129. 討伐開始
「本日はよろしくお願いします」
狐面とストールで素顔を隠したまま、シルクは淡々とした様子でお辞儀をする。
そんな様子にカネルは苦笑いを浮かべながら「こちらこそ」と返した。
昨日はシルクの依頼にカネル達が同行(という名の見学)をしたのだが、今日は立場が逆となってシルクがカネル達の依頼に同行することになっている。
先程も裏魔法教会でティピックから説明を受けていたのだが、ティピックは面白くないのか普段の営業スマイルと違って少々不貞腐れたような表情を浮かべていた。
「本日君達に任せている依頼は三件。君達はいつも通り依頼をこなしてくれたまえ…シルク君に見られているからって緊張し過ぎないようにね?」
不貞腐れつつ揶揄うような笑みを浮かべるが、目元はまったく笑ってるように見えない。
カネルは表情を引き攣らせ、隣にいるシルクも無表情ながらも流石に困惑しているのか軽く首を傾げさせていた。
「…今回は私の我儘を受け入れてくださり、ありがとうございます」
「我儘だなんてそんな。シルク君なりの考えがあっての要求なんだから…まぁ、迷惑をかけないようにね?」
シルクに向かっては笑顔で応える辺りが何とも腹立たしく感じ、カネルは静かに青筋を立たせた。
ティピックの近くにいるウィンも呆れたようにジト目を向けながら溜息をついていた。
そうして裏魔法教会を後にし、シルクはいつものように存在感を消しながらカネルの後をついていく。
馬車に乗り込んでカネル達以外に人がいないのを確認してから姿を現し、昨日同様に挨拶を交わしてはぺーシェ達も苦笑いや呆れ顔を浮かべた。
しばらく馬車に揺られ、一件目と二件目の依頼場所となる森林地区近くで降りる。
「では、私は姿が見えないようにしていますので、皆さんは普段通りに討伐をお願いします」
「見えないようにって、存在感を消す魔法薬を使うってことだよな。そこまでして気を遣う必要はないんじゃないか?」
「ティピックさんからの指示でもありますので…」
「まじかよ…」
あの鬼畜妖精が。カネル達の脳裏にティピックの営業スマイルを浮かべては心の中で同時にそう訴えた。
そのまま森林地区に入っていき、討伐対象となる魔物が生息する近辺まで近付いてから身を潜めさせやすい場所に移動する。
そこでカネルが依頼書を2枚取り出し、内容を改めて確認した。
「此処での討伐対象はヴィシャスクワールとブラックボアだ。どちらも30体ずつの討伐となる…気を引き締めていくぞ」
「「了解」」
魔物討伐特攻隊として軍服をまとうカネル達は真剣な表情で、静かに緊張感を漂わせている。
魔法防衛省で出会った時やプライベート時の雰囲気とはまた違い、シルクも無表情のまま気を引き締めさせた。
シルクはポシェットから魔法薬を取り出し、自身に数回ミストを吹きかける。
そのままシルクの姿はぼんやりとしていき、一瞬の瞬きをした後には完全に姿が見えなくなってしまった。
―――
―――
ぢぢぢと小さく鳴き声を零す、ふわりと大きな尻尾をくるりと巻いた生き物。
それはヴィシャスクワールと呼ばれる小型の魔物で、栗鼠のような可愛らしい見た目に反して凶暴性が高い。
鋭い歯で攻撃するのは勿論のこと、頬袋に詰め込んだものを吐き出し投げつけたり、大きな尻尾で身体を包ませて転がるという攻撃手段を持つのも特徴的だ。
そんなヴィシャスクワールが木の上を素早く登っていく中、近くでドシンッと大きな音が響く。
太い木の幹に突進したのはブラックボアと呼ばれる魔物。黒い毛並みに鋭い黒光りの牙をもつ猪で、体長は150㎝程もある。
鋭い牙を敵に向けて勢いよく突進する攻撃的な魔物で、突進に巻き込まれてしまえばその対象物は簡単に吹き飛ばされるだけでは済まない。
ブラックボアが突進した衝撃で木が揺れ、木に生っている木の実が落ちると同時に、数匹のヴィシャスクワールもぽてぽてと落下してくる。
凶暴性の高いヴィシャスクワールであるが、自然界での弱肉強食を理解している為か体格が大きいブラックボアに対しては敵意を向けること無く、落ちた木の実をさり気なく拾っては頬袋に詰め込んだ。
魔物も自然界を生きていく中で弱肉強食を学び、知能を働かせて生き延びようとする。
しかし中には自然環境を荒らし生態系を狂わせたり、人々が暮らす環境に侵入し脅かしていくものも存在する。
そういった悪い方向へと導いてしまう魔物を野放しにする訳にはいかないのだ。
―――ドスッ
鈍い音が響いた。
1体のブラックボアの身体に一本の矢が突き刺さる。
光属性の矢は白く淡い光を帯び、細長く鋭い矢先はブラックボアの巨体を見事に貫通していた。
ブラックボアの凄まじい悲鳴が響き渡り、その声を聞いた仲間のブラックボア達が異常を感知して次々と雄叫びをあげていく。
同時にヴィシャスクワール達は驚くように丸めていた尻尾をびびっと上に伸ばし、警戒心剥き出しの表情を浮かべては素早く辺りを駆け回っていく。
直後、数体のヴィシャスクワールに水属性の弾丸が命中する。
小さい身体は勢いよく吹き飛び、近くの木にぶつかり落ちては数回痙攣し、そのまま静かに動かなくなった。
「今日も良い命中率じゃ~ん」
「小さい分よく狙いを定めないといけないけどな」
大木の太く分かれた枝の上で身を潜めていたぺーシェとレザンの手には、それぞれ愛用している武器が握られている。
ぺーシェは視覚魔法を発動させながら再び光属性の矢を数本つくり出し、走り回る魔物達に向けて次々と矢を放っていく。
レザンも同様に視覚魔法で狙いを定めて魔力を込めた弾丸を放ち、辺りを確認してから地面に着地した。
「3体くらい逃げられたか…」
「掠ったの惜しかったねぇ、でも逃げた先には丁度隊長達がいるはずだよ。僕反対側を見てくるよ」
「了解、俺はこっちを見てくる」
そうして二人はその場を離れた。
辺りに倒れている魔物達はぴくりとも動かない。
その空中で存在感を消しているシルクは箒に乗りながら、倒れた魔物達の状態をちらと確認する。
その後シルクもその場から静かに離れ、更に討伐されている場所へと向かって行った。
少し離れた場所では、アベルとプラットが次々と襲いかかってくる魔物達の攻撃を避けながら、それぞれの武器を振るい仕留めていた。
負傷しているブラックボアはよろめきながらも威嚇し、勢いよく地面を蹴ってアベルの方へと突進していく。
しかしアベルから振り向けられた刃によってブラックボアの身体に更に大きな傷ができあがる。
氷の魔力を帯びた攻撃で、バキバキンと冷たく甲高い音が響き渡っては傷口周りが凍りついた。
更に別のブラックボアはプラットに攻撃を仕掛けようとしていたが、プラットの手に握られている柄から槍が伸び出してはブラックボアに突き刺さる。
突き刺さった状態のまま魔力を込めると、衝撃波が放たれる。ブラックボアは数回痙攣してからぐったりと力が抜けてしまい、そのまま勢いよく地面に叩きつけられた。
「この辺りはブラックボアが多いな、デカくて仕留め甲斐がある」
「ヴィシャスクワールはぺーシェ達がいる場所辺りに沢山いた筈だ。…だがそいつらも散らばってこっちに来るだろ」
ふと遠くに視線を向けると、数体のヴィシャスクワールが怒りと困惑を織り交ぜたような表情で向かってきていた。
二人の姿を確認したヴィシャスクワール達は尻尾をくるりと身体に巻き付かせ、転がるように突っ込んでくる。
しかし、直後に横から一直線で向かってきたナイフによって攻撃は中断される。
そのうちの1体はそのまま近くの木にぶつかり、ナイフに巻き込まれた尻尾をどうにかしようと小さな身体をばたつかせている。
「やはり素早いな、尻尾で身体が包み込まれてしまうと急所が分かりにくくて困る」
カネルが眉を下げながら数本のナイフを手にし、木にぶつかり身動きがとれないヴィシャスクワールに近付く。
他にもナイフ攻撃を受けたヴィシャスクワール達は急所に当たっている為かぴくりとも動かない。
まだ意識を保っているヴィシャスクワールは警戒心剥き出しの表情で威嚇するも、その直後にナイフに込められていた風の魔力が容赦なく弾け飛んだことで身体は動かなくなってしまった。
カネルは魔力を放ち終えたナイフを回収し、アベルとプラットの方へ振り向く。
辺りに倒れているブラックボア達の状態を確認し、にこりと笑顔を浮かべた。
「ブラックボア9体とヴィシャスクワール6体…まだ辺りに気配を感じるな。仲間の状態を見て様子見といったところか…」
直後、カネルが一本のナイフを一直線に投げ飛ばす。
それはアベルとプラットの間を通り過ぎるが、二人は平然とした様子でそのまま後ろに振り向いた。
ナイフが空中で何かにぶつかると同時に、破裂するように水飛沫が飛び散る。
その正体はヴィシャスクワールが頬袋に詰め込んでいた木の実であり、攻撃手段として吐き出されたものだ。
勢いはナイフの方が強く、木の実は木の幹にナイフと共に突き刺さって果汁が溢れていく。
その下では木の実を吐き出したヴィシャスクワールが驚いた表情で固まっており、頭上から零れてくる果汁が尻尾にかかったのに驚いてから怒りの形相を向けた。
背後の草陰から更に他のヴィシャスクワール達が飛び出し、尻尾に包まり突撃しようと試みる。
しかしプラットの手元から伸びる槍と、アベルの振りかざした刀によって突撃は失敗に終わった。
「…気配が遠のいていきたな。追いかけるぞ」
カネル達から漏れ出てくる魔力と圧に魔物達が怯えを見せ始める。
獲物を仕留めたくて堪らないとでもいうような表情を浮かべているのは本人達にとっては無自覚である。
そんな様子を、シルクは無表情のまま観察していた。
これまでにやたらと魔力についてつっこまれていたシルクだが、若干ジト目になりつつぽつりと呟いた。
「…皆さんも人のこと言えないと思います」
シルクの小さな呟きは誰にも聞きとられず、静かに空中に消えていった。




