135. 釘を刺す
裏魔法教会に戻ると、ティピックは朝と変わってにこにこと営業スマイルを浮かべていた。
今日の同行が終わったことがそんなに嬉しいのか、とカネルは苛立ちを含めた笑顔を向ける。
「今日もお疲れ様。報告書を見たところ、最後のは別の魔物からの襲撃があったようだね」
「そのことについて追加で報告がある」
カネルはクリアウルフが出現してからの経緯を簡潔に報告した。
シルクの負傷についてはさり気なく伏せ、隣でシルクは無表情のままティピックに視線を向けている。
ティピックは途中で驚いたように目をぱちくりとさせ、シルクの方を伺ってはくすりと笑みを零した。
「まさかあの希少なクリアウルフと遭遇するなんて、運が良いじゃないか。子どもについては残念だが、野生で暮らす上では仕方の無いことだね」
「はい…あと、クリアウルフからこちらを頂きました」
シルクはポシェットから小さな布袋を取り出し、中から半透明の狼爪を掌の上に出す。
するとティピックは驚いた表情で固まったと思えば、軽く吹き出すように前屈みになってから笑い出す。
此奴もこうやって笑うのか、とカネルは意外そうな表情を浮かべた。
「本当シルク君には驚かされることばかりだよ。見たところ外れて間も無い状態じゃないかい?」
「そうですね。丁度生え変わりの時期だったようで、目の前で取れました」
「となると新鮮な成分が詰まってるわけだ。時間が経つと干からびて成分は減ってしまうからねぇ。それでも十分な成分量ではあるんだけど、それは希少中の更に希少な部類になる。必要になる時まで大切に保管しておくんだよ」
「承知しました」
再び布袋の中に入れ、保存魔法をかけてからポシェットに仕舞い込む。
丁度そのタイミングで、事務所を離れていたウィンが戻ってくる。
カネルの姿を見ては無表情を向けるも、シルクの姿を見れば嬉しそうに笑顔を浮かべた。
本当に此奴等は…とカネルはきゅっと口を閉じてジト目を向ける。
シルクがウィンにお辞儀をしたところで、ウィンは疑問を浮かべるように首を傾げた。
「あら…シルク様、朝とは違うシャツを着ていらっしゃいますね」
シルクは目をぱちくりとさせ、カネルはぴしりと固まる。
同じ白シャツだというのに何故気付いたのかと考えていると、ティピックが軽く目を細めてから「あ、ほんとだ」と呟いた。
カネルは心の中でドン引きし、その気持ちが僅かに表情に出てしまい引き攣った顔になる。
「…クリアウルフを助ける際に川で濡れてしまったので、急遽着替えたんです」
シルクは視線を逸らしながらそう語る。
そこは正直に話すのかと、カネルは静かに心の中でつっこみを入れた。
「そのようなことが…!お身体の方は大丈夫ですか?」
「はい、大丈夫です」
ウィンは目を丸くさせてから心配するようにシルクに質問するが、シルクは淡々とした様子でそう答える。
ティピックは静かにシルクとウィンの方を伺っているが、その様子にカネルは冷や汗を流した。
「急なトラブルだったんだし、シルク君が大丈夫だと言うなら大丈夫だろう……先にシルク君はあがっててくれ。少しカネル君と話したいことがある」
シルクはきょとんとした表情をしてから頷いた。
カネルは目を細めながらティピックに視線を送った後、落ち着いた様子でシルクに向き直った。
「そういうわけで、今日はここまでだな。次は明後日になるか…またよろしく頼む」
「はい、今日はありがとうございました」
カネルが右手を差し出すと、シルクも右手を差し出し握手が成立する。
その様子にウィンが嫉妬するような冷たい視線を向けていたが、シルクが振り向いたことでにこりと笑顔に切り替わる。
ティピックは一瞬朝の時と同じような面白くなさそうな表情を浮かべるも、直ぐ営業スマイルに戻してから一つの封筒を取り出した。
「そうだウィン君、戻ってきて早々申し訳ないがこれを頼む」
「あら、まとめるまで時間がかかると仰ってませんでした?」
「思ったよりも早く片付けられてね…そう睨まないでくれたまえよ」
ティピックは苦笑いを浮かべながら封筒をふわりと浮かせ、ウィンの手元に渡る。
ウィンは不満そうにするも、シルクと事務所を出るタイミングが重なると考えては満足そうに笑みを浮かべた。
そうしてシルクとウィンが事務所を後にし、ティピックとカネルだけが残される。
カネルは引き止められた理由について、僅かに察していた。
ティピックは軽く視線を伏せながら仕事机に両肘をつき、顔の前で軽く手を組む。
「さて…カネル君達は、シルク君についてどこまで把握しているんだい?」
静かに圧がかかるような、落ち着きながらも低い声が事務所内に響いた。
やはりそのことについてか、とカネルは真剣な表情でティピックと視線をぶつけ合う。
「訳あってグレイから体質についてを聞いているくらいだ。シルクさんもそのことについては理解してくれている。部隊の中で他に知っているのはレザンだけだな、他の部下達はまだ知らないが…」
「…まだとは、何だか含みのあるような言い方だね」
カネルはアベルがやたらと怪しむように視線を向けていたのを思い出す。
観察眼が鋭いアベルのことだ、直接手当てしていたのも含めて何か気付いた可能性がある。
シルクがやたらと負傷について伏せようとしている様子にもカネル自身違和感を感じていた。
僅かに必死そうな強張った表情を浮かべていたような気もする。
「…シルク君のことについて、他にも報告することがあるんじゃないかい?」
カネルの頬に冷や汗が流れ落ちる。
考えを見透かされているような気味悪さを覚えるが、カネルは軽く息を吐いてから告げた。
「報告は先程言った通りだ。それ以上に追加で報告することは無い」
再び視線がぶつかり合う。
ティピックが僅かに眉間に皺を寄せて睨むような表情を浮かべているが、カネルは視線を逸らさず真っ直ぐと見つめ返すだけだ。
負傷について伏せ通すのは、シルクの意思だ。
カネル達の事情も含まれているというのも否定できないのだが、シルク本人が黙っていて欲しいと強く願っている。
シルクの意思を尊重する為にも、黙り通すことを決めたのだ。
これ以上問いても平行線になると感じたのか、ティピックは溜息をついてから頬杖をついた。
「…そうか、ならすまなかったね。じゃあ最後にこれだけ言っておこう」
ティピックがにこりと笑みを浮かべたと思えば、口からは釘を刺すような言葉が出てくる。
「シルク君については、これ以上深く追求しないでもらおうか」
カネルは軽く目を見開かせてから、疑うように目を細めてしまう。
「明後日の依頼の同行については予定通りで構わないから、そこは安心してくれたまえ。戦闘技術についてはシルク君も許可を出しているわけだからね。…私が言いたいのは、必要以上に深く追求するなということだよ」
必要以上に深く追求しないでいいこと。
つまりシルクの体質についてのことだとカネルは理解する。
ティピックが口に出すほど釘を刺すのだから、そう言われると逆に気になってしまうのがカネルの本音ではある。
しかし、シルクの硬い表情を脳裏に浮かべてはその考えをぐっと抑えた。
「あぁ、承知した」
「理解が早くて助かるよ」
カネルが縦に頷くと、ティピックは営業スマイルを浮かべて普段通りの様子に戻る。
そうしてカネルも事務所を後にすると、一人残されたティピックはロッキングチェアに深くもたれてから目を閉じる。
脳裏に浮かべるのは、先程シルクがクリアウルフの狼爪を取り出している時に見えた、左腕のシャツの裾の隙間から僅かに見えた包帯。
ティピックはゆっくり目を開けてから溜息を零した。
「相変わらずだけど、それもシルク君の優しさだからねぇ…私には変に気を遣わなくても良いのに」
扉の方を見つめながら、ぽつりとそう呟く。
悲しげな瞳を浮かべたまま、再び目を閉じた。




