144. 真剣な訴え
裏魔法協会にて、ティピックは再び面白くなさそうに不貞腐れた表情でカネル達を凝視していた。
カネルの隣では狐面を外しストールを緩めて素顔を完全に晒した状態のシルクが立ち、後ろ側ではアベル達が横一列で並んでいる。
普段より人が多くいる場にも関わらず、シルクが完全に素顔を晒していることにティピックは察してしまう。
「今回もお疲れ様。チタンスコーピオンと…クロムスコーピオンの討伐も無事完了したようだね、どうだった?」
「はい…普段よりもやり過ぎてしまいました」
シルクは申し訳なさそうに若干眉を下げながらそう語る。
普段は急所を直ぐに狙ってなるべく苦しませないように仕留めるスタイルであったが、今回は魔力を解放させて暴れたのだ。
急所を特定する為に荒々しい行為をしたなと、心の隅で静かに反省の念を抱いては少し肩を落とさせる。
ティピックは受け取った依頼書を確認し、シルクの相変わらずの様子に軽く笑みを浮かばせながら仕事机の隅に依頼書を置いた。
「それと…こちらも提出します」
シルクがポシェットに手を伸ばし、中を探るように腕を動かす。
だいぶ奥深くまで探っているようで、カネルだけでなく後ろから見ているアベル達も興味深そうに様子を伺う。
シルクが手を引き抜くと、きらりと光沢が反射するクロムスコーピオンの大きな鋏が出てくる。
それだけでは無い。チタンスコーピオンの鋏や抜け殻、殻の一部なども次々とポシェットから取り出されていく。
突然の光景にカネル達は引き攣った表情を浮かべては言葉を失ってしまう。
作業があるとは言っていたが、これらの素材を回収する為だったのかと納得する反面、その様子も見たかったという残念さや好奇心を渦巻かせる。
一通りの素材を取り出し終えてから、シルクは無表情のまま淡々と口を動かした。
「以上が今回採取できた素材になります」
「流石だね、思ったよりも多く採取されてるじゃないか」
「…クロムスコーピオンは3体のうち2体に大きな損傷を与えてしまったので、鋏は1体分のみになってしまいました」
満足そうに微笑むティピックに対し、シルクはまた申し訳なさそうに眉を下げた表情を浮かべる。
そんな様子ですら面白く感じるのか、ティピックは吹き出しそうになるのを堪えるように肩を震わせた。
「さて…今回は部下達も来てくれたんだ。シルク君の討伐を見てどうだった?」
ティピックは微笑みながらも、相手を試すような真剣な瞳を向けながらアベル達に尋ねる。
ピリッとした空気に包まれる中、ぺーシェが真っ直ぐ手を挙げた。
「はい!参考になることが沢山ありましたけどまだ足りません、もっと近くでシルクさんの魔法を見たいし感じたいです!」
あまりにも堂々とした宣言にティピックは軽く目を見開かせた。
ぺーシェの瞳は好奇心に溢れて蘭々と輝いており、若干興奮しているような笑みを浮かべている。
背後から聞こえた元気な声にカネルもつい驚くように目を見開かせるも、ちらと後ろに振り向いて他の部下達の様子を見てからニヤリと笑った。
それが合図となったのか、次々と感想や要望が述べられていく。
「シルクさんの実力をこの目で見たからこそ言わせて頂きます。俺もあんな離れた距離からの観察では満足できません」
「武器の扱い方は勿論のことですけど、魔力の扱い方にも感銘を受けてます。本気で魔法をぶつけるところを今回しか見られなかったのが正直惜しいです」
「瞬時に判断し行動する流れに無駄が無いし、観察眼も的確…実力の差を大きく感じました。だからこそもっとシルクさんの実力をこの目で見て、更に学びを得たいです」
シルクまでも驚くように目を見開かせる中、カネルは自信満々な笑みでティピックを見つめる。
「部下達もこう言っているわけだ。次は同行ではなく、共同での討伐を願いたい」
ティピックは真剣ながらも冷たい視線を向け続ける。
妖精族特有の魔力が滲み出ており、シルクは目をぱちくりとさせてから心の中で困惑していた。
(…怒ってるところ、久しぶりに見た気がする)
怒りの表情を浮かべているわけではないのだが、ティピックは感情が昂るとつい魔力を放ってしまう癖があるのを、長年の付き合いがあるシルクは知っている。
そして今回はその昂りの中でも、怒りに部類されるものだと雰囲気から読み取られた。
同時に、怒る理由についても理解していた。
これまでシルクが多くの者からどのような目に遭わされてきたのかをティピックはよく知っているし、その状況を実際に目撃したこともある。
シルクについて探りを入れようとする者達を徹底的に避けさせ、シルクの平穏を保ってきた。
その積み重ねを継続してきたのもあり、今回のような予想外な展開に対しても強い警戒心を秘めているのだ。
現在シルク本人はカネル達に対して警戒心を解いている状態なのだが、ティピックは未だに疑い深くなっている。
さてこの状況をどうするべきか。シルクは声をかけるべきか否かを無表情のまま考える。
しかし、ちらとカネル達の方に視線を向けては考えるのを止めた。
誰一人ティピックからの圧に怖気づいておらず、堂々と背筋を伸ばした状態で視線を一切逸らそうとしない。
数秒の沈黙が訪れてから、ティピックの軽い溜息が事務室内に響く。
その後、分かりやすいくらいの舌打ちも聞こえてはシルクはぽかんとした表情で固まった。
「チッ……これだから戦闘狂集団は」
「褒め言葉をどうも」
あからさまに不機嫌な表情を浮かべるティピックに対し、カネルは額に青筋を立たせながら笑顔で返答する。部下達もティピックの態度に腹が立ったのか、ジト目や鋭い睨みを静かにぶつけた。
そんな中、シルクはティピックが仕事モードを崩したことに対して軽く驚きの表情を浮かべていた。
しかし直ぐに営業スマイルに切り替わったことで、「あ、戻った…」と心の中で呟いてから安堵した。
「その要望については魔物討伐の難易度次第にもよるからねぇ。そう直ぐに対応するのは現実的にも難しいだろう……まぁ、一旦保留だね」
保留という言葉にカネルはきょとんとしてから、静かに満足そうな笑みを浮かべた。
駄目だ、断る、といった完全な拒否の言葉を使わなかったのだ。
つまりそういうことである。
「シルク君はそれでも良いかい?」
「はい、大丈夫です」
ティピックはシルクの無表情ながらも落ち着いた様子に複雑な気持ちになりながらも、シルクが拒否を示さないのであればと肩を竦めてから軽く笑みを浮かべた。




