落ち着いた様子だ。
予想外の訪問ではあるが、丁度連絡しようとしてたのもあってグレイは素直にティピック達をアパート内に案内する。
いつもなら客人が来たら先に広間に案内するのだが、今回は例外でシルクの部屋へと真っ直ぐ向かった。
「シルク様…」
部屋に入ってシルクの眠っている状態を確認すると、ウィンがベッドの前まで近付いては身を屈ませ、心配そうに眉を下げながら名前を呼ぶ。
「…眠られている御姿も、なんて美しいのでしょう」
しかしその直後にはうっとりとした表情でそう呟いた。
あ、やっぱり通常運転だ…とグレイは苦笑いを零して頬をかく。
この様子だとやはりシルクの気絶についてよく知っているようで、グレイはティピックの方を向いて気になっていることを口にした。
「ティピック君ってやっぱり、シルクが気絶するのを何度も見たことがあるのかい?」
「勿論だよ。だが今回のは見た感じ、普段の気絶と比べれば短い期間で目を覚ますんじゃないかな」
短い期間と言われ、グレイはぽかんとした表情を浮かべる。
起きなくなって二日目に突入しているというのに、それを短い期間と済ませてしまうとはどういうことなのか。
そんなグレイの考えを読んでいるかのように、ティピックは薄らと笑みを浮かべながら更に言葉を続けた。
「シルク君は気絶するとなったら、軽く一週間は眠り続けることが多いからね。最高記録は一ヶ月くらいだったかな…?その時は立て続けに魔力を消費する日が続いたせいなんだけどねぇ」
「…イッシュウカン?」
グレイは片言のように呟きながら首を傾げさせ、かけている伊達眼鏡がカクンと斜めにずれる。
反応が面白かったのかティピックは吹き出すのを堪えるように口元を右手で抑えていた。




