123. 触れ合う様子
次々とコットンシープの毛刈りが行われていき、シルクの周りで大量のもこもことした羊毛が山積みになっていく。
羊毛の質感を1体ずつ確認しながらの作業となる為、場合によっては毛刈りの対象にならないコットンシープもいる。その場合シルクは優しく身体を撫でながら言葉を交わしていくのだが、完全に気を許しているコットンシープ達はなかなかシルクから離れようとしない。
シルク自ら別のコットンシープに近付くも、列ができるようにシルクの後をついて行く始末だ。
何なら毛刈りを終えたコットンシープまでも後を追いかけ、甘えるように鳴き声を上げている。
『マッサージ気持ちよかった~、もっとやってほしいなぁ』
「貴方からは十分毛を貰ったから、次の子と交替ね」
『ねぇねぇ。私にはマッサージしてくれないの?』
「貴方の毛はまだまだこれから成長していきそうだから、今日は撫でるだけね」
『僕も撫でて撫でて~』
「良いよ、順番にね」
毛刈りの手際が良く痛みを全く感じていないことから、コットンシープにとってはマッサージ感覚のようだ。優しい撫で方も気に入り、次は自分の番だと言わんばかりにわらわらと集まっていく。
「やたらと懐かれてるじゃないか、流石だな」
コットンシープの群れから何とか抜け出したカネルが近付き、続いてアベルも軽く溜息をつきながらやって来る。
二人の軍服に所々羊毛が引っ付いており、少し離れたところではペーシェ達が未だに群れの中でもみくちゃにされるように埋もれていた。
討伐メインのカネル達にとって、魔物とのコミュニケーションはとても新鮮に感じるものであった。
仕事柄魔物の生態を観察する機会は多くあるのだが、どれも凶暴な魔物に対してである為、今回のような至近距離での観察は滅多に無い。
異言語魔法は修得していない為どれも鳴き声としか認識できないのもあり、言葉を交わしていくシルクの様子には興味深いものもある。
「魔物からの採取ではいつも異言語魔法を使ってるのか?」
「はい。討伐対象にならない魔物は比較的大人しくて温厚なものが多いですが、無断で採取しようとすると暴れてしまうこともあります。なのでこうやってお話ししながらの方が効率が良いんです」
そう言いながら大きな鋏でザクザクと毛刈りしていくが、素早くかつ丁寧な毛刈りの様子に2人はついシルクの手元を凝視してしまう。
毛刈りは順調に進んでいき、開始してから30分程で約50㎏の羊毛を採取できていた。
合間に会話したり撫でたりしている為、もし黙々と続けていれば更に多くの羊毛を採取しているのだろうが、合間の何気ない行動はシルクにとって大切な時間の1つでもある。
そしてその大切な時間は、コットンシープにとっても安心できるものとなっていた。
「…終わったよ、ありがとう」
毛刈りを終えたコットンシープにお礼を言ってから首まわりを撫でると、コットンシープは眠たそうな目を細めてうっとりとした様子だ。
そのまますくっと立ち上がると、眠たそうな目のままアベルの方へと向かって行く。
アベルの前まで来ると再び座り込み、何かを訴えるかのように視線をぶつけていた。
「…何だよ」
「……メェェ」
「此奴は何て言ってるんだ?」
「…撫でてほしいようです」
シルクは目をぱちくりとさせてから座り込んだコットンシープに視線を移す。
『おい人間、そこに突っ立っていないで我を撫でんか』と言っていたのだが、そのまま翻訳された言葉を言うのは流石にどうかと心の中で冷や汗を流した。
眠たそうな視線と睨むような視線がぶつかり合うシュールな光景に、近くにいたカネルはつい笑いそうになるのを堪えて肩を静かに震わせる。
仕方が無いと言わんばかりにアベルはそのまましゃがむと、毛刈りを終えた別のコットンシープ達も反応するようにアベルに注目しだす。周りの状況を察したアベルは一瞬固まり、まさかと冷や汗を流した。
その後、アベルに向かってわらわらとコットンシープが集まっては撫でを催促する鳴き声が響き渡った。
「あははは!アベルが身動き取れなくなってる!」
「アベルが魔物に埋もれて動けない光景ってなかなか見れないよな」
「おい、笑ってないで一緒にどうにかし…ちょ、おい待て!」
群れから脱出してきたペーシェ達はアベルが囲まれている光景を見ては笑ったり興味深そうにさせる。
次々と近付いて来るコットンシープのうち1体がアベルを押すようにぐいと近付いたことで、アベルはバランスを崩して地面に座り込むように後ろへ傾いてしまった。
そのままアベルに向かって行くコットンシープ達の様子をシルクは静かに眺めては、ぽつりと呟いた。
「…毛刈りが終わったら、あの人達が向こうで沢山撫でてくれるみたいだよ」
その後、毛刈りを終えたコットンシープ達はアベル達の元へ集まるという構図ができあがった。
シルクの呟きを聞いていたカネルは、あの人達と複数人を指定した辺り容赦無いなと思いながら苦笑いを浮かべ、コットンシープ達に再びもみくちゃにされたのであった。
―――
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そうして毛刈りは順調に進んで行き、更に1時間半は経過した頃。
シルクの前には白と黒で分けられた大量の羊毛が山積みになっており、それらを入れる為の袋をポシェットから取り出しては羊毛を次々と回収していく。
全て回収したところで、やり切ったと言わんばかりにふうと溜息を零してからカネル達の方へと振り向く。カネル達は1時間以上ぶっ通しで追い掛け回されたことで若干ヘトヘトな状態であった。
「コットンシープの誘導ありがとうございました。お陰様で必要分の羊毛を採取できました」
シルクの声掛けにカネル達は安堵すると同時に、計200㎏の羊毛をもう採取できたのかと驚きの表情を浮かべる。
「シルクさんって本当手際が良いよねぇ。毛刈りしてるところも合間で見てたけど、魔物を変に刺激させないスムーズな鋏捌きだったよ」
「大人しくしてくださってたので、今回はスムーズにいけました」
「今回はってことは、やっぱり上手くいかない時もあるのか?」
「はい。どの魔物にも個性や感情がありますので…走り回って追いかけられる時もあります。そうなった時は落ち着くまで様子を見るか、急ぎの時は一緒に走りながら採取します」
「走りながら!?」
寧ろその光景を見てみたい、と皆がごくりと息をのませる。
淡々とさり気なく宣言されるものの、何でも屋として一目置かれている存在であることや実際の手際の良さから嘘には聞こえないのだ。
「では…最後にお礼をしてきますので、もう少々お待ちください」
シルクはそう言いながらポシェットから一つの大きい布袋と箒を取り出す。
すると近くにいたコットンシープ達がくんくんと鼻をひくつかせ、シルクの方へと注目しだす。
布袋の中に入っているのは上品質な野草で、コットンシープにとって大好物となるものだ。
箒に乗って浮かびながら、空中から野草を万遍なくさらさらと落としていく。
それによりコットンシープ達は若干興奮しながらシルクを追いかけ、落ちてきた野草をむしゃむしゃと食べ進めていった。
先程まで大人しくのほほんとしていた様子と変わり、興奮している様子を見てはやはり魔物だなとカネル達は離れた場所からその光景を眺めていた。
「シルクさんって基本的に淡々としてるけど、討伐してる時はまた雰囲気が違って見えたよな」
「だよな…ただ、狐面をつけてるから表情が分かりにくいのがなぁ。基本的にずっとつけてるらしいけど、寧ろつけていないのはプライベートの時だけ?」
「グレイ達と出会う前はプライベート時もずっとつけていたみたいだぞ」
カネルの言葉にレザンとプラットは目を丸くさせる。
ペーシェはむっとジト目になっては納得いかないと言わんばかりに溜息をついた。
「そこまでして素顔を隠そうとするってどうなんでしょうかね?寧ろ怪しさで目立ちそうな気もするんですけど」
「昔色々あったらしいが…素顔を出したくない程の目に遭ったんだろうな。仕事柄色んな人達と関わるようだし、恨みを持たれたりする可能性も在り得ることだ」
「…それもあってずっと無表情なんでしょうかね」
アベルは睨むようにシルクの方を見つめる。
これまでも何度かシルクと話す機会(と言ってもほとんどが質問をぶつけること)があったが、どれも無表情に淡々と答えられてきた。
時には無表情ながらも複雑そうな雰囲気が滲み出ている様子も見られたものの、表情が固いのには変わらない。
相当堪える出来事があったのかと考えるも、他人の事情にあまり深く突っ込む訳にはいかない。
しかしその堪える出来事がきっかけで謙虚過ぎる性格となったのであれば、何とも恨めしく思ってしまう。
大きな実力を持っているにも関わらず、目立つことを恐れるようにひっそりと隠れながら行動する。
それにも関わらず、何故何でも屋として仕事を続けているのか。
分からないことがそのまま残るのがどうにももどかしい。
鋭い目を軽く伏せ、苛立ちを落ち着かせようと静かに溜息をつかせた。
そんな中、シルクは万遍なく野草をまき終えては、コットンシープが野草に夢中になっている隙に空けた場所に着地する。
そのままカネル達の元へ向かおうと歩を進めるが、途中で野草を食べ満足した1体のコットンシープがシルクに向かって鳴き声を小さくあげながら近付いた。
シルクは素直に立ち止まり、コットンシープと視線を合わせるようにしゃがむ。
するとコットンシープがずいとシルクに近付き、額を押し付けたことで狐面が斜めにズレてしまった。
つけ直そうと狐面を取ったことでシルクの表情が露わになる。
コットンシープはそのまま遠慮なく額をすり寄せ、シルクは狐面をつけ直そうにもつけ直せずにいた。
「…ふふ、くすぐったい」
カネル達は目をぱちくりとさせて固まった。
先程まで無表情で淡々としていると話していたにも関わらず、今のシルクは優しく笑っているではないか。
くすぐったいからというのもあるのだろうが、その後も優しい笑みを浮かべたままコットンシープの首元を擦るように撫でている。
満足したコットンシープに言葉を交わしてからすくっと立ち上がり、シルクは再び狐面をつけてカネル達と合流した。
「お待たせしました」
「…あぁ、お疲れ様」
今のシルクは狐面をつけて表情が分からないが、淡々とした様子から無表情なのだろう。ならば先程の笑顔は一体何だったのか。
魔物や自然の動物達の前では表情を崩すと言うのに、人前となれば直ぐ無表情に切り替わることに複雑な気持ちに襲われた。




