140. 冷徹
1体のクロムスコーピオンが負傷し悲痛な声を上げる。
その声に2体のクロムスコーピオンが反応し、動揺するように尾をしならせた。
直後、それらの尾の先にもドスリと鋭いナイフが吸い込まれるように突き刺さる。
ナイフに込められた膨大な魔力が解放され、勢いよく暴発する。
そこら中に猛毒の液体が飛散し、カネル達の身を守っている魔法障壁にも飛びかかった。しかし魔法障壁にかかった液体は浄化されるように蒸発してしまう。
地面や辺りの木々に飛散したところは猛毒の影響で腐り、ぼこりと音を立てながら溶けてしまった。
シルクに猛毒の液体はかかること無く、蹴り飛ばされたクロムスコーピオンが地面に落下した後に地面に着地した。
辺りには薄紫色の煙が漂う中、シルクは無表情のまま淡々とした様子。
あの煙の中を平然とした様子で立っていられていることに、カネル達は驚愕と困惑を入り混ぜた表情を浮かべる。
ほんの少し煙を浴びただけで気分が悪くなる程の猛毒である筈なのに、シルクはそのような素振りを全く見せない。痩せ我慢かと考えるも、顔色を全く変えていない様子にその考えは消えてしまう。
「…ごめんね」
シルクが小さくそう呟くと、右足で軽く地面を叩く。
その音を聞いては再び地面から氷の針山が飛び出てくると思ったのか、クロムスコーピオン達は脚を動かして木の上へ向かおうと動き出す。
しかし先程の針山とは異なり、クロムスコーピオンが這い上がっていった木にまとわりつくように氷の膜が広がる。
木が氷の膜で完全に覆われてしまい、登っていたクロムスコーピオン達はそれぞれ脚を滑らせて地面へと落下していく。
更には地面も氷の膜が広がり、背中を打ち付けるように落下したクロムスコーピオンは腹側を地面に向けるよう身を翻すことができず、ジタバタと脚をばたつかせることしができない。
一瞬で辺りが氷の空間のように寒々しくなった光景に、カネル達は驚愕の表情を浮かべて黙り込む。
魔法障壁によって寒さはまったく感じられないが、肌がゾクリと粟立つような感覚に襲われる。
クロムスコーピオンが落下するのに対し、シルクは凍った木々の間を軽々と跳躍しながら登る。
太い木の枝に足をつけ、クロムスコーピオンを見下ろしながら右手の中指に嵌めている指輪を光らせた。
手元に召喚されたライフルでクロムスコーピオンの腹側に焦点を合わせる。
視覚魔法で節と節の間に狙いを定め、魔力を込める。
とてつもなく魔力が跳ね上がる。
シルクの瞳は真剣そのもので、瞬きせずクロムスコーピオンから視点を逸らさない。
勢いよく発射された高魔力の弾丸が、クロムスコーピオンの腹側を貫いた。
直後、辺りが揺れる程の地響きが沸き起こる。
薄紫色の煙に砂埃が混ざり、視界はより一層悪くなる。
魔法障壁に守られながらその場で立ち尽くすカネル達だが、感じ取られる魔力の動きからシルクがどの辺りにいるのかを察知できた。
ライフルの時とは違った破壊音、衝撃音が響き渡る。
地響きが治まると同時に暴風が舞い、視界を悪くさせていた砂煙が吹き飛んだ。
長い刀が突き刺された状態のクロムスコーピオンの上に、シルクは立っていた。
黒いローブが静かに、緩やかになびいている。
他のクロムスコーピオンは、1体はライフルにより身体を大幅に損傷しており、もう1体も大きな衝撃を受けたかのような損傷を腹側に受けていた。
どれもピクリとも動こうとせず、完全に息絶えた状態である。
「……終わりました」
シルクがぽつりとそう呟くと、カネル達に貼られていた魔法障壁は解除される。
突き刺していた刀を引き抜いてからクロムスコーピオンから降り、刀の状態を確認してから指輪の中に仕舞い込んだ。
同時に氷の膜は蒸発するように消えてしまい、辺りに寒い風が吹き起こる。
「シルクさん…身体の方は大丈夫なのか?」
沈黙が続く中、カネルがそう尋ねる。
明らかに膨大な魔力を一度に消費したのだ、前回のように気絶するのではと不安がよぎる。
しかしシルクは無表情のまま、淡々とした様子で答えた。
「特に問題ありません」
淡々としているが、普段とは違う点が一つあった。
瞳には光が宿っておらず、冷たい印象が強く感じられてしまう。
距離感を感じるような、そんな冷たい視線。
「緊急でしたので、何も説明せずに強行突破させて頂きました。驚かせてしまい申し訳ございません」
そう言って視線を伏せると同時に軽く頭を下げる。
それでもカネル達は黙っていることしかできなかった。
前回の同行の時とは比べ物にならない程の高魔力を肌で感じ、その余韻が今でも続いている。
「…本日の討伐は以上になります。この後は個人的にやることがありますので、皆さんは先に戻っていてください」
「え…」
ぺーシェがはっとした表情を浮かべて声を漏らす。
シルクはポシェットから依頼書を取り出し、紋様が濃く描かれるのを確認してから顔を上げる。
変わらず暗い瞳のまま、落ち着いた声で言葉を続けた。
「…この後は、一人で作業させてください」
「……分かった。行くぞ皆」
カネルは数秒黙ってから部下達にそう告げる。
アベルが納得いかないといった表情を浮かべるも、カネルからの無言の訴えに黙り込んでしまう。
ぺーシェ達も互いに顔を見合わせ、カネルの指示に従うことにした。
「では、失礼します」
シルクは深くフードを被り、カネル達から背を向ける。
カネル達もシルクから背を向け、森林の出入口へと向かって行った。
辺りの惨状を静かに見つめながら、シルクは呟く。
「……また、やり過ぎちゃったな」
その言葉は誰にも聞き取られることなく、静かな森林の中へと消えていった。




