138. クロムスコーピオン
びきり、と螺旋状に巻かれている尾から軋むような音が鳴る。先端部分に向かって猛毒が集中していき、大きく膨れ上がっていく。
シルクが跳躍しその場を離れると、シルクが足をつけていた地面に紫色の液体がばしゃりと降りかかる。
空中で回転するように振り向くと、視界に大きな鋏の存在をとらえる。
即座に貼られた魔法障壁と鋏がぶつかり合い、その衝撃音が甲高く辺りに響き渡った。
身を翻して地面に着地し、シルクは顔を上げて眉を顰めさせた。
シルクの視界には、2体のクロムスコーピオンが警戒するように尾をうねらせ、大きな鋏をカチカチと鳴らしている。
(2体も……いや、3体!)
クロムスコーピオンから滲み出る僅かな魔力を他の場所からも察知し、そちらに視線を向ける。
カネル達もその存在に気付いたようで、警戒態勢をとったまま木の上に佇む3体目のクロムスコーピオンに視線をぶつけた。
「…迅速にってのはこういうことだったのか」
カネルは苦虫を噛み潰したような表情でティピックの言葉を思い出す。
何か違和感があると感じていたのはこのことだったのだ。
しかし、迅速にとは言えどシルクの討伐の速さであっても脱皮し進化してしまったのだ。
シルク以上に素早く的確に討伐する存在は果たしているのだろうか。
シルクは視覚魔法を発動しクロムスコーピオンに焦点を合わせる。
弱点の部位を特定しようとするも、目を見開いたまま固まって沈黙する。
(…弱点が見えない)
その後再び猛毒攻撃が繰り出され、シルクは素早く避けた。
どのように攻撃しようかと考えを巡らせながら、並んだ木を利用して器用に上へと上がっていく。
どうやらチタンスコーピオンの時よりも動きは鈍くなっているようで、シルクは難なくクロムスコーピオンの背後にまわれた。
そのまま先に尾を切り落とそうと小刀を振るう。
甲高い金属音が鳴り響いてから、シルクは目を丸くさせた。
チタンスコーピオンの時と比べて殻はより頑丈になっており、刃が全く通っていないのだ。
動きが鈍くなっていると言えど、至近距離となれば話は変わってくる。
振り向くと同時に螺旋状の尾を動かし、鋭い針先をシルクに向けて突っ込む。
シルクは二本の小刀で針先を受け止めるも、衝撃で後ろに吹き飛ばされた。
大木に勢いよく背中から衝突するも、空中で受け身の態勢をとったことで最小限のダメージで済む。
そのまま地上に着地し、小刀の状態を確認する。
刃の部分が所々かけてしまっており、クロムスコーピオンの頑丈さを実感した。
「シルクさんが吹き飛ばされるなんて…」
「あの殻頑丈過ぎるぞ、どうやって仕留めるつもりなんだ?」
「…おい、こっちに来るぞ!」
ぺーシェ、レザン、プラットが合流した辺りに1体のクロムスコーピオンが尾の先を向けていた。
尾の先が大きく膨らんだと思えば、直ぐに猛毒攻撃が繰り出される。
3人は散るようにその場から跳躍して猛毒攻撃を避けるも、他のクロムスコーピオンも同様に猛毒攻撃を繰り出す寸前の状態となっていた。
辺りに大量の猛毒攻撃が飛散し、薄紫色の煙が辺りを漂っていく。
「ゲホッ…この煙って吸ったらヤバいやつだよね」
「辺りが見えにくい…!」
各自ばらばらに攻撃を避けた為、どの辺りに誰がいるのか分からなくなってしまう。
密集した森林地帯の上に目眩しのように煙が舞い、更には毒の効果で僅かに倦怠感を自覚し始める。
クロムスコーピオンが更に猛毒攻撃を繰り出しているのか、煙は段々濃くなっていく。
魔法障壁を貼るも、カネル達はその場から動けなくなってしまった。
「完全に猛毒に囲まれたな…」
カネルは重怠く感じる身体を動かしながら手持ちの解毒薬を確認する。
アベル達の手持ちにも緊急時用の解毒薬があるのだが、この状況で飲んだとしても魔法障壁を解除してしまえば再び猛毒に襲われることになる。
今使うべきか、様子を見るべきか。各自魔法障壁の中で顔を顰めさせた。
その時だった。
とある地点からとてつもなく強い魔力を感じ取る。
魔法障壁を貼っているにも関わらず、びりびりと肌が痺れるような感覚に襲われる。
決して猛毒による痺れではない。
この感覚を、カネル達は知っていた。
それは、魔法防衛省の地下訓練場で感じ取ったものと同じだった。
突如、辺りに突風が巻き起こる。
紫色の煙を振り払うように、とてつもなく強い風が広範囲に巻き起こっていく。
魔法障壁が揺れてしまうような勢いにカネル達は魔力を込めて耐えた。
突風によりクロムスコーピオン達は吹き飛ばされ、大木に勢いよく身体を打ち付ける。
その衝撃で大木から軋む音が響き、クロムスコーピオンはほとんど無傷な状態のまま地面に脚をつけた。
煙が晴れたことで視界が良好になり、突風が巻き起こった地点に皆が集中する。
そこでは狐面を外し素顔を晒した状態のシルクが目を見開かせ、視覚魔法を発動した状態で佇んでいた。足元辺りは突風によって地面が抉れていた。
「…でたらめに打たないでもらおうかな」
淡々とした様子でそう呟く。
しかし普段とは違う点があった。
瞳の眼光は鋭く、冷徹さを思わせるような視線。
以前の討伐でもここまでの目付きにはなっておらず、本当に同一人物なのかと疑ってしまう程。
そのような視線を直接向けられている訳ではないのだが、カネル達の背筋にぞくりと寒気が襲いかかっていた。
「貴方達の標的は私だけだよ」
スッと左手を上げると同時に、カネル達の足元に魔法陣が浮かび上がる。
そのまま薄い膜が貼られていき、完全に閉じ込められたことにカネル達は驚愕した。
一体何をしたのかと困惑しながら叫ぶも、声は外に漏れ出ること無く辺りは無音となる。
「狙うなら、私だけを狙え」
静寂の中響いてくるシルクの声に、クロムスコーピオン達がぴくりと反応した。




