128. 混ざり合う知識と記憶
「一つ、私からも聞いて良いですか?」
ポシェットと指輪をいつもの定位置に装着し、再び皆がソファに座ってからシルクは無表情のまま口を動かした。
質問されてばかりなのだから、偶にはこちらから質問しても良いだろうという気持ちと、純粋に気になっている気持ちがシルクの中で渦巻く。
「皆さんが使っている箒のタイプは初めて見たのですが、あれはどのような仕組みなのですか?」
「あぁ、これのことだな」
カネルは箒の形を催した小さいスティックを取り出す。
「一般的な飛行用の箒だと、時と場合によっては持ち運びが大変だからな。クロテッド社長の魔道具会社で開発してもらった縮小型の箒だ。魔力を込めることで通常の大きさに変化するようになってる」
「最近使いだしたばかりのものだけど、頑丈で魔力も安定させやすいんだよな」
「成程…」
シルクは目をぱちくりとさせながらカネルの手にあるスティックを見つめる。
そんな様子にカネルは苦笑いを浮かべながら小さく息を漏らした。
「僕等にとってはシルクさんが飛行用じゃない箒で飛行しているのに驚きなんだけどな。長くあの箒を使ってるんだよな?」
「はい、だいぶ前から使ってます。手によく馴染んで私は扱いやすいのですが……そんなに変でしょうか」
シルクは目を軽く伏せながら段々弱々しい声量になっていく。
「シルクにとって扱いやすいならそれで良いじゃないか。寧ろ誇っても良いくらいだ、室内でも障害物にぶつからず避けながら飛べるんだし…器用に魔力を扱うコツとかもあったりする?」
グレイがさり気なくフォローを入れつつ、自身も気になっていることを質問していく。
変に間が空く時間ができなかったことで微妙な空気にならずに済んだのを心の中で静かに安堵し、シルクは視線を斜め上に向けて思考を巡らせながら首を傾ける。
膨大な魔力を保持している上に普段から魔力の消費量について深く考えていなかったのもあり、どう説明しようかとやはり言葉が詰まってしまう。
しかし、その時間も長くは続かなかった。
『…魔力が多いと言えど、一度に沢山の魔力を消費するとその分疲れが出るものだよ』
『まずは魔力の流し方、扱い方を学んでいく必要があるね。基礎をしっかり固めれば後は自由に学んでいけば良いよ……今、大雑把だと思ったでしょ?』
『魔法は自由なんだから。想像力、表現力が豊かであればある程魔法は有利に働くんだよ…ほら、良かったらこれを読んでみたらどうかな』
ざざざ、と脳裏に小さな雑音が響くと同時に誰かの声が流れる。
先程脳裏に浮かんだ言葉に加え、今度は映像のようなものも映し出された。
…誰かから、分厚い本を渡される映像。
「…想像力」
時が止まったようにぴたりと動かなくなったと思えば、そう小さく呟いたことにグレイ達は心配するように視線を向けつつ頭上に疑問符を浮かべる。
「…昔、魔力の扱い方について教えて貰ったことがありました」
「え…それは本当なのかい!?」
突然グレイが驚くように立ち上がったことにぺーシェ達は目を丸くさせるが、グレイははっとしてから深呼吸をし、興味深そうに笑みを浮かべた。
「つまりシルクには師匠がいたんだ。シルクが物凄い魔法使いとなる原点…一体どんな人だったの?」
物凄いではなく只の魔法使いだとつっこみを入れたくなったが、口にしてしまえばカネル達から嫌に視線をぶつけられることになるのを察して口をきゅっと閉じる。
師匠という言葉にはカネル達も気になるようで、別の意味での視線をぶつけられることになりシルクは視線が合わないように軽く目を伏せた。
先程思い出したばかりの記憶であり、肝心の相手が誰なのかまったく分からない。
想像になってしまうが、脳裏に流れてきた言葉を頼りにすることにした。
不思議と安心感を胸に抱きながら。
「…ちょっと大雑把で、自由な発想力を持つ人でした」
「自由な発想かぁ…さっきの想像力ってのもその人からの受け入り?」
「はい。…想像力が豊かであればある程魔法は有利に働くと言われました。その時に魔力の扱い方を教わって…今のような状態になったのかと」
「大雑把ってのがちょっと気になるけどな…」
再び記憶の蘇りが起きたことに驚くと同時に、自分のことについて一歩踏み出すことができたような気がして、小さく安堵の息を漏らしてから目を閉じる。
もう一度声を思い出せないかと思考を巡らせようとするも、変に意識すると逆に思うようにいかないかと巡りを中断させた。
この時のシルクは安心したような落ち着いた表情を僅かに浮かべており、正面に座っていたカネルは目を丸くさせていた。
シルクが目を開いて瞬きをすると同時に無表情に戻ってしまい、カネルは少し残念そうに眉を下げつつ笑みを零した。
―――
―――
時間は流れ、空には橙色の夕陽が沈もうとしていた。
シルクから様々な話を聞くことができたペーシェは満足そうに笑みを浮かべ、帰宅前には再び瞳を輝かせては若干興奮状態となっていた。
「今日は色んな収穫があって本当に良かったよ。それに隊長から聞いたんだけど、明日の僕達の依頼に同行してくれるんだよね!明日は逆の立場になって僕達のことをよく見ててよね~!」
「…明日もよろしくお願いします」
元気なのは良いが、距離をやたらと詰めてくるのはどうなんだ。
シルクは無表情のまま心の中でそう呟くも、あまりにも嬉しそうな様子だからまぁ良いかと若干投げやり気味になる。
「明日も今日と同じ時間に裏魔法協会で会おう。それじゃあ…今日はありがとうな」
そうしてカネル達はアパートを後にする。
その後カネル達とすれ違うように帰宅したシャロンとミュスカが慌てた表情でシルクに詰め寄り、シルクは目をぱちくりとさせ、グレイはからからと笑い声を上げる。
「何呑気に笑ってんだよ先生!シルク本当に大丈夫だったのか?彼奴等から容赦無いこと言われてないよな!?」
「大丈夫ですよ。それに今回は私からお誘いしたので…」
「シルクさんから!?何か弱みを握られてません!?」
「ちょ、二人ともぉ!カネル達のこと疑い過ぎっ、あっははは!」
ミュスカは若干顔を青ざめさせ、先程すれ違ったカネル達の様子を思い出しては言葉を続ける。
「だってカネルさん達、怪しいくらい笑ってたんですからね!?先生の不気味な笑み程ではないですけど、別の意味で恐怖を感じましたからね!?」
「僕の不気味な笑みってのは聞き捨てならないけど…カネルは好戦的なところがあるし、そんなカネルが率いる部下達も言わずもがなだよ。戦闘に対する執着心が表に出ていただけじゃないかな」
「確かにカネルは昔から喧嘩に強い奴だけどさ…」
怪しい笑みと聞いてシルクはきょとんとするも、笑っているのならまぁ良いかと深く考えるのを止めた。
「取り敢えず今日はお疲れ様。魔法だけじゃなく体術まで披露してくれて、僕も見ていて興味深かったよ。明日に向けてしっかり身体を休めておくんだよ」
「はい、分かりました」
そうしてシルクは一度部屋に戻るということで階段を上がっていった。
その後ろ姿を見守りつつ、シャロンは確認するようにグレイに尋ねる。
「なぁ…体術を披露ってどういうことなんだ?」
「そのまんまの意味だよ。シルクは魔法や武器の扱いだけじゃなく体術も会得しているんだ。アベル君が投げ飛ばされた光景とか凄かったよ~、まぁアベル君も体幹が良いから綺麗に受け身をとってたけどさ」
シャロンとミュスカは絶句するように固まった。
以前アベルがグレイを背負い投げする光景を目にしたことはあるが、まさかそのアベルがシルクに投げ飛ばされたとは。
披露と言うところから了承を得てのことなのだろうが、衝撃の発言に驚きを隠さずにはいられない。
「それって浮遊魔法を使わずに…というか魔法を一切使わずにってことですか?」
「勿論そうだよ。それにしてもさっきの二人の表情…カネル達も似たような感じで驚いてたなぁ。本当良いものを見れたよ」
グレイは悪戯っぽい笑みを浮かべながら満足そうに鼻歌を漏らす。
シャロンとミュスカは互いに顔を見合わせ、シルクに対する心配が更に濃くなってしまう。
戦闘への向上心がより強い者達に披露して本当に大丈夫だったのだろうかと。
「膨大な魔力を器用に扱うのは勿論のこと、沢山の魔法の知識に加えて武術の知識も会得していて…それらが上手く溶け合っているんだねぇ。本当、シルクって面白いよ」
グレイはそう話していくうちに、悪戯っぽい笑みが段々優しい笑みに変化していく。
そしてふと、昼間シルクが浮かべていた安心した表情を思い出す。
記憶を思い出していけば、もっと色んな表情を見せてくれるのだろうか。
その考えは口に出さず、心の中でそっと呟いたのだった。




