13. 爆発の原因
グレイは前研究室を使用している時から酸素を放出させる研究を行っていたが、まとまりの無い結果が続き難航していた。
当然のように睡眠時間を削りに削ったせいで集中力は勿論のこと、判断力や注意力も鈍くなり効率が悪くなる。それでもグレイは持ち前の思考を頑張って働かそうと悩み続けていた。
そんな中でグレイはふと考えた。
そうだ、気分転換をしようと。
ずっと同じ内容で集中し続け、視野が狭くなっているのかもしれない。敢えて関係無い事をしている時に、ふとアイデアが浮かんだりするものだ。
そうと決まれば早速とグレイは休憩を挟むノリで別の実験をし始めたのである。
実験とは離れて別の気分転換を考えられれば良かったのだが、微妙にハイテンションになっていたグレイはそのまま実験を続ける手段を選んでしまう。
元々実験自体が好きである為、思いつく気分転換で真っ先に思いつくのがそれだった。
研究室内にあるものだけでなく、倉庫として使用している部屋からも魔法植物を持ち運んでは気分転換と称して様々な実験を試していった。
そして事が起こってしまう。
別室から持ち出した縦長の水槽、ハイドロリリィを窓から差し込む日光に当てて光合成させる。天気が良かったのもあり、光合成は活発に行われていた。
それはピュアポトスにも同様であり、この時点では既に研究室内は新鮮な酸素で満たされていた。
ハイドロリリィは光合成により水素を放出する特性を持つ。
酸素で満たされた室内に水素が同様の勢いで放出されていく。
どちらも無色無臭、どれだけ放出されているかを測定するには専用の機械が必要になるが、この時点では酸素濃度の測定器しか設置されていなかった。
(そういや水素って吸入すればリラックスできるんだっけ)
そんなことをぼんやりと考えながら水槽を眺めるが、蓄積された疲労が直ぐに回復するほどではない。
やっぱり別の実験にしようと立ち上がり、水槽を元あった別室に戻す代わりに別の魔法植物を研究室内に持ち込む。
持ち込んだ魔法植物に対して行う実験では、偶然にも火を扱うものだった。
この時点で気付けば良かったのだが、鈍った判断力と注意力によりそれは叶わない。
高濃度の酸素と水素が充満した実験室。
その中心でグレイは魔法で小さな火を灯してしまう。
直後、強烈な爆発音がアパート内に響き渡ったのである。
そういった経緯を振り返り、グレイは情けないとでも言うように肩を落とす。
「僕としたことが、あんな簡単な化学反応に気付かないなんて…」
「…寧ろよく無事でいられましたね」
「直ぐ魔法障壁を貼ったからね。施設で働いてた時に爆発しやすい実験に携わったことがあったから慣れてて…実験自体は魔法障壁を貼る係としてしか扱われなかったからつまらなかったけど」
水素爆発が起こる瞬間、寝不足と言えどこれまでの経験や本能が働いたのだろう。瞬時に魔法障壁を発動させた事で被害を最小限に抑えられたのだ。
流石に扉は吹き飛び、衝撃波が漏れ出て周りの壁はボロボロになってしまったが、火事にならなかったことが幸いである。
水素爆発は凄まじく危険な爆発である為、瞬時に魔法障壁を発動し被害を抑えられたグレイは魔法使いとしても優秀なのだろうとシルクは密かに関心を持つが、これで更に整理整頓できればな、と再び冷たい視線をガスマスク越しに送る。
そして、流石にもう我慢できないかのように身体を小刻みに震わせてシルクは告げた。
「再び事故を起こさない為にも、まず先に室内を片付けるべきです。掃除しましょう今すぐに」
「今からかい!?」
研究を進める気満々であったグレイは不満な表情を浮かべる。
流石にここでお預けをくらうのは御免だと反論しようとするも、ガスマスク越しのシルクの鋭い視線に思わず口を閉じる。
目元しか見えないが、明らかに怒りを露わにしている表情だというのが雰囲気から伝わっていた。
シルク自身は怒りをぶつけるつもりは無いのだが、普段より低めの声で淡々と言葉を続ける。
「掃除は研究を成功させる為にも必要なことです。こんな汚部屋で研究を続けていれば、データに波が現れるのも当然です」
「おべ…」
真剣な声色でド直球に汚部屋と言われた事に、グレイはぐさっと棘を刺されたような動きをしてお腹を押さえる。
しかしデータの波という言葉を聞き逃さず、眉をピクリと動かした。
「ピュアポトスは有害物質を吸収する効果もあります。大量に吸収した分新鮮な酸素を吐き出そうとする性質があるので、その直後は高濃度な酸素で部屋が満たされたんでしょう。それと同時に有害物質の割合が減った状態になったと考えれば、その後同様に実験したとしても、再び同じような高濃度の酸素を放出させるのは難しいはずです…それに」
シルクは作業台に置かれている薬草入りの小瓶や、扉付近に置かれている荷物をぐるりと見渡してから言葉を続ける。
「次々と他の部屋から薬草や物品を移動させているようですが、それもデータの波が生じる原因になるかと。薬草の中には特殊な物質を放出するものもありますし、物品に付着した汚れも要因としてデータに影響を与えている可能性があります」
手前に置かれている物品と奥に詰まれている物品を見比べれば埃の積まれ具合が異なっている。
だからと言って他の部屋から移動させた物品が綺麗なのかと言えば答えは否、他の部屋も同様に汚部屋のはずだ。
兎に角、このままの状態が続く中で研究を進めても進展はしないだろう。
「なので今すぐ掃除しましょう。再びミスを起こさない為にも…研究を納得いく形で終わらせる為にも」
「……」
数秒間の沈黙が流れる。
その間シルクは怒りとは違い、只々真剣な視線を送り続ける。
グレイは目を閉じて俯き、ぐぬぬと言葉を漏らしながら眉間に皺を寄せた後に観念したかのように溜息をついた。
「…分かったよ、確かにシルクの言い分も納得できる」
「決まりですね」
シルクは研究室の扉を開けて廊下へと出る。
そしてポシェットから次々と掃除用具を取り出した。
「もしかして本格的に掃除をする感じかい?」
「勿論です。埃を取り除くだけで掃除した気になってはいけませんよ」
ビニール製の手袋とエプロンをグレイに手渡すと、変わらず淡々と告げる。
「これを機に必要なものと不要なものを分別してしまいましょう。他の倉庫として扱っている部屋も確認しておかないと、また似たような事故が起こると大変です」
「…え」
「ただ物を移動させるだけは片付けに分類されませんよ」
「ちょ、そこまでする必要って」
「あります」
グレイが最後まで問いかけるよりも先にシルクは答えを放つ。
同時に圧を放つように振り向き、その圧に負けてグレイはか弱い声で「はい」と呟いた。
こうしてグレイにとっては想定外の大掃除が開始されたのである。




