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欠落万能屋は記憶を探求する  作者: 多津身 光
第六章:体質
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133. 怪我

 崖の下は川となっており、魔物が落下したことで勢いよく水飛沫が上がる。

 川の流れる勢いが緩やかであった為、魔物はそのまま流されること無くその場に浮かんでいた。


 魔物自体は力無く動けない状態なのだが、その身体が下から何かに持ち上げられるように動き出す。

 その下では共に落下したシルクが無表情のまま魔物の身体を支えていた。



 浮遊魔法を使いながら魔物の身体を支えて持ち上げ、川岸まで移動する。

 つけていた狐面は落下の衝撃で外れてしまい、全身に水を被ったことで存在感を消す魔法薬の効果が薄れてしまっていた。


 それでもシルクは魔物の状態確認を優先し、優しく陸に降ろして回復魔法を施そうと手を掲げる。

 同時に異言語魔法を発動させ、意識が朦朧としている魔物に語り掛けた。




「今傷を治すから、力を抜いて楽にしてて」



 シルクの手元が淡く光り、魔物の負った傷が綺麗に塞がっていく。

 それと同時に魔物の目が開いた。


 しかし魔物は狼狽えるように起き上がり、先程襲撃していた魔物を探そうと鋭い目付きで辺りを見渡し始めた。



「待って、まだ傷が塞がってない」


『何処、彼奴等は何処!許さない、絶対に許さないわ!』



 鋭い爪と牙をむき出しにして、再び凶暴的な表情を浮かべて殺気を辺りに放つ。

 それでもシルクは無表情のまま淡々と話しかけ、落ち着かせようと手をかざし続ける。




『よくも私の大切な子を!殺してやる、殺してやるッ!!』



 直後、魔物はシルクの手を振り払うように前脚を振るった。

 その衝撃でシルクは後ろに飛ばされてしまい、ずしゃりと地面が擦れる音が響く。



 それでもシルクは立ち上がり、再び魔物に近付いては手をかざす。

 すると魔物の足元に魔法陣が描かれ、影のような黒く細長いものが魔物の身体をぐるりと縛った。


 拘束魔法に魔物は身動きが取れなくなり、その場に倒れ込んでしまう。

 そしてようやくシルクの存在に気付き、シルクに向かって睨むように視線を向けた。



『人間…!何よ、まさか貴方も私達を襲うつもりなの!?』


「違うよ」



 シルクはゆっくり顔を横に振り、魔物に近付いてしゃがみ込む。

 魔物は暴れようと身体を動かすが、拘束魔法の頑丈さ故に手足を僅かにばたつかせることしかできない。

 傷の痛みもあって動きは鈍くなり、どうしようもない状態に瞳に恐怖心が入り混じりだす。




「貴方が亡くなってしまったら、残された子ども達はどうなるの?」



 魔物は言葉が通じ合っていることに驚きつつ、シルクの言葉に目を丸くさせる。

 シルクは真っ直ぐ真剣な瞳を向けながら言葉を続けた。




「やられた子どもの仇をとりたい気持ちは否定しない。でも貴方が傷付いて最悪な状態になってしまえば、残された他の子ども達はどうなるの?」



 シルクは魔物の額辺りに手をかざし、再び回復魔法を施していく。

 魔物の瞳にシルクの姿が映し出される。

 優しさと悲しみが複雑に絡み合っているような表情だった。



「感情に身を任せてばかりだと、大切なものを更に失うかもしれない。貴方にはそうなってほしくない」


『…私、なんてことを。あの子達を置き去りにして、我を忘れてしまって…』


「子ども達は安全な場所に身を隠してるから安心して。…一緒に戻ろう」


『えぇ…ごめんなさい。私、貴方に酷いことをした』



 魔物はシルクがローブから出している腕に視線を留める。

 鋭い爪によってシャツが破けてしまっており、隙間から見える肌は赤く染まっている。

 更に濡れているのもあってじわじわと範囲が広がっていた。



「大丈夫。直ぐに治るから」



 シルクは淡々とした様子でそう呟いた。

 魔物は申し訳なさそうに軽く頷き、回復魔法の心地よさに瞳を閉じる。



 しかし安心していたのも束の間。

 ぐるる、とシルクの背後から唸り声が響いた。




(…しまった)



 ちらと視線を背後に向けると、討伐対象となる魔物が3体シルク達の方へ距離を詰めようとしていた。


 シルクは治療している魔物を再び興奮状態にさせないようにと、耳元に遮断魔法を発動させる。

 追い払おうにも回復魔法はまだ途中であり、今シルクの手で討伐するわけにはいかない。



 まずは魔法障壁で攻撃を凌ごうと、回復魔法を施している方とは反対の手を討伐対象の魔物達に向けようとした。




 その直後、魔物達の頭上に氷の衝撃波が降り注いだ。

 魔物達は悲痛な叫び声をあげ、冷たい風がシルクの方にも吹いてくる。




「おい、そのまま動くなよ」



 飛行用の箒に乗っているアベルの手には刀が握られており、刀から氷の魔力を強く感じられる。

 アベルは地面に着地し箒をスティックに戻すと、刀を討伐対象の魔物に向けて大きく振る。

 すると刀から氷の衝撃波が放たれ、再び魔物達に襲い掛かった。



 視覚魔法で遠くから観察していた時とは違い、間近だとより魔力の強さを肌で感じられる。

 シルクはアベルの様子を静かに見守りながら、回復魔法を続行させた。



 そうして3体とも見事に討伐され、辺りに他の魔物がいないのを確認してからアベルは刀を鞘に納めた。

 そのままシルクの方へ振り向くと、睨むような表情でシルクに近付いた。




「何勝手に行動してんだよ」


「すみません、ご迷惑をおかけしました」



 変わらず淡々とした様子にアベルは苛立ちを通り越して溜息をつく。


 シルクの近くにいる魔物の傷は完治されており、拘束魔法は解除されているにも関わらず、先程のような荒々しい様子とは変わって大人しくなっている。


 アベルはシルクの行動に対して問い詰めようとするも、ぴたりと動きを止めてシルクの姿を凝視した。

 川へと落下したのもあって全身水浸しであり、しまいには左腕がじんわりと赤く染まっている。


 左腕に視線が向けられているのに気付き、シルクは咄嗟にローブの中に左腕を隠した。




「回復魔法は…まさか自分には効かないやつか?」


「……はい」



 妙に間があったことに違和感を覚えつつ、アベルは参ったなと悩むように顔をしかめさせる。



 回復魔法は大きく二つに分類されている。

 相手には効果を発動させられても、自分には発動されないもの。

 逆に自分にだけ効果を発動させられ、相手には発動されないもの。

 相手にも自分にも発動される回復魔法は滅多にみられることはないのだ。


 シルク程の者ならどちらにも発動されそうなものなのに、とアベルは一瞬考える。

 だが実際はそうでは無いと分かったとなれば、やることは一つだ。




「放っておいたら悪化するだろ、今すぐ手当てするから傷を見せろ」



 そうしてシルクの方へ一歩近付くも、シルクが咄嗟に一歩引いたことでアベルは眉間に皺を寄せた。



「心配ご無用です、私は大丈夫ですので」


「大丈夫って…どう見ても傷が深いだろ」


「水で濡れているせいです。そこまで深くありません」


「じゃあ実際に傷を確認したのかよ」



 シルクは黙ってしまった。

 しかも分かりやすく避けられているようにも見えてしまい、アベルは苛立ちながらもずいとシルクに大きく一歩近付いた。


 シルクは再び下がろうとするも、これ以上後ろに足を引けば川に落ち込んでしまうのに気付き、その場で立ち止まざるを得なくなってしまう。




「いいから見せろ」


「…はい」




 シルクは視線を伏せながら左腕をローブから出し、シャツの腕をゆっくりと捲った。


 アベルは傷を見て軽く目を見開かせる。

 確かに傷がある。しかし違和感があった。


 シャツの破れた大きさや出血量とは裏腹に、傷口の範囲が小さく見えるのだ。


 だが怪我していることには変わりない。

 アベルは傷が刺激されないようにシルクの左手を掴む。

 掴んだ手から僅かに震えが伝わってくるのに気付きつつ、その場に座るよう促す。



 手持ちのファーストエイドキットを取り出し、慣れた手付きで消毒し包帯を巻いていく。

 その間もシルクは視線を伏せたまま、硬い表情をしていた。

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