143. 感情
いつもの流れなら箒に乗って裏魔法協会へと直行するのだが、箒を取り出そうとしたところでアベルから待てと声をかけられる。
変わらず鋭い目付きである為つい視線を逸らしたくなるも、余計に背負っていた肩の荷が下りているのもあって以前ほどのような警戒心は消えていた。
「何でしょうか」
「念のため確認するが、あの毒の煙を多少は吸ってただろ。問題ないとは言っていたが本当に大丈夫なのか?」
痛いところを突かれたように、シルクは結局分かりやすく視線を逸らしてしまう。
アベルは軽く目を細めてから手元に一つの小瓶を取り出し、シルクの方に差し出した。
中には水色混じりの半透明な液体が入っている。
「吸った時点で身体の中に毒が入り込んでるんだ、解毒薬を飲んでた方が良いだろ」
「…私は大丈夫です、何ともありません。お気持ちだけ受け取ります」
シルクは掌をアベルの方へ向けるように自身の前にかざし、受け取り拒否を示す。
毒についてはカネル達も同様に心配しており、解毒薬を受け取らない様子を見ては疑問を浮かべる。
アベルは眉を顰めてまた睨むようにシルクを凝視するが、ふと左腕の方へと視線を向ける。
細い手首から少しだけシャツの内側と綺麗な腕が見えている。
包帯が巻かれていた筈の前腕に視線を留めてしまい、それに気付いたシルクはローブの中に左腕を隠した。
「腕の方はもう治ったのか」
「…はい」
誰かに回復魔法を施してもらったのか、グレイもしくは自ら回復関連の魔法薬を調合し使用したのか。
その考えをよぎらせるも、それだとわざわざ隠す必要は無い筈だ。
やたらと傷を隠したがる。毒を吸っているにも関わらず解毒薬は必要ない。
まさか、とアベルが眉を顰めたところでシルクが口を動かした。
「そういう体質なんです。他の人と比べて傷の治りは早く、毒に耐性がある…それだけです」
無表情のまま淡々と語る様子に、近くで話を聞いていたカネルはグレイから聞いた話を脳内再生させた。
『シルクは身体の成長が止まってるんだよ。いつからそうなったのかは本人も分からないみたいだ…気にして無さそうに振舞ってるけど、結構デリケートな内容ではあるからね』
同様に話を聞いているレザンは静かに冷や汗を流し、カネルと視線を合わせる。
シルクは淡々とした様子を見せるが、やはり視線は逸らしたままだ。
あまり深く触れない方が良い話題だと思い、アベルの肩へと手を伸ばそうとした時だった。
アベルは断られた解毒薬を再びシルクの前にずいと差し出し、その様子にシルクはぽかんとしてしまう。
「耐性があるってだけで、まったく効かないってことじゃ無いんだろ。いいから飲んどけ」
「えっと…」
半ば強制に持たされた解毒薬を手にし、シルクは困惑する。
確かに耐性があると言ってしまえばそのように受け取られるのだろうが、これまでシルクは一切毒の効果を感じたことが無かったのだ。
ならば効かないとはっきり言えば良かっただろうかと考えるも、そう言い切ったところでどう思われるだろうかと複雑な気持ちになる。
深く追求される前に体質の一部を宣言したものの、捉え方によっては気味悪いと感じられてもおかしくはない。
シルクは諦め半分で口にしたのだが、アベルからの予想外な対応に困惑しつつ視線を合わせた。
「本当に、大丈夫で…」
「さっきから大丈夫大丈夫って、はっきりしない言葉ばっかり使ってんじゃねぇよ」
シルクの言葉を遮っては呆れるように溜息をつき、鋭い目付きでシルクの姿をしっかり見ながら続きの言葉を述べた。
「怪我の時も大丈夫って言って隠そうとしてたけど、怪我は隠すものじゃなくて治療するものだろ。実際痛かったんじゃねぇのかよ」
シルクは一瞬目を丸くさせ、視線を逸らそうとも思わなくなってしまう。
真剣に問いてくる者に対して、誤魔化そうとする気持ちにもなれなくなっていた。
「……痛かったです」
「だったら直ぐにそう言えよ」
「…余計な迷惑をかける訳には」
「は?」
明らかに不機嫌な目付きで睨まれ、圧を感じては少し肩を跳ね上げさせつい警戒してしまう。
そんなシルクの様子に気付いてからアベルは少し睨みを抑え、軽く肩を落とす。
「迷惑かけるとか勝手に決めつけるな。…全部一人で抱え込もうとするなよ」
直後、シルクは目を見開かせる。
…脳内に誰かの優しい声が響いた。
『……迷惑だなんて思っちゃいないわよ』
何処か懐かしいような、安心する女性の声。
心の内側から熱がじんわりと広がるような感覚を覚える。
ふと強い視線を感じて顔を上げると、目の前にいるアベルがギョッとした表情で固まっていた。
後ろ側にいるカネル達も引き攣るように驚いたまま固まっており、シルクは頭上に疑問符を浮かべる。
その後ぺーシェがアベルの方を指しながらジト目で訴えた。
「あ〜ぁ、アベルがシルクさん泣かせた」
「もうちょっとマシな言い方があるだろうに」
「やっぱ睨み過ぎなんだよ」
「はぁ!?いや、俺はそんなつもりじゃ…!」
次々と同僚から指摘され、アベルは振り返ってから焦りだす。
そんな中シルクは自身の頬に触れてみると、濡れた感触がするのに気付く。
指先に新たに水滴が流れていき、指先を上へと滑らせるように移動させ目元まで辿り着く。
自分の目から涙が流れてきていることに驚き、シルクは有り得ないものを見るような視線を濡れた指先にぶつけた。
「……悪かった」
無表情のまま涙を流す様子に、アベルは複雑そうな表情を浮かべて戸惑いながら、先程きっぱりと宣言していた時と変わって口をもごつかせるように呟いた。
「アベル、そこは素直にごめんなさいだろ」
「うるせぇちょっかいかけてくんな…あ!?」
プラットが薄らと揶揄うような笑みを浮かべるのに気付いて青筋を立たせていると、ちらとシルクの方を見てから驚きの声をあげる。
シルクの手にはいつの間に出したのか、存在感を消す魔法薬が入ったスプレー式の小瓶が握られていた。
自らに数回素早く吹きかけ、そのままシルクの姿は霧が消えるように見えなくなってしまった。
「シルクさーーんッ!?」
「ほらぁ、ちゃんと謝らないから!」
「謝ったよ!!」
「誠意が込もってないな、やり直し!」
アベル達が騒ぐ中、カネルのスマートフォンが軽く振動する。
まさかと思いながら確認すると、シルクからの連絡が入っていた。
【すぐ近くにいるので安心してください。驚かせてしまって申し訳ございません。】
カネルはスマートフォンの画面と部下達の様子を交互に見てから苦笑いを浮かべた。




