125. 貴重な招待
シルクはアパートに戻ってから遅めの昼食をとり、その後広間のソファに座って時間を過ごしていた。
グレイも対面するようにソファに座っているが、何やら楽しみな様子でうずうずとさせてはニヤリと笑みを浮かべている。
そうしている内に玄関ベルの音が鳴り響き、グレイは待っていましたと言わんばかりにすくっと立ち上がった。素直に玄関へと早歩きで向かい、シルクもその後をついていく。
「やぁやぁ皆、待ってたよ」
グレイが満面の笑みを浮かべながら玄関の扉を開けると、数名の引き攣った表情と対面する。
グレイの後ろからシルクがひょこりと顔を出すと、その者達は引き攣りながらも苦笑いに近い笑みを零した。
午前中とは違って軍服を身につけていない、完全プライベートな姿のカネル達と合流することになったのは、裏魔法教会へ報告しに向かう前に遡る。
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「ええーっ!もう報告して終わっちゃうの!?」
「そういう流れで決まっていますので…」
コットンシープからの素材調達を終え、シルクはスマートフォンを取り出してはティピックに連絡を済ませていた。
そのまま裏魔法教会へ直行し口頭でも報告を済ませるのがいつもの流れなのだが、そこでぺーシェが不満を零したのだ。
「もっと魔法のこととか聞きたいのにー!まだ視覚魔法のコツを教えて貰ってないし、シルクさんの武器を使うところもっと見たい!」
「それについては俺も同感だ。あんな遠い距離から見るだけでは満足できねぇよ」
駄々を捏ねるように喚きだすぺーシェに続き、黙っていたアベルも流石に我慢できなくなったのか鋭い目付きをシルクにぶつけながら本音を訴える。
プラットも賛同するように静かに縦に頷き、レザンも視線を逸らしながらもうずうずさせていた。
そこでシルクは無表情のままぺーシェとアベルの前にスマートフォンの画面を見せる。
先程ティピックに連絡した際の返事が来ており、簡潔な文章が表示されていた。
【お疲れ様。寄り道せずに戻って来るように。】
続いてカネル達も画面を覗き込み、各自怪訝そうに眉間に皺を寄せた。
「こうも先手を打たれると本当やりにくいな」
「寄り道せずにって保護者かよ…」
「まぁ…そういう決まりですので」
ティピックの腹の立つような笑顔を思い浮かべては不満を募らせていく。
シルクは無表情のまま悩むように思考を巡らせた。
そして、妥協も含めた提案を持ち掛ける。
「依頼の報告が終われば同行も終了となりますが…その後時間はありますか?」
「…あるにはあるぞ」
カネルは目を丸くさせながらそう答える。
これからシルクが言うであろう言葉を予想し、もしそうなら意外だと驚いているのである。
「条件付きにはなりますが…報告を終えてからの空いた時間を使ってもよろしいのであれば、可能な範囲で魔法についてお話することはできるかと」
――
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条件付きではあるものの、シルクから魔法についての知識を得られるのであれば喜んでと話は進んでいった。しかし、条件の内容を聞いた時にカネル以外の者は顔を青ざめさせることになる。
その条件というのは、場所はシルクの住むアパートに限定させるというものであった。
アパートにはグレイもおり、基本的にずっとアパート内で過ごしている変人魔法薬学研究者だ。
ぺーシェ達はそんなグレイから様々な被害を受けて若干トラウマになっている為、期待に満ちた様子から一気に急降下しては身体を震え上がらせた。
それでもシルクと交流する貴重な機会を逃したくはない。
カネルの宥めもあり、シルクの提案した条件をのんでアパートへと訪れたのだ。
「まさかシルクが皆を招待するなんて、話を聞いた時は本当に驚いたよ。でも少しずつ打ち解けてるようで何だか安心しちゃったな」
「打ち解けるというより此方から強引にそうさせてしまったという気持ちはあるんだがな…」
のほほんとした様子で語るグレイに対し、カネルは申し訳なさそうに少し眉を下げながら部下達の様子を伺う。
アベルとレザンは緊張かつ警戒した様子でグレイと視線を合わせないようにしているが、ぺーシェとプラットは別の意味で辺りをキョロキョロと見渡していた。
整理整頓されず薬品臭が漂っていた時期のアパートの状態しか知らない二人にとっては驚愕でしかないのである。
シルクは皆の分の紅茶を準備する為に広間にはおらず、その間にグレイはシルクについて軽く振り返りながら言葉を続けた。
「それでも皆には気を許している方だと思うよ。シルクは普段から存在感を消す程警戒心が強いし、その分慎重に考えて行動するタイプだからね。今回このアパートに指定したのも、色々考えての結果なんだろうさ」
このグレイの考えについては正解といえる。
シルクはカネル達の知りたいという真剣な気持ちに対して真摯に受け止めようと考えていた。
しかし人の多い場所では居心地が悪く、思うように行動しにくくなってしまう。
カネル達の拠点となる魔法防衛省には他にも多くの人々が行き来しており、以前訪問した際も周りを警戒しながらグレイ達から離れないようにしていたくらいだ。もし場所を魔法防衛省に指定されてしまえばシルクは断りを入れていただろう。
自分が安心できる環境かつ魔法を披露しても問題無いような場所は一体何処になるのか。
考えに考えを巡らせた結果、此処のアパートが浮かび上がったのだ。
人里離れた場所でもあり信頼できるグレイ達がいる、シルクにとって安心できる場所。
此処なら落ち着いて普段のように魔法を扱えると判断したのだ。
もしもの時はグレイを壁役として隠れてしまおうという魂胆も含まれているのだが、それはシルクの心の中に留められている。
「お待たせしました」
広間の扉が開き、二つのトレイを手にしたシルクが無表情のまま姿を現す。
丁寧に人数分の紅茶を用意しており、グレイとシルクも含めた七人分のティーカップの中で琥珀色の水面が軽く揺れる。
両手が塞がっている状態である為浮遊魔法を発動させ、ふわりと浮いたティーカップがテーブルの上に静かに優しく置かれた。
「どうもありがとう。…シルクさんは魔力の扱い方が本当に器用だな」
「…そうでしょうか」
シルクは軽く首を傾げさせながらそう呟き、トレイをテーブルの端に置いてから空いた席に座る。
これから始まる交流に緊張感を抱かせ、紅茶に映る無表情な自分の顔を見つめた。




