146. 気絶
翌日の朝。
ミュスカはいつものように朝早くに起床し、身だしなみを整えてから朝食の準備に取り掛かろうと食卓へと向かった。
殆ど準備を終え、珈琲を淹れている時にふと時計を見る。
時刻は6時30分を過ぎた辺りだ。
普段ならこの時間にはとっくにシルクも起きて一階へと下りてきている筈なのに、と違和感を覚える。
珈琲も淹れ終わってしまい、冷めないようにと朝食と共に保存魔法をかけてから食卓を後にする。
今日は仕事の予定は入れていないと聞いていたし、他に用事があるなら事前に声をかけてくる筈だ。
緊急の用事ができてしまった場合はスマートフォンに連絡を入れるくらいだが、画面を開いてもシルクからの通知は来ていない。
三階へと向かい、シルクの部屋の前で立ち止まってから軽く扉を叩く。
「おはようございます…シルクさん、起きてますか?」
扉越しに声をかけるも、返事は無い。
首を傾げながらドアノブに手をかけ、ゆっくりと扉を開ける。
シルクはベッドで横になっており、目を閉じたまま静かに寝息を立てていた。
まだ寝ているとは珍しいと思うと同時に、仕事の疲れが溜まっているのだろうかと心配の表情を浮かべる。
無理矢理起こすのは悪いと思い、ミュスカはそのままシルクの部屋を後にした。
先に朝食を食べ始め、中盤辺りからシャロンが寝癖をつけたまま食卓へとやって来る。
時刻は7時前。今日も魔法学校は休みの日だが、買い物などの予定がある為昨日よりは早く起きたのであった。
「おはよ~…あれ、シルクって今日は仕事休みじゃねぇの?」
「おはようございます。シルクさんはまだ寝ていますよ。何だか珍しいなとは思いましたけど…疲れが溜まってるのかもしれませんからね」
「へぇ、確かに珍しいな。あ、先生もそろそろ下りて来ると思うぞ、部屋の前を通った時にベッドから落ちる音が聞こえたし」
ミュスカは呆れるように苦笑いを浮かべ、シャロンは席について朝食を食べ始める。
その後シャロンの言う通りグレイも食卓に顔を出し、ベッドから落ちた時にぶつけた為か左肩をさすりながら席についた。
「先生、昨日も夜更かししてたんですか?目の下に少し隈がついてますよ」
「あはは、ちょっと調べものをしてたんだよねぇ。気が付いたら寝ちゃってたけど…もしかしてシルクってまだ起きてない?」
「そうみたいだけど…先生、まるで何か知ってそうな言い方だな」
シャロンの言葉にグレイはぴくりと肩を上げ、困ったように視線を逸らしてから理由を話した。
「…実は昨日、シルクが気絶する瞬間をまた目撃しちゃってさ」
「はあぁ!?」
「そうだったんですか!?」
二人がガタンと立ち上がり、その衝撃でテーブルの上に置かれている珈琲に乱れた波紋ができあがる。
グレイは突然立ち上がられたことに目を丸くさせてから、申し訳なさそうに肩を竦めさせる。
「夜遅くにだったからね。床に直接落下する前に支えられたから怪我はしてないよ」
「支えたって…また余計なこと考えたりしませんでしたよね」
「心配しかしてないよ、そんな疑うような目を向けないでくれたまえ」
以前シルクに対してセクハラをしたと訴えられた時のことを思い出し、グレイはジト目を向ける。
そう言えば抱きかかえた時に洗髪剤の良い香りがしたなと考えたものの、これを素直に口にすれば再び鉄拳が振ってくると思っては口を閉じた。
昨日の依頼で普段よりも多めに魔力を消費していたと、グレイはカネルから聞いたことをそのまま説明したことで、二人は納得するように頷いた。
「カネルさんがそこまで言う程とは…以前も魔力を使い過ぎての気絶でしたからね」
「何日も続けて仕事詰めな時もあったくらいだし、シルクはもう少しゆっくり休んでも良いくらいだろ」
その後グレイ達は朝食を終え、片付けを済ませてから各自自由に行動しだす。
グレイは研究室に籠り、シャロンとミュスカは買い物の為に街へと向かって行った。
そうして昼前には二人は買い物を済ませてアパートに戻って来たのだが、この時点でもシルクの朝食は冷蔵庫に入ったままであった。
研究室に籠っていたグレイに声をかけるも、やはりシルクの姿は見ていないとのこと。
何かがおかしい。
そう考えては直ぐにシルクの部屋へと向かい、扉を開けてはシルクの眠っている姿を確認する。
「思った以上に疲れが溜まっているんでしょうか?」
「さぁな…でもこの前の気絶と同じ感じなら、そろそろ起きてても可笑しくないだろ」
ミュスカは心配そうにシルクに視線を向ける。
朝見た時とまったく同じポーズであり、寝息を立てていること以外は一切動きが無く寝返りをうった様子もない。
不安を抱きながらもグレイ達はシルクの部屋を後にし、シルクが起きるのを待つことにした。
しかし結局その日シルクは起きること無く、そのまま日を跨いでしまった。




