136. 再同行
シルクは朝日が昇り始めているのに気付き、読んでいた一冊の分厚い本をテーブルに置いてから椅子から立ち上がる。
窓から見える外の景色を数秒ぼんやりと見つめてから、身支度を整えて部屋を出る。
本日はシルクの仕事の日であり、二回目のカネル達同行となる。
一階まで下りて食卓へと向かうと、早起きしていたミュスカと廊下で遭遇した。
「おはようございます」
「おはようございます、今日も仕事ですよね」
「はい、今日もジャスティさん達が同行します」
大体の経緯を把握しているミュスカは苦笑いを浮かべつつ、シルクに持参させる昼食を準備しようと食卓へと向かう。
シルクも食卓へと向かい、同時に作られる朝食の準備を手伝ってから椅子に腰かけた。
目玉焼きがのったトーストをさくりと口に含み、ゆっくり咀嚼していると二人分の珈琲を手にしたミュスカも席につく。
「シルクさんは仕事があるなし関係なく毎日早起きですよね、先生とシャロンには見習ってほしいですよ」
ミュスカは軽く愚痴を零しながら珈琲を飲む。
今日は魔法学校が休みの日である為、シャロンは平日よりも長く睡眠をとっていた。
グレイは平気で徹夜するのもあって、朝起きる時間はいつもまばらである。
「ミュスカさんも毎日早起きです。それにこうして朝食を準備してくださって、学校がある日でも昼食の準備も済ませてしまって…なかなか簡単にはできないことです。毎日ありがとうございます」
「そうやって褒めてくれるのはシルクさんくらいですよ…」
「博士とシャロンさんも同じように思っていますよ。…まぁ、言葉にしないと分かりませんからね」
ミュスカはシルクの言葉を噛み締めつつ、トーストをさくりと一口頬張る。
ちらとシルクに視線を向け、シルクがほんのりと満足そうに朝食を食べている様子を見ては安心するように肩を下ろした。
そうして互いに朝食を済ませ、シルクは珈琲を飲み干してから立ち上がる。
そのまま食器を片付けようとするも、ミュスカが後でやっておきますからと言ったことで、その言葉に甘えることにする。
椅子に掛けていた簡単に畳んだローブを着用し、ミュスカの方へと振り向いたところでぴたりと動きを止める。そんなシルクの様子にミュスカはどうしたのかと首を傾げた。
「…パンくず、ついてます」
シルクが自身の口の端をちょんと指す。
つられてミュスカも驚きと恥ずかしさを混じらせながら自身の口元に指を向けるが、指摘された場所からは外れていた。
するとシルクが近付き、ミュスカの目の前で止まると「失礼します」と小さく呟いてから右手の指先をミュスカの口の端に向けた。
そのままパンくずは優しく取られるも、ミュスカは固まったまま動こうとしない。正しくは動けないのである。
「では、行ってきます」
シルクが心なしか満足そうに、僅かに笑みを浮かべてから挨拶を告げる。
そうして食卓を後にするが、ミュスカは固まったままシルクが出て行った扉に視線をぶつける。
数秒後、先程の行動を思い出してはぶわっと熱が込み上げるように顔を赤く染め上げた。
あくまでもシルクの素の行動であるのを理解しているも、突然距離が近くなることには戸惑ってしまう。
しかも普段から無表情で淡々としているのに、僅かと言えど不意に優しい笑顔を向けられてしまえば効果は抜群である。
「…先生の言う通り、天然たらしだ」
集中する熱を冷まさせるように、ミュスカは顔を横に激しく振ってから食器を片付け始める。
それでも暫くは、ほんのりと熱を帯び続けていた。
――
――
裏魔法協会にて、カネルよりも先に到着していたシルクはティピックから依頼内容を伝えられていた。
ふわりと浮かんだ依頼書が目の前で留まり、シルクはそのまま依頼書を受け取って目を通す。
途中で軽く目を細め、読み終えてからティピックに視線を移した。
「今回の依頼は少々特殊な部類に入りますね。ジャスティさん達が同行しても大丈夫なのでしょうか」
「あぁ、そこは気にしなくても良いだろう。寧ろ同行を強く願っているのは彼等の方なんだし、そこは自己責任ということでね。…シルク君はいつものようにやってくれたまえ」
「…承知しました」
シルクが軽くお辞儀をしたところで、扉が開いてカネルが入って来る。
案内を済ませたウィンは無表情のまますたすたと歩いて行き、ティピックの近くで留まって振り向けばシルクに向かってふわりと笑みを浮かべた。
「さて、今日の依頼内容はチタンスコーピオンと呼ばれる蠍の魔物の討伐。頑丈な殻や鋏は素材としても扱われるものだが、あくまでも今回は討伐がメインだ…迅速に討伐してくれたまえよ」
そうしてシルクは狐面をつけ、深くフードを被る。
カネルも揃って事務所を後にし、扉を通る際にシルクは存在感を消す魔法薬を吹きかけて姿を消した。
カネルはふと違和感を覚えていたが、深くは考えずにそのまま人通りが多い魔法協会の中を通って行く。
外で待ち合わせている部下達と合流し、人通りがほとんどない路地まで移動してからシルクは姿を現した。
「本日もよろしくお願いします」
そう言いながら丁寧にお辞儀をするも、直ぐにとある視線をふいっと逸らす。
とある視線の正体はアベルであり、普段の鋭い目付きに睨みが加わった表情をしていた。
「アベル、今日も凄い目付きだがどうした?」
「…いいえ、特に何も。普段通りだと思いますが」
カネルは苦笑いを浮かべながら肩を落とす。
明らかに普段通りじゃないだろ、とペーシェ達も心の中でつっこみを入れながら冷や汗を流した。
シルクは狐面をつけているも、その下ではジト目になっていた。
そこまで睨まなくても良いじゃないか、とジト目をそのままアベルの方に向けたくなったが、更に強く睨まれそうだと考えて実行しなかった。




