131. 素直
三件目の魔物討伐は午後に向かうということで、一旦シルク達は王都の魔法防衛省へ戻ることとなった。
馬車が魔法防衛省の地下停留所に停車し、全員降りたところでシルクは淡々とした様子でこう告げた。
「では、休憩が終わる時は連絡をください」
そのまま存在感を消す魔法薬を自身に吹きかけ、姿は見えなくなってしまう。
カネル達は建物に入り、会議室に戻ってから各自昼休憩をとることにする。
ぺーシェは悩ましい表情で共に行動しているプラットに声をかけた。
「シルクさんって相変わらずというか、交流は必要最低限を徹底してるって感じだよね」
「常時存在感を消す魔法薬を使ってたくらいだしな。今は交流が多くなった方だってグレイさんも言ってたろ」
「それはそうだけど…まだまだ壁を感じるのがなぁ。僕はもっと仲良くしたいのに」
「ぺーシェは距離を詰めるのが早すぎるんだよ。ぐいぐい行き過ぎると引かれるぞ」
ぺーシェは眉を下げながら溜息をついてから、プラットの指摘に対してムッとした表情を浮かべる。
「だってあんなに凄い魔法使いとはこれまでに出会ったことがないんだよ、そりゃ気にもなるでしょ。それに僕だけじゃなくて、隊長とアベルも相当だと思うよ?プラットは気にならないの?」
「そりゃ気になるよ。でも順序ってもんがあるだろ」
呆れたように返答され、ぺーシェは眉間に皺を寄せる。
しかしとある疑問が浮かび上がり、首を傾げさせた。
「じゃあグレイさんはどうやってシルクさんと仲良くなったんだろ」
流石にプラットも黙ってしまい、沈黙の時間が流れる。
グレイの奇行や強引さをよく知っている二人にとっては謎でしかないのだ。
シルクとグレイが初めて出会った時点ではミュスカとシャロンは不在であった。
それから色々あって仲良くなったとざっくりとした説明をグレイから聞いているのだが、シルクが否定せず小さく頷いていた光景も思い出しては二人の頭上に疑問符が浮かぶ。
「シルクさんも変人だったりするのかな。それで意気投合したのかも」
「それだとミュスカ君とシャロン君が悲鳴を上げそうだけどな。そんな感じは無さそうだから違うだろ」
「えぇー、じゃあなんで!?」
そうして疑問を抱いたまま二人はカフェスペースへと向かって行った。
――
――
王都のとある区画には広場があり、花壇や木々が整列するよう並んでいる。
シルクは存在感を消した状態のまま、花壇の端に腰をかけて休憩をとっていた。
膝の上に小包みをのせ、丁寧に開いては綺麗に敷き詰められた昼食を見て安心するように溜息をつく。
魔法防衛省内には多くの職員がいる為、シルクにとってその環境の中を再び姿を現した状態で通る気にはなれなかった。
狐面をつけていれば怪しまれるし、だからといって外した状態でも鼻先までストールを覆いフードを被ってしまえば、それはそれで怪しまれてしまう。
グレイ達がいた時は背後や影に隠れながら上手く誤魔化せていたのだが、今はその信頼できるグレイ達がいなく心細いのである。
カネルからは休憩後に連絡すると伝えられ、その流れで連絡先を交換している。
数少ない連絡先に新たに一つ加わり、不思議な感覚になりつつスマートフォンを仕舞ってから昼食に手をつけた。
ふと視線を上げると、目の前にとある親子が手を繋ぎながら通り過ぎた。
幼い女の子とその母親で、楽しそうにお喋りをする女の子に対して母親は優しい笑顔を向けながら相槌をうっている。
シルクはそんな二人の後ろ姿を静かに見つめ、心の奥底に仕舞い込んでいた記憶の扉を僅かに開かせた。
『――お母さん、ごめんなさい』
過去の自分が泣きながら呟いていた言葉。
シルク自身の過去が夢としてあらわれていたのだが、夢の内容を振り返っては表情に曇った影が落ちる。
…私の家族は良い関係では無かったのだろうか。
そういった考えが強くなるのだが、振袖を身にまとっていた自分が出てきた時の母親は涙ぐんでいたのを思い出しては、そうでは無さそうに感じられる。
しかし母親らしき人物は他の夢にも出てきていた。
それはシルクがアパートに越してきて間も無い頃に見た夢…整理整頓されていない狭苦しい環境に身を潜めさせていた夢。
その時言い合いをしていた男女のうち、女性の声は母親のものであったのだ。
状況からすると言い合いの相手は父親で、その光景を隠れながら見ていた女の子は幼い頃のシルクである可能性が高い。
となれば、幼いシルクの手を引いていた高齢の女性も身内なのだろうか。
どれも顔がぼやけて判別がつかない状態であった為、何もかも憶測となってしまう。
それでも何となく腑に落ちるような感覚もあった。
最近見た夢の内容のせいでそう感じるのかもしれない。
「……後で食べよう」
どうも昼食をとる気にはなれず、再び保存魔法をかけてポシェットに入れ直した。
そのまま複雑な気持ちを心の中で渦巻かせていると、何処からか小さな鳴き声が聞こえた。
か弱く苦しそうな鳴き声に反応して、シルクははっと顔を上げる。
その声がする方へ振り向き、静かに立ち上がった。
――
――
暫くして、休憩時間が終わり集合の時間となった。
魔法防衛省地下にある停留所に集合することになり、シルクは存在感を消した状態でカネル達がやってくるのを待っていた。
スマートフォンにカネルからの連絡が再度入り、返信してから指定された馬車に静かに乗り込んだ。
「よし、全員揃ったな?」
カネル達も馬車に乗り込み、空席がある方へ視線を向けるとぼんやりとシルクの姿が現れる。
その直後、カネル達は目を丸くさせてシルクを凝視した。
現在シルクは素顔をあらわにしてフードを被っていない状態なのだが、頭にいくつかの小さな花が髪飾りのように添えられているのだ。
「…どうかされましたか?」
シルクは凝視されていることに軽く肩を跳ね上げさせ、無表情のまま困惑するように数回瞬きをする。
「シルクさん、その頭につけている花は一体…」
「花…?」
シルクは恐る恐る自身の頭に指先を触れさせ、柔らかな花弁の感触に気付いては目を軽く見開かせた。
どうやらシルクは今花の存在に気付いたようだ。
「もしかして今気付いたの?何がどうなったらそんな可愛い状態になる訳!?」
「すみません、外します」
「あぁ待って!どうせなら写真撮らせて…」
「お断りします」
シルクは浮遊魔法で即座に花を取ってしまい、ペーシェが残念そうに肩を落とす。
取られた花をすべて掌にのせ、シルクは再び目をぱちくりとさせてから何かを思い出したように小さく声を漏らした。
「…小鳥の手当てをした後に何度も頭の上に乗られたのですが、その時に花を添えられたんだと思います」
「あれ…ずっと存在感を消していた訳では無かったのか?」
「その時だけ魔法薬の効果を消してました。丁度その時は周りに人がいませんでしたし、その後木の上で時間を潰していたので…特に視線を感じませんでしたし、恐らく他人には見られていません」
小鳥といった自然の生き物に対しては姿を平然と現し、人に対しては身を隠すという状況にカネル達は頭を抱えそうになった。
「シルクさんは動物が好きなのか?」
「そう…なのでしょうか」
「絶対そうな気がする。昨日のコットンシープの時も思ったけど、自然の生き物にはやたらと心を開いてるように見える」
シルクは無表情のまま首を傾げさせ、純粋に思ったことをそのまま口に出した。
「動物達は素直ですから、落ち着いて話しやすいんです」
素直だからという理由にカネル達はきょとんとしてしまう。
人間関係に疲弊した経験があるのを踏まえれば納得するのと同時に、何とも複雑な気持ちになってしまう。
そこでペーシェとプラットは休憩中に話していた話題を思い出し、引き攣った笑みを浮かべた。
シルクは素直な相手には心を開く。
そしてグレイには心を開いて信頼を寄せている。
つまりグレイは素直だという結論ができあがってしまうのだ。
あの変人研究者が素直だなんて、と納得いかない気持ちが渦巻いたのであった。




