120. 静かなる合流
「やぁ、昨日はご苦労様だったね」
ティピックはそう言いながら爽やかな笑顔を浮かべていた。
対してカネルはぴくぴくと眉を引き攣らせつつも笑顔を返していた。
現在、裏魔法協会事務所内にはこの二人から発せられる圧によってピリピリとした空気を漂わせている。
「どれも見事に完遂してくれたんだ、やはり君達に頼んで正解だったねぇ」
「そりゃあどうも、僕達は伊達に討伐をやっている訳ではないからな。だが昨日のスケジュールの組み分け方については異議を唱えても良いよな?いつかの鬼畜スケジュールよりも詰められた予定にしてくれたよな?」
カネルの言う通り、昨日の討伐スケジュールは高難易度な討伐を詰めに詰められた忙しすぎるスケジュールであったのだ。
高難易度と言えどカネル達にとってはこなせるものなのだが、一つの討伐が終われば直ぐに次へ、それが終われば更に次へ、と最後まで気の抜けないスケジュールとなっていた。討伐対象となる地区が近いからと言えど、限度というものがある。
「もしかして疲れのせいで組み分けが狂ったのか?随分長生きしてるもんなぁ、そろそろ歳なんじゃないか?無理すると身体に響くぞ」
「おや御心配どうも、だが私はまだまだ若い部類に含まれる。これからも安心して仕事に打ち込み続けてくれたまえ」
二人の間でバチバチと火花が散る。
そんな様子をティピックの背後から静かに見ていたウィンは溜息をつき、冷たい視線のまま口を動かした。
「下らない口論はお止めください。シルク様に呆れられますよ」
ティピックは一瞬目を丸くさせてからこほんと咳払いし、軽く姿勢を正す。
シルクの名前が出たことでカネルも反応し、落ち着かせるようにふうと息を吐いてから真剣な表情へと切り替わった。
今日カネルが裏魔法協会に訪れた目的は、シルクの依頼に同行する為だ。
本来なら部下達も引き連れて訪れる予定だったのだが、ティピックからの指示で一人で来るようにと言われ、疑問に思いながらも従うことにしたのだ。
部下達全員シルクとは面識があるのだから、連れてきても問題はない筈なんだけどな…と考えながらティピックの発言を静かに待つ。
「さて、今回シルク君に受けてもらう依頼は二件。一つは君達目当ての魔物討伐で、もう一つは討伐ではなく素材調達となる…後半はどうするつもりで?」
「勿論そちらにも同行するさ。有難いことに今日一日は自由に時間を使えるんだからな」
「昨日の疲れが残っているならば無理しなくても良いんだよ?」
「体力についてはお陰様で鍛えられてるもんでな、心配ご無用だ」
その後ティピックが一瞬つまらなさそうな表情になったのをカネルは見逃さず、額にぴきりと青筋を立たせた。どれだけシルクさんに同行させたくないんだこの独占鬼畜妖精が、と引き攣った笑顔で再び圧を滲み出たせてしまう。
再びウィンから刺さるような冷たい視線を向けられたことで二人の圧は強制的に収められた。
「依頼書は既にシルク君に渡してある…まぁ、同行するなら相応の覚悟を持って行くことだね」
そう言ってティピックはテーブルとソファが設置されている方へ視線を移した。
既に渡してある、という言葉が引っかかってはカネルも同様に視線を移す。
直後、霧が晴れるように一人の人物が姿を現した。
黒いローブをまとい、口元から首元にかけては黒いストールをぐるりと巻いた姿に加えて不思議な魔力を漂わせた者。右手には透明の液体が入ったスプレー式の小瓶が握られている。
「…本日はよろしくお願いします」
存在感を消していたシルクはソファから立ち上がり、丁寧にお辞儀をする。
まさか直ぐそこにいるとは思っておらず、カネルは目を見開かせてつい固まってしまっていた。
「もしかして、僕が来た時からそこにいたのか?」
「はい。先に依頼内容を確認する為に早めに到着していました」
つまり先程の言い合いも見られていた訳だ。カネルは静かに冷や汗を流しては申し訳なさそうに眉を下げて苦笑いを浮かべる。
「ではそろそろ向かいましょうか」
「あぁ、よろしく頼む」
近付いてきたシルクに向かって、カネルは右手を差し出す。
しかしシルクは目をぱちくりとさせたまま固まり、しまいには首を傾げてしまった。
つられてカネルも首を傾げてしまい、その光景を見ていたティピックはぶふと軽く吹き出しては口元を押さえながら肩を震わせた。
なんだ此奴腹立つな、とティピックの方を軽く睨んでから右手を下げ、きょとんとした様子のシルクの表情を見ては参ったなと軽く肩を竦めさせた。
――
――
場所は変わり、王都の魔法協会前にて。
黒い軍服を身にまとうアベル達は人通りの邪魔にならない位置でカネルが戻ってくるのを待機していた。
数多の魔法使い達が行き来するが、多くの者は彼等の姿を見ては距離を置いた状態で様子を伺い、仲間同士でこそこそと話しては目を合わせないよう視線を逸らす。
魔物討伐特攻隊は魔法使い界隈では有名で、日々魔物討伐を引き受ける魔法使い達にとっては憧れの存在であると同時に、恐れられる存在でもあった。
喧嘩も強いやら、睨みだけで魔物を畏縮させるやら、戦うことしか考えていない集団だとか、好き勝手に噂話を広げられることもしばしば。時と場合によっては腫れ物扱いのような対応をされることもあるくらいだ。
「隊長そろそろ戻って来るかなぁ…まーた社長さんと言い合いしてそうな気もするけど」
「あの二人は本当相性が悪いよ。まぁ…あの人の性格は俺も正直嫌だけどな」
周りの反応には慣れているのか、ペーシェ達は普段と変わらぬ様子で会話を続けていく。
そんな中、魔法協会の扉が開いてカネルが姿を現した。
部下達は改めて背筋を正すと同時に、頭上に疑問符を浮かべる。カネルの姿はあっても、肝心のシルクの姿が何処にも見当たらない。
「すまない、待たせてしまったな」
「…あの、シルクさんは何処に?」
カネルは苦笑いを浮かべつつ、真横に視線を移させるように手を動かす。しかしカネルの隣には誰もいない。
皆が首を傾げていく中、アベルは鋭い目を軽く細めてから呟いた。
「…もしかして隣にいるんですか」
「流石アベルだな、その通りだよ」
「え…え、本当にいるんですか?」
レザンは眉間に皺を寄せながら再び首を傾げさせる。
ペーシェとプラットもぽかんとしたまま静かに困惑している状態だ。
取り敢えず場所を変えよう、とカネルの促しによって近くに停めていた専用の馬車に乗り込む。
扉側に一人分の空席が残った状態ではあるが、カネルが御者に合図を送っては馬車は発車されてしまった。
ペーシェ達が未だに困惑している中、カネルは空席に向かって声をかける。
「もう大丈夫だ、姿を出しても問題ない」
その数秒後、空席だったはずの場所にぼんやりともやが浮かび上がる。
そのまま霧が晴れるように色濃くなり、狐面をつけたシルクの姿が現れてはペーシェ達は驚愕した。
「うわあっ!?え、本当にシルクさんがいたぁ!?」
「全然気付かなかった…」
「…おはようございます」
シルクは何事も無かったかのように淡々とした様子で挨拶をし、ポシェットにスプレー式の小瓶を仕舞う。隣でカネルは頬を軽く搔きながら苦笑いを浮かべた。
「どうやらいつもこうやって姿を消しながら魔法協会を行き来しているらしい。本当注意深いんだな」
「念には念を入れていますので」
狐面をつけたままの為表情が分かりにくいが、淡々とした答え方や普段の様子から察するに無表情のままなのだろう。
しかし狐面をつけたままでいるのに反対派なペーシェは、むっと片頬を膨らませてはジト目を向けた。
「もしかして、仕事中もずっとその狐面をつけるの?」
「はい。仕事中はこのままでいさせて頂きます」
「…絶対に?」
ジト~っと刺さるような視線を向けられ、シルクはわざとらしく視線を逸らす。
その後何度もしつこく狐面について触れられ、最終的には周りに他に人がいない時だけを条件に、一時的に外すこととなった。
それでもシルクは変わらず無表情を貫いていたが、心の中では不満を叫んでいた。




